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世界樹の下でまた会おう  作者: 文鳥
第二章 歩き出す者たち
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第2章 23話 汝は何を求めるか

 教えられた通り、研究区寄りの細道へ入る。

 大通りの喧騒が嘘のように遠のき、石畳も少し古びていた。


「……ここ、で合ってるよな」

 シャルルが周囲を見回す。


 二つ目の角を曲がった先、控えめな木製の看板が目に入った。

 文字は小さく、《書籍・グリモア取扱》とだけ刻まれている。


「派手さはないですね」

 ハルが言う。


「でも、ちゃんとしてるって言ってた」

 レンはそう答え、扉を押した。


 鈴の音が小さく鳴る。

 中は思った以上に広く、壁一面に本棚が並んでいた。

 古書と新品が入り混じり、紙とインク、わずかな魔力の匂いが漂っている。


「いらっしゃい」


 奥のカウンターから、低く落ち着いた声がした。

 店主と思しき中年の男が、眼鏡越しにこちらを見る。


「グリモアを探していて」

 ハルが前に出る。


「《耐久の加護》はありますか?」


 その瞬間、店主の視線が変わった。

 一人ずつ、ゆっくりと、値踏みするように見てくる。

 冒険者。

 装備。

 人数。

 そして――余裕の有無。


「……あるには、ある」


 レンの胸がわずかに高鳴る。


「だが」

 店主は言葉を区切り、


「安いものじゃない」


 提示された金額は、露店相場の倍近かった。


「……高いな」

 シャルルが率直に言う。


「需要が高いからな」

 店主は肩をすくめる。


「基礎系は特に。嫌なら他を当たるといい」


 微妙な沈黙が落ちた、そのとき。

 鈴の音が、もう一度鳴った。


「――あ、いた」


 聞き覚えのある声。

 振り返ると、そこにいたのは、通りで会ったハーフリングの女性だった。

 小柄で華奢、相変わらず子供のような見た目だが、息を切らしている。


「はぁ……間に合った」


 彼女は一行を見てから、店主に視線を向ける。


「ねえ、もしかして」

 少しだけ眉をひそめる。


「一見さん価格、出してない?」

 店主が、ぴたりと動きを止めた。


「……ミリか?」

「お前の客か?」


「そう」

 彼女――ミリと呼ばれた女性は、腰に手を当てた。


「私が案内した人たち」


「……なるほど」

 店主は小さく息を吐いた。


「ごめん、忘れてた」

 ミリはレンたちに向き直る。


「まあ、ちょっとね」

「私が紹介した店でぼったくられるの、後味悪いからさ」


「慌てて来た」


「ぼったくろうとしたわけじゃない」

「需要に応じた値付けだ」


「相場の二倍で売ることはね」


「ぼったくりと言うのよ?」

 ミリは笑って言う。


「安くしてあげて」

 ミリが店主を見る。


「いつもの値で」

 店主は一瞬考え、頷いた。


「……分かった」

「また買いに来いよ」


 金額は、妥当なものに下がった。


「いや、助かった」

 シャルルが素直に言う。


「ありがとう」

 レンが頭を下げる。

「本当に」


「いいよ」

 ミリは軽く手を振る。


「縁は大事にしないと」

 こうして、《耐久の加護》のグリモアは無事、レンの手に渡った。


 本屋を出た一行は、そのままフェレル中心部へ向かう。

 遠くからでも分かる。

 街の中心に、ひときわ異質な空間があった。

 神殿のような建物。


「警備が、すごいな」

 レンが呟く。


 四方向、それぞれに異なる紋章を付けた騎士団。

 フェレル諸国連合の四国合同の騎士団警備隊だ。


 常時展開された結界と、鋭い視線。

 軽々しく近づける雰囲気ではない。


 入口付近には受付があり、少しだけ列ができていた。


「予約制じゃ」

 ジキルが言う。


「一枠十五分」

「五銀で、グループ単位」


「今回は」

 ハルがレンを見る。


「二人分まとめてで足りるね」

「そうなんだ」

 レンはグリモアを握りしめ、頷いた。


 手続きを終えると、受付係は淡々と告げた。


「次の空きは、一刻半後です」


「時間になりましたら、再度お越しください」


「一刻半か」

 シャルルが肩を回す。


「ちょうど腹も減ってきたな」

 緊張の糸が、少しだけ緩んだ。


 研究区から市場側へ戻ると、昼前の屋台通りはちょうど混み始めていた。

 香辛料の匂い、焼き油のはぜる音、呼び込みの声。

 さきほどまでの静謐な空間が嘘のようだ。


 ハルが周囲を見回す。

「あーお腹すいた」


「私もです」

 ルゥも小さく笑う。

 

