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世界樹の下でまた会おう  作者: 文鳥
第三章 化け物とヒーロー
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第3章 5話 狩りと違和感

 冒険者ギルドを出ると、昼の光が石畳にまっすぐ落ちていた。

 人の流れは相変わらず途切れず、行き交う冒険者たちの足取りも軽くはない。


「じゃあ、二手に分かれるぞ」

 シャルルが指で二本立てる。


「レンは、討伐依頼の準備だ」

「俺とグレンが付く」


「ハルとルゥは――」

「じじいに任せる」


 ジキルが頷いた。


 レンは小さく息を整えた。


 昇格依頼。

 ソロで受ける初めての依頼。


「……見守り、だよね?」


 念のために聞くと、シャルルは口の端を上げる。


「手は出さねえよ」

「死ぬ手前くらいでは助ける」

 シャルルは笑いながら言った。


 門を抜け、街道から外れた草地へ向かう。

 先日の軽い討伐をした辺りだ。

 人の気配が薄く、風の音と草の擦れる音だけが残る。


「まずな」

 シャルルが足を止めた。


「ソロでやる時に一番大事なのは、何だと思う?」


「……なんでもできること?」

 レンが答えると、シャルルは首を振った。


「違う」


「“見つからないこと”だ」


「で、次が“先に見つけること”」


「要は――」

 にやりと笑う。


「“不意打ち”だな」


 グレンが補足するように、静かに続けた。

「正面から殴り合うのは、パーティ戦の発想です」

「ソロは、戦う前に勝っていなければなりません」


 レンは剣の柄に触れた。


「レンは索敵系のスキル、持ってないからな」

 シャルルが言う。


「だから――」


 グレンが腰のポーチを軽く叩く。


「アイテムに頼りましょう」


「たとえば、モンスターをおびき寄せる」

「自分は、風下に隠れて待つ」

「誘い出してから、先に叩く」


「罠を張るのも効果的です」


 シャルルが頷く。

「真正面から剣振ってたら、いつか事故る」

「事故ったら、死ぬ」

 言葉は軽いが、内容は重い。


 レンは、頷くしかなかった。


「で、まずは買い出しだな」

 シャルルが街の方を指さす。


「……今回の依頼が、二十体討伐で、報酬が二銀」

「前に、パーティで受けたのと同じだな」


 シャルルは満足そうに言う。


「基本、ソロならな」

「消耗品は、報酬の半分くらいに抑えるのが理想だ」


 レンが眉をひそめる。

「……半分か」


「今回は全部使っていい」

 即答だった。


「え?」


「今回の目的はあくまでも達成だ」

「生活費を稼ぐためじゃない」


 そのまま街へ戻り、露店の並ぶ通りに入る。

 薬草、乾燥肉、油、縄。

 冒険者向けの品が所狭しと並んでいる。


「まずはこれだ」

 シャルルが指したのは、小瓶が並ぶ屋台だった。


「ゴブリン用の誘引剤」

 シャルルが瓶を軽く振る。


「ゴブリンの好む匂いを凝縮してある」

「風に乗せれば、勝手に寄ってくるぜ」


「大体どれくらいの効果がありますか?」

 レンが店主に聞く。


「風の強さにもよりますが」

「今日の感じだと、風下に向けて100メートルちょっと」

「ざっくりと、1~2の群れを呼べるくらいですね」


 少しレンが考えこむ。

 五つで二小銀。

「五つください」


 レンが言うと、シャルルが頷く。


「妥当だな」


 グレンが一歩前に出る。


「戦闘後は、念のため燃やしてください」

「匂いを残したまま放置すると、トラブルになる可能性がありますので」

「まぁ、マナーみたいなものです」


「……燃やす。」

 レンはしっかりと頷いた。


「じゃあ、油と点火剤もだな」

