第2章 22話 賢者の石とグリモア
フェレルの中心部は、朝から活気に満ちていた。
石畳の大通りを一本入るだけで、空気ががらりと変わる。
研究区に近い一角では、白衣やローブ姿の者たちが、図面や魔導板を抱えて行き交っていた。
建物の壁面には用途別の刻印が施され、結界や測定陣が常時稼働しているのが分かる。
「……街全体が、研究所みたいだ」
レンが思わず呟く。
「研究区は特にな」
シャルルが顎で示す。
「魔導具の試作も、理論検証も、ここじゃ日常だ」
通りを抜けると、今度は一転して賑やかな市場に出た。
魔導具市だ。
浮遊する照明球、温度を保つ水筒、簡易結界を張る護符。
露店には実用的なものから怪しげな品まで所狭しと並び、客引きの声が飛び交っている。
「魔力効率三割向上! 研究者御用達だよ!」
「こっちは冒険者向け! 耐衝撃、耐魔力、両対応!」
「すごい……」
ルゥが目を輝かせて、あちこちを見回す。
「なんでもありますね!」
「ねえ、レン!あれ見て」
ハルも同じようにはしゃいでいる。
さらに進めば、武器防具屋が軒を連ねる区画に出る。
剣や槍だけでなく、魔力伝導率を高めた装備、スキル補助を前提にした設計の防具などが並んでいた。
「……ここなら、装備も一段階上を狙えるな」
「とりあえず、先に賢者の石じゃ」
シャルルとジキルの会話を聞き、レンにふと立ち止まる。
「なあ、シャルル」
「ん?」
「賢者の石って、結局……、何?」
「何って、そうだな」
そう言ってジキルの方を見る。
「この世界の力の根幹じゃな」
「能力を定義付ける存在だと言われておる」
「定義付ける?」
「まあ、そうじゃの」
「スキルは、賢者の石に登録されて初めて使うことができる」
あまり良くわかっていない顔をしていたのであろう。
グレンが補足する。
「【学者】が書き込むらしいです」
「賢者の石に、能力の条件などを」
「そうしたら、聖核を持つ人族が」
「扱えるようになるみたいです」
「へぇー」
「生まれてくるこどもに」
「新しいスキルが発現していることがあるんだよ」
ハルが覗き込んで言った。
「なるほど」
と言いながら理解しようと頭を回す。
「ちなみに」
「スキルの取得とレベルアップは」
「賢者の石に収受エネルギーを捧げる」
「でしたっけ?」
「そうじゃ」
「スキルの取得は自分の系譜からランダムに取得する」
転移時にそのような説明を受けたことを思い出す。
「ただ、任意のスキルを取得する方法もある」
「えっと、それは?」
「グリモアというアイテムを使う」
「グリモア……?」
「スキルブックだよ」
ハルが続ける。
「指定したスキルを、そのまま取得できる」
「そんな都合のいいものが……?」
「作るんじゃよ」
ジキルの声は淡々としていた。
「《技能書作成》というスキルがあって」
「【生産】【契約】系譜のスキルなんじゃが」
「個人の持つスキルを」
「他人に譲渡できる形にする」
「本人の承諾と、賢者の石の力が必要じゃがの」
「なるほど」
「まあ、高値で売れるからの」
「自分のスキルを売り払う者も多い」
「で、冒険者を目指すやつは」
「ヴェールの基礎項目を全部上げられるように」
「グリモアでスキルを揃えるのが一般的だな」
シャルルも続いた。
「そういえば」
一通り説明を聞いたレンに一つの疑念が浮かぶ。
「ヴェールのHP……耐久?だっけ」
「それを上げる加護を持っていない気がするんだ」
「本当か?」
「うん、多分」
レンはそういって、《凡者の知恵》のスキルを使い、自分の能力を書いたメモを見せた。
「本当じゃな」
「複合系が多くて見落として居ったわ」
「とりあえず」
「《耐久の加護》の」
「グリモアを探そう」
「賢者の石はそれからじゃな」
*
露店通りを歩き回ったが、《耐久の加護》のグリモアは見つからなかった。
「やっぱり無いですね」
レンが小さく息を吐く。
「露店だと厳しいか」
シャルルが周囲を見渡す。
そのときだった。
通りの脇で、小さな木箱に腰掛けている女性が目に入った。
背は低く、体つきも華奢で、ぱっと見は十代半ばにも見える。
だが、帳簿を片手で操る指先は落ち着いていて、視線もやけに鋭い。
ハーフリング――
ドワーフと人間の混血だ。
「ねえ」
目が合ったからか、彼女の方から声をかけてきた。
「あなたたち、冒険者?」
唐突だが、迷いがない。
「そうだけど」
シャルルが答える。
「やっぱり」
彼女は納得したように頷き、全員を順に見回す。
「雰囲気で分かる」
「グリモアを探してて」
ハルが言う。
「《耐久の加護》なんだけど」
その瞬間、彼女は少しだけ目を丸くした。
「……今さら?」
軽く首を傾げる。
「それなりに強そうなのに」
「普通さ」
彼女は続けた。
「《耐久の加護》って、冒険者になるときに真っ先に揃えるやつでしょ」
からかうような口調だが、言っていることはもっともだった。
「事情があってね」
レンが言うと、
「へえ」
彼女は興味深そうに笑う。
「まあ、理由はいろいろあるか」
「露店には無くて」
ハルが言う。
「そりゃそう」
彼女は肩をすくめる。
「出回りはするよ。ちゃんと」
「でもね」
少しだけ声を落とす。
「常に需要が供給を上回ってる」
「基礎系のグリモアは」
「冒険者以外にも需要高いからね」
淡々とした説明。
数字と流れを見てきた者の言い方だった。
「だから、露店に長く並ぶことはまずない」
「入っても、すぐ次が決まる」
「持ってたりは?」
シャルルが聞く。
「今は無いなぁ」
即答だった。
「前なら用意できたけどね」
一瞬、言葉が途切れる。
だが、すぐに軽い調子に戻った。
「本気で探すなら、本屋」
彼女は通りの奥を指差す。
「研究区寄りの細道入って、二つ目の角」
「看板地味だけど、中はちゃんとしてる」
「露店よりは可能性あるよ」
「詳しいですね」
レンが言うと、
「まあ」
彼女は小さく笑う。
「この街のものは大体頭に入れてあるから」
見た目は幼い。
だが、その言葉選びと間の取り方は、間違いなく“大人”だった。
「グリモア関係、他にも要るなら」
「また声かけて」
「商人?」
ハルが聞く。
「一応ね」
彼女は曖昧に頷く。
「今は、ちょっと身軽だけど」
そう言って、最後に付け足す。
「フェレルじゃ、欲しい物は早めに動かないと取られるよ」
「物も、人も……ね」
本屋へ向かう一行を見送りながら、
ハーフリングの女性は帳簿に視線を落とした。