 一行が立ち止まったのは、鉄板を構えた屋台だった。

 刻んだ肉と野菜を香草と一緒に焼き、薄いパンで包む、フェレル名物らしい。


「全員これでいいか?」


 全員が頷く。

 自分の代金を払おうとしていたルゥが、ハルに止められている。


 屋台の男は手際よく鉄板を鳴らし、肉をひっくり返す。

 立ち上る香りに、全員の視線が自然と集まった。


 「おいしそうな匂い」

 レンがぼそりと言う。


「ですね!」

 ルゥが楽しそうに言う。


「久しぶりです」

 グレンもいつもより上機嫌だ。


 包みを受け取り、それぞれかぶりつく。


「おいしいっ」

 ルゥとハルが同時に声を上げる。


「香草強いけど、後味軽い」


「研究者向けの街なのに」


 シャルルが笑う。

「こういう屋台は外さないな」


 レンは両手で包みを持ち、少し慎重に齧る。

「……おいしい」


 目が柔らかくなっていた。


「あ、そうだ」


「ハル、レン」

「成長させるスキルを選んでおけよ」

 シャルルが言う。


 もう決まっているとハルは答えている。


 困っているとシャルルが雑に補足する。


「まあ、レンの収受エネルギーとスキルレベルから計算すると」

「とりあえず基礎系のスキルを三つ選べば良い」


 そういうと、シャルルはさっきと同じ屋台に並び、同じものをもう一つ頼んでいた。


 一刻と少し過ぎたころ、一行は先ほどの神殿まで戻っていた。

 しばらく待つと、騎士団の一人が前に出る。


「次の方、入室を許可する」


 短い宣告。

 それだけで、少し空気が張り詰めた。


 賢者の石が安置された区画は、外界と完全に切り離されている。

 分厚い石壁。

 天井に埋め込まれた多層結界陣。

 入口の扉は、金属とも石ともつかない素材で作られ、近づくだけで肌がざわついた。


 騎士が一歩下がり、扉に手をかざす。


 ――低く、重い音。

 内側から封が解かれる感触が、音ではなく圧として伝わってきた。


「今から十五分」

「時間になれば、呼びにくる」

 それだけ告げて、騎士は道を開ける。


 一行は足を踏み入れた。


 中は、少しだけ広かった。

 

 床一面に刻まれた魔法陣。

 幾何学的でありながら、生き物のように複雑に絡み合っている。


 歩くたび、足元で淡い光が脈打った。


「……音が、しない」

 ルゥが小さく呟く。


 外の喧騒は、完全に消えていた。

 ここには、呼吸音と心臓の鼓動だけが残る。


 そして――

 中央。

 宙に浮かぶ、巨大な結晶。


 賢者の石。


 青とも透明とも言えぬ色。

 表面は完全な平滑ではなく、微細な層が重なり合い、内部で光がゆっくりと巡っている。

 

 ただ存在するだけで、周囲の世界を支配している。


 レンは、無意識に一歩踏み出していた。


「……何か重い」


 重量ではない。

 視線でもない。

 賢者の石と自分の胸にある聖核が反応を起こしているように思える。


 自分の存在が、測られているような感覚。


「初めてだと、違和感あるよね」

 ハルが小さく言った。


「私も、最初は息が詰まった」


 石の周囲には、半円状の台座が設えられている。

 そこが、スキルの捧持と成長を行う位置だ。


 係員はいない。

 代わりに、床の魔法陣が静かに起動を待っている。


 レンはハルの方を見る。

 ハルが頷く。


「こうやって魔力を流すの」


「あと、レンは」


「グリモアを手に持っててね」


 レンは、懐からグリモアを取り出した。

 《耐久の加護》。


 紙でありながら、確かな重みがある。

 そして、意識を集中させ魔力を流す。


 ――収受してきたエネルギー。


 戦い。

 生存。

 選択。


 それらすべてが、内側で静かに集束していく。


 賢者の石が、わずかに応じ、

 頭の中に声が響いた。


『何を求める』


 驚いてハルを見る。

 ハルも同じことを聞かれているのであろう。


「スキルの成長を」

「……」

「《魔道の極》《神護》」


 ハルの賢者の石への返答が聞こえた。


 恐る恐る、ハルと同じように応える。


「……スキルの取得を」

『グリモアを確認した』

『汝《耐久の加護》を求むか』

「はい」


『汝に《耐久の加護》を』


 石の光が、一段と深くなった。


 声が止んだので、続けて、もう一度、魔力を流す。


 再び声が響く。


『何を求める』


「スキルの成長を」

『成長させるスキルの名は』

「《攻撃の加護》《走破》《鉄壁》」


『汝に力を』


 光が、一段深くなる。

 体の内側に確かな変化が走る。


「ふう」

 レンは一息をつき、ハルに連れられて台座から離れた。


 こうして無事にスキルの儀式は終わり、少し待つと、騎士が扉を開けた。


 レンは息を整え、扉の外へ出る。

 

 後ろの巨石は、淡く光を放っている。

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