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世界樹の下でまた会おう  作者: 文鳥
第三章 化け物とヒーロー
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第3章 1話 小さな一歩

 翌朝、レンたちはフェレルの街を後にした。

 朝靄の残る門を抜け、高速馬車へと乗り込む。目的地は一度、セルトゥールへ戻ることだった。


 馬車が街道に乗り、速度を上げ始めた頃。


「あっ……見て。あれ」

 窓際に座っていたハルが、外を指差す。


 視線の先には、隊列を整えた騎兵たちの姿があった。統一された鎧、翻る旗。


「……あの紋章」

 グレンが目を細める。


「バロンの騎兵隊ですね」


 その言葉に、馬車の中がわずかにざわついた。


 ジキルとシャルルも外を見やり、無言のまま視線を交わす。

 ジキルの視線には、警戒と、拭いきれない違和感が滲んでいた。


 やがて騎兵隊の姿は遠ざかり、馬車は再び静けさを取り戻す。

 だが、誰もが心のどこかで、嫌な予感を抱いたままだった。



 セルトゥールに到着すると、一行はそのまま冒険者ギルドへ向かった。


「……あ、いた!」

 扉を開けた瞬間、聞き慣れた声が響く。


「ナナ! フーリー!」

 ルゥがぱっと表情を明るくし、駆け寄っていく。


「おかえり。ルゥ」

「いい子にしてた?」


「うん!」


「聞いて聞いて! フェレルでね――」


 嬉しそうに身振り手振りで語るルゥに、ナナは苦笑しながら相槌を打ち、

 フーリーも「ほうほう」と興味深そうに混ざる。


 まるで親子のようで、姉妹のようでもある光景を、レンたちは少し距離を置いて見守っていた。


「……なんか、いいな」

 ハルが小さく呟く。


 やがて話が落ち着いたところで、レンは受付に向かう。


「リディさんは?」


 レンの質問に受付の若い女性は明るく答える。


「リディさんは何か呼ばれたみたいで」

「今日はいませんよ!」


「ご用でした?」


「いや、レベルアップしてきたことを報告しようかなと」


「そうなんですね!おめでとうございます」

 笑顔で言い、続けてハルとレンを見た。


「もしよかったら、冒険者ランクも上げてみては?」


「ランク、ですか?」


「ええ、レンさんたちはFでしたよね?」


「この前に達成した依頼で、昇格する条件は十分なので……」

「Eランクの依頼を、ソロで一件ずつ達成すれば良いですよ!」


 その言葉に、ジキルとシャルルが頷く。


「まあ、やってみたらええ」

「別に失敗しても特に問題ないしな」


 レンとハルは顔を見合わせ、前向きに検討する。

 その時だった。


 ルゥが、何か言いたそうに口を開きかけて、閉じた。


「……?」


 レンはその様子に気付き、声をかける。


「どうかした?」


「……ううん。何でもない」


 ルゥはそれ以上何も言わず、曖昧に笑ってみせた。


 ナナの袖に指先をかけ、軽く引く。

 引き止めるでも、甘えるでもない、どこか遠慮が混じった仕草だった。

 フーリーは少し後ろでルゥの、その様子を見ていた。


 ギルドの中では、依頼の内容を巡る声や、杯を置く音が絶え間なく響いている。


 シャルルが、ハルとレンのためにEランクの依頼書をいくつか持ってくる。

 ジキルもその束に目を落とした。

 