 シャルルが続ける。


「火種は、ソロだと必須だ」

 シャルルは先に火薬のついた小さい棒を手渡してきた。

 ちょうど、元の世界のマッチを少し大きくしたようなものだった。


 必要なものを一つずつ揃えていく。

 銀貨が減るのと同時に、準備が“戦いの一部”なのだという実感が湧く。


「……これで、全部です」


 手の中には、誘引剤の小瓶が五つ。

 油の小瓶を五つ。

 点火剤が二十本入りの箱で四箱。

 あとは複数の長さのロープを十本と閃光玉を三つ。


 残りは銅貨が数枚になっていた。


 シャルルはレンの肩を軽く叩く。

「いいじゃねえか」

「“戦う準備”ができてる顔だ」


 グレンが静かに付け加える。

「準備が整っていれば、無理をしなくて済みます」

「無理をしなければ、死にません」


 レンは、小さく息を吸った。


 剣を振る前に、考える。

 当たる前に、仕掛ける。


(……ソロは、“戦い”じゃなくて、“狩り”なんだ)


 そう思った時、

 レンの中で、戦い方の輪郭が、少しだけ変わった。


 一方、その頃。

 ハルとルゥも、冒険者ギルドの裏手で装備を整えていた。


「閃光玉と……照明弾。これで足りるかな」

 ハルが腰のポーチの中身を確かめると、ルゥは小さく頷く。


「うん。逃げる用、だよね」

「そう。今日は戦うのが目的じゃないから」


 少し離れたところで、ジキルが二人の様子を見ていた。

 歩み寄り、明るい声で言う。


「そうじゃ、それが正しい」

「逃げる準備は、最初にしておくんじゃよ」


 ハルは手に持った依頼書に目を落とす。

  依頼書の内容は――


 以前、ルゥを救出したゴブリンの巣穴の再調査だった。

 討伐は不要。内部の変化、危険度、異変の有無を確認し、報告書として提出する。

 それが今回の依頼で、ランクはEとなっているが、危険度は不明と注意書きがある。


「……戦わなくていい」


「そうじゃ」

 歩きながら、ジキルは淡々と続ける。


「調査はな、剣の腕より“引き際”がものを言う」

「危険を感じたから、調査を断念したというのも」

「大事な報告じゃ」


「ハル、そしてルゥよ」

「調査依頼はの」


 ハルとルゥは黙って頷く。


「見たことと、推測は分けて書く」

「分からなかったことも、分からなかったと書く」

「答えを出そうとしない」


 ジキルは指を三つ立てて言う。


「これを守れ」

 ジキルの言葉に、ハルは深く頷いた。


 レンは、草地の低木の陰で身を伏せた。


 視界の先、岩陰の窪みに、ゴブリンが五体。

 散らばって地面を掘り返し、無警戒に動いている。


(……まずは、まとめて削る)


 腰のポーチから誘引剤の小瓶を取り出す。

 風向きを確かめ、草むらの奥へ低く投げた。

 割れた瓶から、甘ったるい匂いが流れ出す。


 同時に、あらかじめ張っていたロープ罠の位置へと、

 自分は風下から距離を取る。


「……グギ」


 匂いに引かれた二体が、足を取られて転倒した。

 続いて、三体目。

 間を詰めてきた残りは一本目のロープを越える――


 次の瞬間。

 地面すれすれに張っていた二本目のロープ罠が弾けるように絡みつき

 五体が、地面へ倒れ込んだ。


「――今だ」

 レンは踏み出した。

 一体目。喉。

 二体目。首。

 三体目。心臓。

 四体目。剣の腹で顎を打ち、起き上がろうとしたところを刺す。

 五体目が起き上がりこちらに駆け出そうとするが、

 レンの元に辿り着く前に、刃を振り下ろされた。


 ――五体、沈黙。


 だが、その直後。

 左右の草が、同時に揺れた。


 待ち伏せしていた二体が、

 不意打ちで距離を詰めてくる。


 レンは後退しながら、風刃を放つ。

 一体の肩口を裂くが、勢いは止まらない。


(……近い)


