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世界樹の下でまた会おう  作者: 文鳥
第三章 化け物とヒーロー
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第3章 6話 空白が語るもの

 冒険者ギルドの扉を押すと、昼の喧騒が一気に流れ込んできた。


 酒場側の笑い声、掲示板の前での言い争い、カウンターに置かれる木杯の音。

 その中を縫うように、レンは受付へ向かう。


「戻りました」

 少しだけ、声が掠れていた。


「おや」

 リディが顔を上げる。


「早いじゃないか。……顔を見るに、無事そうだね」


「討伐、終わりました」


「数は――二十二体です」

 カウンターに置かれた魔石の袋が、乾いた音を立てる。


 リディは中身を一つひとつ確かめ、軽く口笛を吹いた。


「顔を見る限り」

「ちゃんと一人でやってきたみたいだね」

「大したもんだよ」


 レンは、肩の力が抜けるのを感じた。

 草地での戦いを思い出し、胸の奥がじんわりと熱くなる。


「――昇格、だね」

 リディは書類を引き寄せ、さらさらとペンを走らせる。


「今日付で、Eランクだ」

 金属製のプレートが、カウンターの上を滑ってくる。


 レンはそれを受け取り、しばらく見つめた。


「……ありがとうございます」


「礼を言われるようなことじゃないさ」

 リディは肩をすくめる。


「生きて戻った。それが一番だ」


 しばらくして。

 ギルドの扉が開き、ハルとルゥ、そしてジキルの姿が見えた。


「おかえり」

 レンが声をかけると、ハルは小さく頷く。


「ただいま」


「……調査、終わりました」

 三人は受付に、ハルが報告書を差し出す。


 紙は丁寧にまとめられ、要点ごとに区切られていた。


「入口付近に一体のみ。見張りの配置は無し」

「巣として使用されている痕跡は薄い」

「内部の構造に変化は見られず、拡張の形跡も無し」

「内部で三体を確認。いずれも通常個体」


 リディは黙って目を通す。

 最後の項目で、指が止まった。


「……“違和感”」

 呟くように読み上げる。


「生活痕跡が極端に少ない」

「別のモンスターの痕跡も無し」

「“何もないことを、見せているように感じた”――か」


 リディは顔を上げた。


「嫌な書き方だね」


「……推測です」

 ハルは視線を伏せる。


「証拠は、ありません」


「それでいい」

 リディは頷いた。


「“分からない”って書けるのは、ちゃんと調査した証拠だ」


 しばらく、リディは顎に手を当てて考え込む。

「判断材料が、少なすぎる」


「だが――」

 視線を上げる。

「やっぱり、気味が悪いね」


「うむ」

「どれだけ賢くなっても」

「系譜の支配からは、そう簡単には逃れられんはずじゃ」


「そう」

 リディは続ける。


「だから最初はね、“ゴブリンが出てこなかった”こと自体は、そこまでおかしくないと思った」

「警戒して隠れているだけ、って説明はつく」


「……でも」

 視線を上げる。


「“隠れ続ける意味”が、分からない」


 そこで、ハルが口を挟んだ。


「ルゥが捕まった時」

「群れが大きくなるスピードが異常だ、って話してましたよね」


「そうそう」

 リディが頷く。


「小規模だと思っていたら、中規模以上だった」

「調査が甘かった」

「……そう結論づけて、終わらせた」


「ユニーク個体の存在が、イレギュラーを引き起こしたんだってね」

 だが、とリディは指を組む。


「そうやって片付けるには――」

「ちょっと、変だ」


「……増えた理由が、“外”からじゃなくて――」

「“中”からだったとしたら……?」

 レンの言葉に一瞬、場の空気が止まる。


「すでにあの時、クイーンがいた……?」

 シャルルが言う。


「あの巣穴はダミーで」

「奥に本当の巣がある……」


 視線が、自然と巣穴の方角を向く。

「だから、レッドキャップは――」


 シャルルは言葉を継ぐ。

「危険を冒してまで、弓を拾ってきた」


「“脅威はまだある”と、オレたちに認知させて」

「……あの場所から、早く立ち去らせたかった」


 沈黙が落ちる。


 リディは、ゆっくりと息を吐いた。


「クイーンの可能性があるなら、もう少し本腰を入れないといけないね」


「本格的な調査を組む」

「対象は、あの巣穴一帯」

「“いるか、いないか”をはっきりさせる」


 そして、ゆっくりとジキルたちを見る。


「――ジキル」

「頼んでも良いかい?」


「乗りかかった船だからのう」


「クイーンの存在が認められた場合は、討伐まで」

 場の空気が、わずかに引き締まった。


 ギルド奥の小部屋。

 簡易の地図が机の上に広げられ、ジキル、シャルル、グレン、レン、ハル、ルゥが囲む。


「まず、前提じゃ」

 ジキルが地図を指で叩く。


「“いる”証明より、“いない”証明の方が、はるかに難しい」

 全員が頷く。


「まずは、レッドキャップが“いるかどうか”を確かめる必要がある」


「数日張り付いても、姿を見せん可能性がある」

「短期決戦にはならん」

「長期戦も視野に入れる」


 シャルルが腕を組む。

「仮に、いるとした場合だ」


「これまでの傾向を見るに」

「強い相手がいると判断したら、姿を見せねえ」


 グレンが続ける。

「しかし、相手が“有利”だと判断した場合」

「以前の弓の件のように、何らかのアクションを起こす可能性があります」

「広範囲の気配察知を持っている可能性も高いです」


 ハルが言う。

「洞窟の直前で気配を消しても、姿を現さなかった」


 ジキルが顎を撫でる。

「気配隠蔽が、わしらの索敵の範囲より上かもしれんの」


 レンは地図を見つめながら口を開く。

「……おれが囮になりましょうか?」


 一瞬、沈黙。

 シャルルが苦い顔をする。


「このメンツ、顔覚えられてる可能性あるぞ」

「パーティで来てることを推測される」


 グレンが続ける。

「相手の気配察知がこちらより広い場合」

「距離を取らざるを得ない」


「囮が狩られる可能性もあります」


 ルゥが、ぎゅっとロッドを握る。


 レンは、言葉を選びながら続けた。

「……危険なのは、分かってます」


「でも、向こうが“姿を見せない”なら」

「こちらが、見せに行くしかない」


 ジキルは、しばらく黙っていた。

 やがて、低く言う。


「焦るな」

「頭脳戦は、“相手の土俵に上がらない”のが基本じゃ」


 地図の縁を、指でなぞる。

「まずは、相手の“目”の範囲を探る」


「その外側から、網を張る」


「一歩ずつじゃ」


 レンは、小さく息を吐いた。


 六人の視線が、地図の一点に集まる。


 そこには、赤い印で印された――

 あの、巣穴の場所があった。

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