「この依頼がちょうど良いな」

 そう言って、シャルルがハルとレンを呼ぶ。


 その時。


 フーリーがゆっくりと動き、ジキルたちの正面に立った。


 ざわついていたギルドの音が、少しだけ遠のいたように感じられる。

 フーリーは一度、深く息を吸った。


「……あのさ」


 視線を落とし、指先を軽く擦る。

 癖のような仕草だった。


「……ルゥを、一緒に連れて行ってくれないか」


 突然の言葉に、ナナが目を見開き、ルゥは言葉を失ったまま固まる。


 ジキルも無言でフーリーを見返す。

 だがフーリーは、その視線から逃げるように、少しだけ目を伏せた。


「おれたち兄弟はさ」

「親を失ってから、三人で力を合わせて生きてきた」


 ふっと、口の端を歪める。


「最初は、ルゥの手が小さくてさ」

「迷子にならないように、街を歩くときは、ずっと握ってた」


 その手を、今は握りしめている。


「この街での生活も、もう長い」

「街の中なら……安全で、ちゃんと暮らしていける」


 一度、言葉を切った。


「でもな」

「一歩外に出たら、世界は全然違う」


「前に……ゴブリンに攫われた時みたいに」


 喉が鳴る。

 声を出すまでに、わずかな間があった。


「……俺一人じゃ、守りきれない」


 拳を握る。

 爪が食い込むほど、強く。


 ルゥの肩が、かすかに震えた。


「ルゥはさ」

「小さいころから、精霊と契約してる」


「精霊契約って、ケットシーでも珍しいんだぜ?」


 顔を上げる。

 今度は、真っ直ぐにルゥを見た。


「多分、ルゥは特別なんだ」

「精霊に認められたってのは……きっと意味がある」


 視線を外し、ギルドの入り口を見る。

 人の行き交う、その向こう。


「何より……」

「ルゥには、もっと広い世界を見てほしい」


 小さく、息を吐く。


「この街しか知らないなんて」

「そんなの、もったいないだろ?」


 フーリーは一歩下がり、

 そして、深く頭を下げた。


「……だから」

「どうか、お願いします」


 沈黙が落ちた。


 ギルドの中は相変わらず賑やかなはずなのに、

 この一角だけ、音が吸い取られたように静かだった。


 ジキルは腕を組んだまま、しばらく目を閉じていた。

 深く、ゆっくりと息を吐く。


「……ルゥ」


 低く、よく通る声だった。


「おぬしは、どうしたい?」


 問いかけは、優しくもあり、逃げ道のないものでもあった。


 ルゥは一瞬、言葉を失う。

 ナナを見る。

 フーリーを見る。


 二人とも、何も言わない。

 ただ、待っていた。


 ルゥは胸の前で、小さく手を握る。

 指先が、わずかに震えている。


「私は……」


 声が掠れた。

 一度、唇を噛む。


「私は……冒険者になりたい」


 言い切るまでに、少し時間がかかった。

 それでも、目は逸らさなかった。


「みんなと一緒に、世界を回りたい」


 喉の奥が詰まる感覚に、息を整える。


「ナナも、フーリーも……大好き」

「離れるのは……正直、すごく怖い」


 肩が、小さくすくむ。


 それでも。


「でも……行きたい……!」


 今度は、はっきりとした声だった。


「この街の外を、見てみたい」

「知らない世界を、知りたい」


 ジキルは、じっとルゥを見つめていた。

 その視線は、試すものではなく、量るものだった。


「……わしらはな」

「もう、お前たちを仲間だと思っておる」


 一拍置く。


「それは、フーリーやナナに対しても、同じじゃ」


 そして、静かに言葉を重ねる。


「ルゥよ」

「この先は、非常に危険なんじゃ」


「魔物だけではない」

「悪魔と、対峙する可能性もある」


 重い現実を、誤魔化さずに突きつける。


「無責任に、簡単に、はいとは言えん」


 ルゥは、小さく息を吸った。

 そして、ジキルをまっすぐに見返す。


「強くなる」


 迷いのない、短い言葉。


「絶対に、強くなって」

「みんなのこと、守れるようになるから……!」


 その言葉に、ナナがゆっくりと口を開いた。


「……本当に」


 ルゥを見つめたまま、微笑む。


「知らない間に、大きくなってたんだね」


 声が、少しだけ揺れる。


「ずっと、まだ子供だって思ってた」

「守らなきゃって……自分が、頑張らなきゃって」


 一歩、ルゥに近づく。


「でも、ルゥは……」

「私なんかより、ずっと強い」


 そう言って、そっとルゥの頭に手を置いた。

 すぐに離す。


 一息ついて。


「……うん」


 覚悟を決めたように、ナナは顔を上げた。


 そして、深く頭を下げる。


「私からも、お願いします」


 再び、静寂。


 その中で、レンが静かに言った。


「ルゥ」


 目線を合わせる。


「一緒に、強くなろうか」


 ルゥの目に、涙が滲む。

 それを零さないように、何度も頷いた。


 ジキルは目を閉じ、深く息を吐いた。


 そして、ゆっくりと頷く。


「……条件がある」


「危険だと判断したら」

「即座に、この街へ戻す」


 一瞬の沈黙のあと。


「……はい!」


 ルゥは、声を張り上げた。


「よろしくお願いします!」


 フーリーとナナの顔を見て、

 それから、全員を見渡す。


 力強く、何度も頷いた。


 次の瞬間、周囲から安堵と喜びの声が上がる。

 グレンは目頭を押さえ、レンはルゥと拳で軽くタッチをした。

 

 そして、空気を和らげるように、ハルが肩をすくめた。

「いやー、女の子が増えて嬉しいな」


 一同が見る。

「男ばっかだったから、正直もう限界だったんだよ」


 笑いが起こり、重かった空気は、少しだけ軽くなった。

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