 踏み込み、正面から剣で受ける。

 刃と刃がぶつかり、腕が痺れる。


 冷静に盾で防ぎながら、一体目。

 飛びかかってきた二体目も避けながら刃を合わせる。


 次の瞬間。


 ――さらに、遠くから気配が増えた。


(……別の群れが来たな)


 視線の先。

 草の向こうから、六体。

 別の群れが匂いに釣られて近づいてくる。


 一瞬、頭をよぎる。


(……逃げるか)


 逃げる準備はできている。

 風上へ抜ける退路もある。

 だが。


(……いや、逃げてばかりも、良くない)


 胸の奥で、何かが固まる。

 ここで逃げれば、生き延びる。

 だが、いつまでも“狩り”は完成しない。


 自分も納得しない――


 レンは後退しながら、風刃を連続で放った。


 一体、倒れる。

 二体目、足を裂かれて転倒。

 三体目、仲間にぶつかり隊列が乱れる。


 そのまま、ロープ罠を張った位置へと誘導する。

 足を取られ、転倒した個体を確実に仕留める。


 混乱した群れの数は、三体に減った。


 残る個体が、距離を詰めてくる。


(……ここからは、正面だ)


 呼吸を整え、剣を構える。

 一体目の攻撃を受け流し、腹へ斬り返す。


 もう一体が突っ込む――

 半歩踏み込み、肩から斬り落とした。


 最後の一体。

 目を逸らさず、真正面から踏み込む。


 刃が交差し――

 レンの剣が、先に通った。


 草地に、風だけが残った。


「……ふぅ」

 膝に手をつき、息を整える。


 同じ頃。

 ゴブリンの巣穴の入口には、

 見張りか良くわからない個体が一体、ぼんやりと立っていた。


 群れの気配はない。

 巣として使われている様子も薄い。


「……一体だけだね」

 ルゥが小さく囁く。


 ジキルが低く問う。

「中へ入るが、わしも付いていくか?」

「それとも、二人で行くかの」


 ハルは一瞬考え――首を振った。


「後ろから、付いてきてください」

「もし……レッドキャップがいた場合」

「ジキルさんがいるだけで、戦闘にならない可能性があります」


 ジキルは一拍置いて、にやりと笑った。


「正しい判断じゃ」

「調査はお前たちでやれ」


「わしは、牽制役じゃな」


 入口の一体を静かに倒し、

 三人は巣穴の中へ入る。


 シリィの精霊魔法で、気配を薄くする。

 足音が、ほとんど消えた。


(……前と、変わらない)


 通路の幅。

 岩肌の傷。

 湿った空気。

 拡張された形跡はない。


 奥で、三体のゴブリンを目視確認。

 連携し、シリィが魔法で沈める。


 そこに広がっていたのは――

 以前と、まったく同じ光景だった。


 ハルの胸に、違和感が残る。


(……変わらなさすぎる)


 数は少ないが、ゴブリンがいるなら、

 糞尿、寝床、食料の残り――

 何かしら、生活の痕跡があるはずだ。


 だが、何もない。

 別のモンスターが住み着いていても気配もない。


 いや――

 それ以上に。


(……“何もないことを、見せてる”みたい)


 誰かが、意図的に痕跡を消しているように見えた。

 巣穴が空っぽだと、強調するかのように。


 考えが浮かぶ。


 レッドキャップ。

 あるいは、別の“何か”。


 だが、痕跡は残っていない。

 推測以上のことは言えない。


 巣穴を見て回ったが、やはりそれ以上の成果は無かった。


「……ここまでだね」

 ハルは静かに言った。


 ルゥが頷く。


「十分じゃ」

「分からない、というのも立派な報告じゃよ」


 三人は、静かに巣穴を後にした。


 レンは、誘引剤の残り香を油で燃やし、跡を消した。

 胸の奥が、じんわりと熱い。


(……狩れた)


 草陰から、シャルルが歩み出る。


「うん、問題ないだろ」


 グレンも頷く。

「罠と距離取りの運用が、明確でした」


 レンは、剣を鞘に収める。


 少しは強くなった。


 その実感だけが、

 はっきりと、胸に残っていた。

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