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世界樹の下でまた会おう  作者: 文鳥
第三章 化け物とヒーロー
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第3章 23話 “正義のヒーロー”

 夜の路地を抜けた先。

 民家の影に、子どもたちの小さな背中が吸い込まれていくのが見えた。


 眠ったまま、糸に引かれるような歩き方。

 転びそうになりながらも、止まらない足取り。

 その背中を見て、グレンの奥歯がきしんだ。


 兜を押さえ、気配を殺して距離を詰める。

 月明かりが、鉄の縁を淡く照らした。


「……入ったな」


 扉が、音もなく閉じられる。

 グレンとセリルは、すぐに後を追った。


 中は、空き家だった。

 生活の匂いが残るだけで、人の気配はない。


「……下から感じる」


 セリルが、足元を向く。

 床の下。

 地面の奥に、集まった“気配”。


 隠し扉を見つけ、二人は地下へ降りた。

 広がっていたのは、

 人工的に掘り広げられた、大きな空洞。


 その中央に――


 オウル。

 モス。

 そして、数人の部下。


 眠ったままの子どもたちが、

 無造作に並べられていた。


 オウルが、ゆっくりと手を叩く。


「……わざわざ、”目標”がこちらまで来てくれるとは」

「呼び出す手間が省けた」


 セリルの声が、震えながら落ちる。


「……こどもを、返してください」


 オウルは、穏やかに笑った。


「協力と引き換えだ」

「君の力を、私に預ければいい」


 その指先が、眠る子どもたちへ向く。


「拒めば――」

「この中の一人に、刃を持たせる」


 モスが、淡々とナイフを拾い上げる。

 子どもの手に、握らせるために。


 セリルの喉が鳴る。

 能力を使えば――

 こどもたちを解放できる。


 ――使ったら、本当に。

 ――“悪魔のもの”になってしまう気がして。


 過去の言葉が、胸を締めつける。


 セリルの指が、わずかに震えた。

 その様子を見ていたグレンが、一歩出る。


「能力に、善も悪もありません」

 低く、はっきりとした声。


「誰かを救うための力が」

「悪いものであるはずがない」


 兜の奥から、まっすぐに向けられる“視線”。


「あなたが、私の“中身”を信じてくれたように」

「……私も、あなたを信じます」


 セリルは、息を呑んだ。

 そして――

 小さく、頷く。


 掌を、モスへ向ける。

 

