第3章 6話 空白が語るもの
冒険者ギルドの扉を押すと、昼の喧騒が一気に流れ込んできた。
酒場側の笑い声、掲示板の前での言い争い、カウンターに置かれる木杯の音。
その中を縫うように、レンは受付へ向かう。
「戻りました」
少しだけ、声が掠れていた。
「おや」
リディが顔を上げる。
「早いじゃないか。……顔を見るに、無事そうだね」
「討伐、終わりました」
「数は――二十二体です」
カウンターに置かれた魔石の袋が、乾いた音を立てる。
リディは中身を一つひとつ確かめ、軽く口笛を吹いた。
「顔を見る限り」
「ちゃんと一人でやってきたみたいだね」
「大したもんだよ」
レンは、肩の力が抜けるのを感じた。
草地での戦いを思い出し、胸の奥がじんわりと熱くなる。
「――昇格、だね」
リディは書類を引き寄せ、さらさらとペンを走らせる。
「今日付で、Eランクだ」
金属製のプレートが、カウンターの上を滑ってくる。
レンはそれを受け取り、しばらく見つめた。
「……ありがとうございます」
「礼を言われるようなことじゃないさ」
リディは肩をすくめる。
「生きて戻った。それが一番だ」
*
しばらくして。
ギルドの扉が開き、ハルとルゥ、そしてジキルの姿が見えた。
「おかえり」
レンが声をかけると、ハルは小さく頷く。
「ただいま」
「……調査、終わりました」
三人は受付に、ハルが報告書を差し出す。
紙は丁寧にまとめられ、要点ごとに区切られていた。
「入口付近に一体のみ。見張りの配置は無し」
「巣として使用されている痕跡は薄い」
「内部の構造に変化は見られず、拡張の形跡も無し」
「内部で三体を確認。いずれも通常個体」
リディは黙って目を通す。
最後の項目で、指が止まった。
「……“違和感”」
呟くように読み上げる。
「生活痕跡が極端に少ない」
「別のモンスターの痕跡も無し」
「“何もないことを、見せているように感じた”――か」
リディは顔を上げた。
「嫌な書き方だね」
「……推測です」
ハルは視線を伏せる。
「証拠は、ありません」
「それでいい」
リディは頷いた。
「“分からない”って書けるのは、ちゃんと調査した証拠だ」
しばらく、リディは顎に手を当てて考え込む。
「判断材料が、少なすぎる」
「だが――」
視線を上げる。
「やっぱり、気味が悪いね」
「うむ」
「どれだけ賢くなっても」
「系譜の支配からは、そう簡単には逃れられんはずじゃ」
「そう」
リディは続ける。
「だから最初はね、“ゴブリンが出てこなかった”こと自体は、そこまでおかしくないと思った」
「警戒して隠れているだけ、って説明はつく」
「……でも」
視線を上げる。
「“隠れ続ける意味”が、分からない」
そこで、ハルが口を挟んだ。
「ルゥが捕まった時」
「群れが大きくなるスピードが異常だ、って話してましたよね」
「そうそう」
リディが頷く。
「小規模だと思っていたら、中規模以上だった」
「調査が甘かった」
「……そう結論づけて、終わらせた」
「ユニーク個体の存在が、イレギュラーを引き起こしたんだってね」
だが、とリディは指を組む。
「そうやって片付けるには――」
「ちょっと、変だ」
「……増えた理由が、“外”からじゃなくて――」
「“中”からだったとしたら……?」
レンの言葉に一瞬、場の空気が止まる。
「すでにあの時、クイーンがいた……?」
シャルルが言う。
「あの巣穴はダミーで」
「奥に本当の巣がある……」
視線が、自然と巣穴の方角を向く。
「だから、レッドキャップは――」
シャルルは言葉を継ぐ。
「危険を冒してまで、弓を拾ってきた」
「“脅威はまだある”と、オレたちに認知させて」
「……あの場所から、早く立ち去らせたかった」
沈黙が落ちる。
リディは、ゆっくりと息を吐いた。
「クイーンの可能性があるなら、もう少し本腰を入れないといけないね」
「本格的な調査を組む」
「対象は、あの巣穴一帯」
「“いるか、いないか”をはっきりさせる」
そして、ゆっくりとジキルたちを見る。
「――ジキル」
「頼んでも良いかい?」
「乗りかかった船だからのう」
「クイーンの存在が認められた場合は、討伐まで」
場の空気が、わずかに引き締まった。
*
ギルド奥の小部屋。
簡易の地図が机の上に広げられ、ジキル、シャルル、グレン、レン、ハル、ルゥが囲む。
「まず、前提じゃ」
ジキルが地図を指で叩く。
「“いる”証明より、“いない”証明の方が、はるかに難しい」
全員が頷く。
「まずは、レッドキャップが“いるかどうか”を確かめる必要がある」
「数日張り付いても、姿を見せん可能性がある」
「短期決戦にはならん」
「長期戦も視野に入れる」
シャルルが腕を組む。
「仮に、いるとした場合だ」
「これまでの傾向を見るに」
「強い相手がいると判断したら、姿を見せねえ」
グレンが続ける。
「しかし、相手が“有利”だと判断した場合」
「以前の弓の件のように、何らかのアクションを起こす可能性があります」
「広範囲の気配察知を持っている可能性も高いです」
ハルが言う。
「洞窟の直前で気配を消しても、姿を現さなかった」
ジキルが顎を撫でる。
「気配隠蔽が、わしらの索敵の範囲より上かもしれんの」
レンは地図を見つめながら口を開く。
「……おれが囮になりましょうか?」
一瞬、沈黙。
シャルルが苦い顔をする。
「このメンツ、顔覚えられてる可能性あるぞ」
「パーティで来てることを推測される」
グレンが続ける。
「相手の気配察知がこちらより広い場合」
「距離を取らざるを得ない」
「囮が狩られる可能性もあります」
ルゥが、ぎゅっとロッドを握る。
レンは、言葉を選びながら続けた。
「……危険なのは、分かってます」
「でも、向こうが“姿を見せない”なら」
「こちらが、見せに行くしかない」
ジキルは、しばらく黙っていた。
やがて、低く言う。
「焦るな」
「頭脳戦は、“相手の土俵に上がらない”のが基本じゃ」
地図の縁を、指でなぞる。
「まずは、相手の“目”の範囲を探る」
「その外側から、網を張る」
「一歩ずつじゃ」
レンは、小さく息を吐いた。
六人の視線が、地図の一点に集まる。
そこには、赤い印で印された――
あの、巣穴の場所があった。




