表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界樹の下でまた会おう  作者: 文鳥
第三章 化け物とヒーロー
71/81

第3章 24話 梟と猪

 咆哮の余韻が、地下空洞に残っていた。


 耳鳴りのような静けさ。

 揺れていた空気が、ゆっくりと元に戻っていく。


 だが――

 その“静止”は、無差別ではなかった。


 オウルと部下たちの身体だけが、

 まるで見えない鎖に絡め取られたかのように硬直している。


 呼吸はできる。

 視線も動く。

 だが、

 踏み出すことも、刃を振るうこともできない。


 対して――

 子どもたちは、動けていた。


 セリルは、その一瞬の“猶予”を逃さなかった。


「……今です」

 震える声だった。

 それでも、はっきりと前に出る。


「みんな……こっちへ」


 子どもたちは一瞬、怯えて立ち尽くす。

 だが――

 ユーノが、ぎゅっと拳を握って、頷いた。


「……だいじょうぶ」

「こっちだよ」


 小さな手が、小さな手を引く。

 怯えながらも、

 子どもたちはセリルの後ろへ集まっていく。


 セリルは、背中で子どもたちを庇うように立った。

 その光景を、

 グレンは、はっきりと視界に収めていた。


 ――選んだ。

 自分の声が縛る“対象”を。


 子どもたちを、

 絶対に、その中に含めないように。


 喉の奥が焼けつくように痛む。


 だが、

 その痛みよりも、

 胸の奥に広がるものの方が大きかった。


 守れた。

 守れたと、

 はっきり言える光景が、そこにあった。


 その時――

 動けないままのオウルが、

 愉しそうに口角を歪めた。


「……なるほど」

 ひび割れた仮面のような笑み。


「対象の……指定ね」


 セリルは、子どもたちを背に庇いながら、出口へと下がった。

 地下へ続く階段の先。

 外へ通じる暗がりが、かすかに見える。


「……急いで」

「外へ。安全なところまで――」


 だが、その動きを阻むように、

 動けなかったはずの部下の一人が、膝をつきながら身を起こす。


 ビーストロアの余韻が、

 少しずつ、ほどけ始めていた。


「……逃がす、な……」

 刃が、震えながら持ち上がる。


 その前に――

 グレンが、踏み出した。

 子どもたちと敵の間に、

 鎧の巨体が、壁のように立ちはだかる。


「――行ってください」

「安全な場所へ」


 短く、しかし迷いのない声。

 セリルは、子どもたちを促しながら後退する。


 階段へと続く影の中へ、

 一人、また一人。


 その途中、

 ユーノが、ふと振り返った。


 震える声。


 それでも、はっきりと――


「……がんばって」

「よろいのおじちゃん……」

「……まけるな……!!」


 グレンは、一瞬だけ動きを止める。

 そして――


 腕を上げて、親指を立てた。


 言葉はなくとも、

 それだけで、十分だった。


 セリルは、階段の途中で振り返り、

 両手を胸の前で組む。


「……《癒しの光》」


 離れた場所から放たれた回復の光が、

 淡くてグレンの背を包む。


 砕けたヴェールと痛みが、

 ゆっくりと和らいでいく。


 そして――

 子どもたちは、外へと姿を消した。


 地下空洞に残ったのは、

 グレン、

 そして、オウルとモス、その配下だけ。


 オウルは、わずかに肩をすくめる。


「……逃げられたか」


 だが、その口元は、緩んでいた。


「まあいい」

「化け物を退治して」


「あとから、追いかけるだけだ」


 余裕の声音。

 オウルは、愉しそうに続ける。


「あの能力が、私のものになるのも時間の問題だ」


 グレンの背中に、冷たいものが走る。


「……何をする気だ」


 オウルは、まるで

 “珍しい道具の使い道”を語るように、軽く言った。


「目さえ奪えばいい」


 その言葉に――

 グレンの視線が、鋭くなる。


「……目を、奪う……?」


「そうだ」


「移植して、体に埋め込み、能力が使えるかを研究する」


「……あの女は、実験台だよ」


 何でもないことのように言い放つ。


 その瞬間、

 地下の空気が、変わった。


 グレンの足元で、

 低く、重たい音が鳴る。

 怒りを押し殺した、

 静かな殺気。


「……必ず」

「ここで、倒す」


 言葉は短い。

 だが、その一言に込められた覚悟は、

 あまりにも重かった。


 オウルは、

 その“静かな怒り”を見て、

 むしろ愉快そうに笑った。


「いい表情だ」

「それでこそ――」


「化け物退治の、しがいがある」


 オウルの指先が、ゆっくりと鳴った。

 その音を合図にしたかのように、

 縛られていた身体が、少しずつ自由を取り戻していく。


 筋肉が、ぎこちなく動く。

 指が、刃を握り直す。


 ――ビーストロアの効果が、解け始めた。


 壁際で様子をうかがっていたモスが、

 一歩、後ろへ退いた。

 戦列には加わらない。

 ただ、逃げ道の影に身を溶かす。


「……ほら」

 オウルは肩を回しながら言った。


「時間切れだ」


 オウルは、愉快そうに言う。


「女を逃がすのも――」

「子どもを守るのも――」

「“正義のヒーロー”らしい」


 次の瞬間――

 オウルが、踏み込んだ。

 速い。


 あの“慈善家の仮面”からは想像もつかない踏み込み。

 刃が、一直線にグレンの喉元を狙う。


 ――だが。

 グレンは、半歩だけ前へ出た。

 剣を振るうでもなく、


 その刃を、鎧の腕で受け止める。

 甲高い音が、空洞に響いた。


「……っ」


 衝撃が、骨にまで伝わる。

 だが、退かない。


「……来い」

 低く、静かな声。


 オウルの目が、ぎらりと歪む。


「いいね」

「その顔だ」

「やっぱり――」


「君は、壊しがいがある」


 部下たちが、一斉に距離を詰める。

 だが、

 グレンは、一歩も下がらなかった。


 剣が振るわれ、

 重い一撃が地面を割る勢いで叩き込まれる。


 避けきれなかった部下が、

 壁に叩きつけられ、動かなくなった。


「……邪魔だ」

 淡々とした声。


 オウルは、楽しげに一歩、踏み出した。

 その気配が、

 さっきまでの“慈善家”とも、

 今までの“組織のボス”とも違うものに変わる。


「さて――」


 低く、愉悦の滲んだ声。


「どこまで、耐えられるかな」


 その瞬間。

 オウルの背後で、

 壁に掛けられていた松明の火が、

 ふっと、黒く揺れた。


 グレンは、それを見て、

 本能的に理解した。


 ――この男は、

 ただの“指示役”ではない。


 剣を構える。

 地を踏みしめる。


 次の瞬間、

 地下空洞は、

 完全な“戦場”へと変わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