 放つのは――

 一度きり。


 音もなく、

 闇のような“何か”が、モスの腕に触れた。


 次の瞬間。

「……っ!?」


 モスが、声にならない呻きを漏らし、膝をつく。


 子どもたちの指から、

 ナイフが、ぱらぱらと落ちた。


 眠りは、ほどける。


「……あれ?」

「……ここ、どこ……?」


 混乱した声が、空洞に広がる。


「……っ」

 モスが、自分の手を見つめる。

 何度か指を動かし、

 そして――理解した。


「……能力が……」

 言葉の途中で、


 オウルの声が地下空洞に響いた。

「――いやあ、素晴らしい」

「それだ」

「それこそが、欲しかった力だ」


 興奮を抑えきれない声音。


 ――だが、次の瞬間には、

 その声色は“慈愛”に変わった。


 オウルは、子どもたちの方へ歩み寄る。


「怖かったね」

「大丈夫だよ」

「もう、安心していい」


 子どもたちは、

 眠りから覚めたばかりで、

 状況を飲み込めず、ただ怯えていた。


 その背後で――

 部下たちが、さりげなく刃物を構える。


 子どもたちの背後。

 逃げ場を塞ぐ位置。

 だが、オウルはそれに気づかせない。


「実はね」

「君たちをさらったのは――」

 ゆっくりと、

 視線がグレンへ向く。


「……あの“鎧の男”なんだ」


 空気が、ぴたりと止まる。


「でも安心して」

 オウルは、柔らかく微笑んだ。


「私は、助けに来たんだよ」

 子どもたちの視線が、

 恐る恐る、グレンへ向く。


「……うそ……?」

「おじちゃん……?」


 オウルは、さらに一歩近づく。


「本当だよ」


 そう言って――

 ためらいもなく、

 グレンの兜に手をかけた。


「やめ――!」

 セリルの声より早く、

 兜は、外された。


 月明かりのない地下空洞に、

 はっきりと浮かぶ、

 オークの顔。


「……っ」


 子どもたちの息が、一斉に詰まる。


「……ほんとに……オーク……」

「……こわい……」

 誰かが、か細く呟いた。


 オウルは、満足そうに頷く。


「ね?」

「化け物だろう?」


「だから、私が――」

 声を張り上げる。


「“正義のヒーロー”として」

「君たちを、化け物から守ってやるんだ」


 そして――

 オウルの拳が、

 グレンの顔面に叩き込まれた。


「――動くなよ、嬢ちゃん」

 セリルを一瞥し、小さいで音を飛ばす。

 その背後で、部下の刃が、子どもたちに近づく。


 鈍い音。

 続けて、腹部。

 肋。

 兜のない顔面。


 殴る。

 殴る。

 殴る。


「ほら、見ろ」

「暴れないのは――」


「“罪悪感”があるからだ」


 グレンは、倒れない。

 ただ、子どもたちから目を逸らさず、

 歯を食いしばって立ち続ける。


 セリルは、動けなかった。

 動こうとするたびに、部下のナイフが動く。


 目の前で殴られる“オーク”を見つめ、

 ただ固まっていた。


 ――正義のヒーロー。

 ――化け物退治。


 オウルの嘘は、

 あまりにも、

 “それらしく”響いていた。


 グレンが膝をつく。


「もう少しで、終わるからね」


 オウルは優しく言う。


「化け物を退治したら」

「君たちはおうちに帰れるよ」


 その時、

 一つの声が静寂を破った。


「……やめて」


 小さな声だった。

 誰の耳にも届かないほど、

 弱々しい声。


 それでも――

 確かに、響いた。


 ユーノだった。


 震えながら、

 一歩、前に出る。


「……やめて」


 オウルが、ゆっくりと振り向く。


「おや?」

 にこやかな笑み。


「君は――」

「化け物の味方なのかな?」


 ユーノは、唇を噛みしめる。


「……ぼく、知ってるんだ」


 震える声。

 それでも、

 目は逸らさない。


「よろいのおじちゃんは」

「見えないところで」


「いつも……助けてくれてた」


 ぽつり、ぽつりと、言葉を紡ぐ。


「けがしたら……」

「夜でも……」

「だれにも見えないところで……」


 ユーノは、拳を握る。


「いつも、守ってくれてたこと」

「……ぼくは、知ってる」


 オウルの笑みが、わずかに歪む。


「……ほう」


 だが、ユーノは止まらない。


「よろいのおじちゃんは……」

「ばけものじゃない」


 一瞬、間が空く。


「……おーくだけど」

「正義のヒーローだ!」


 地下空洞が、静まり返る。


「……わるいのは……」

 ユーノは、指を伸ばす。


「――おまえだ!」


 その声に――

 他の子どもが、ぽつりと呟く。


「……がんばれ……」

 さらに一人。

「……よろいのおじちゃん……」

「……まけるな……」


 グレンの視界が、滲んだ。

 殴られた痛みよりも、

 その言葉の方が、

 ずっと、胸に来た。


「……ユーノ……」


 声が、震える。


「……ありがとう」


 涙が、一筋、頬を伝った。

 グレンは、

 ゆっくりと、立ち上がる。


「……化け物でも、いい」

「どう思われても、構わない」


 オウルが、鼻で笑う。

「……化け物が、何を吠えている」


 グレンは子どもたちを見る。

「それでも――」

「私は、君たちを守る」


 一瞬、

 覚悟が滲む。


「あまりにも……」


「あまりにも化け物のようだから」

「君たちの前で使うつもりは、なかった」


「でも――」


「――アーツ:《ビーストロア》」


 グレンは、

 肺の奥まで息を吸い込む――


 グォォォォという、

 獣の咆哮のような叫びが、

 地下空洞を震わせた。


 空気が、揺れ、

 衝撃が、波となって広がる。


 オウルと部下たちの動きが、

 止まる。


「今だ……!」


 グレンは、セリルを見る。


「セリル……!」

「子どもたちを、連れて行け!」


 咆哮が、まだ空気を震わせていた。

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― 新着の感想 ―
最高すぎるー! オークさんと出会ってから今までの伏線を回収しての最高の回でした。 タイトルも神がかってますね! ひさびさに小説で泣きました(笑) 思わずコメントしてしまいすみません
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