愛の告白
「銀ランク昇格おめでとう、ティア」
「ありがとう」
笑顔で近づいてくるアランに銀色に輝く身分証を持ち上げて見せた。
ずっと長い間、黒色だった。授与式の途中——銀への昇格を告げられた後、ゆらりと色を変えた石はまだ見慣れず、まるで自分の物ではないようだ。
授与式はギルド所有の闘技場で行われた。祭りの延長ということで、観客席も埋め尽くされた。そんな中、昇格を告げられた瞬間は、異様な熱気と称賛の声に包まれ、地響きを足から感じながら念願の銀色を見ることになる。その景色を、この胸の高鳴りを、私はずっと忘れない。
まだ熱気の残る式場を背中にして、アランと向かい合う。
「これもアランのおかげね」
「何を言うの。イーグルを倒せたのはティアの功績が大きいでしょ」
そうは言うが、誰かが欠けても今回の結果にはならなかった。
イーグルを街から引き剥がしたのはアランで、トドメを刺したのはアグネスだ。
アランに合流しようと思ったのは、フレッドのおかげ。
ただ、イーグルを一体、みんなで力を合わせて倒したくらいで銀になれるのか。いくら、首都を守ったとはいえ、だ。
「……この色は、ギルド長の特例試験のおかげでしょう?」
勇者を探す、内密に聞かされたエドガーからの依頼。
一人で戦いに向かったアランを追いかけたことが運よく試験をクリアした。
「だから、アランは……ずっと嫌がってたパレードに参加したんでしょう。そういう約束だったんじゃない?」
「んー、エドガーから何か聞いた?」
「勇者を探すって依頼は、アラン本人から依頼されたって。……こんなところで勇者特権を利用しないでよ」
勇者は、命をかける。そんな戦いの場に連れて行く仲間を、自分で選ぶことができる、というのはお伽話でよくある話。勇者に認められれば、地位も権力も得られるというのは、本当のことなのだろう。
アランは意味ありげに笑みを深めた。
「あ、でもティアたちが銀ランクになったのは、おれ、関与してないからね。ティアの実力」
「そうなの?」
「実力もないのにランク昇格なんてさせないよ、エドガーは。実力とランクが見合ってないと大変なことになるからねえ」
ランクが上がれば依頼の危険度も上がる。だから、つまり、悲惨な事故を防ぐためだ。
「勘違いはしないでほしいんだけど。おれがエドガーに頼んだのは、ティアのためじゃないの。おれ自身のため。だから何にも気にしないで」
そう言って一線を引くのは相変わらずだ。
でもそれを越えるのは随分と容易になった。彼の心境の変化だろうか、壁は感じない。
「あなたって本当に面倒な人ね。……もう満足したの? アランはもう、私たちを信じてくれた?」
呆れ顔で紡いだ言葉に、アランは驚いたように目を丸くした。
「あれ、それもバレてるんだ? やっぱりティアたちはすごいな。本当に驚いたよ。美味しい餌をぶら下げられても、おれをギルドに連れて行かないなんて」
「それなのに、消えたのね?」
「あまりに嬉しくてさ、ドキドキしちゃって」
軽い調子のアランはこれまで通り。しかしどこか棘が抜けているように思えた。
「だからさ、ティアのこと、好きになったっておかしくないよね?」
「え?」
今度は私が目を丸くする番だ。
「前言ってたでしょ。銀になったらまた告白しようかなって。それ」
「……ああ……それ……?」
「うん。ティアのこと、好きだよ。ねえ、おれと一緒に冒険しない? おれを守ってよ、綺麗なお姉さん」
おどけた様子で、しかし声だけは真剣だ。
聞き覚えのあるセリフに、今度は首を傾げて見せた。
「ふふ、勇者のあなたを?」
「うん。勇者だからね。魔物に遅れはとらないし、ティアより先に怪我だってしない。……魔法石なら一番いいやつ買ってあげる。——やめないでよ」
真剣な顔で、絞り出したような声で、アランは私の右手を握った。
ああ、フレッドから聞いたのだ。冒険者をやめることを。
私はまだフレッドにしか話していない。
左の指の腹で、割れた魔法石の傷を撫でる。その石と同じくぽっかりと穴の空いた心は、埋まりそうになく。決心は、やはり鈍らない。
「ずっと前から決めてたの。これ以上、もうブルーノに心配をかけたくないのよ。意味がわからない?」
「気持ちはわかるよ。どうして魔法石替えないんだろうって、ずっと気になってたからね。替え時なのはティアだって気づいてたでしょ。だから理由を聞いて、腑に落ちたというか」
「じゃあ、」
振り払おうとした手は、離してもらえなかった。
綺麗な黄金の目が私を向いている。
「フレッドの代わり、なんてもう言わない。好きだよ。ねえ、ティアとならおれはまた旅にだって出られる。おれはティアのこと守らないよ。おれを守ってよ、また」
懇願にも近い、心を鷲掴みにするような、熱。
当てられてごくりと喉が鳴る。前とは違う、アランの心が透けて見えるようで、掴まれた手も見つめられる瞳も、熱い。
アランと契約を結んで数ヶ月。
久しぶりの相棒は、軽薄で、面倒な性格で、察しの良い——それでいてとても強い冒険者だった。
食事中の無駄口も、共闘も、低ランクの仕事も、今思えばとても楽しくて。
また湧き起こりそうになる——幼い頃の、冒険者への憧れが。
それを振り払うように、慌てて頭を振った。一度目をギュッと瞑る。
どれもこれも今更だ。私の冒険は終わったのだから。
「……ごめんなさい。やっぱりあなたと冒険には行けないわ」
見つめ合って数秒。
アランはパッと手を離した。大きなため息の後、にやりと口元を緩める。
「手強いなあ。おれ、振られたこと、ないんだけど」
「ふふ、勇者だもんね」
「そうだよ、勇者相手にする仕打ちとは思えないよ」
そう言って笑い合う。
なんの蟠りもない顔だ。
「言ったでしょ。絶対に好きにならないって」
「まあ、いいけどさあ。ティアがそれでいいって言うなら」
「違うでしょ、ちょっと安心してるんじゃないの」
「あーー、うーん、ティアがそのままのティアで居てくれるのは良かったんだけど。でもちょっとくらい靡いてくれても良かったんじゃないかなというか。まったくもう! 心変わりしないってのも素敵だよ! ホント!」
拗ねるように口を尖らせた年上の男。
出会ったばかりの時と変わらないようでいて、随分と心許している。許してもらってもいる。
これが冒険者の醍醐味なのかもしれない。
目の前のアランを見つめながら、フレッドのことを思う。彼との関係が変わったのも、アランのおかげだ。
「あ、そうそう、銀ランクにこだわってるみたいだったから、ずっと応援してたけど。ティアが銀になりたかったのってブルーノさんのためだったよね?」
「ええ、そうよ。良い義足を手に入れたくて。魔法石が壊れるか、銀になれるか。どっちが早いかは賭けみたいなものだったのよ」
結局、銀にはなれたが魔法石は割れてしまった。
私の力では、手に入れられなくなってしまったけれど。
アランは肩をすくめた。薄い茶色の髪の間から耳飾りが見える。
「魔法具師ならいいのがいるでしょ、近くに」
手首に巻かれたお揃いのブレスレットを見せつけられてハッとした。
これを作ったのは、特級の付与魔法師。
「勇者特権はこういうのを言うの。しっかり覚えてよ」
そう言って爽やかに片目を瞑るから、うっかりときめきそうになった。絶対に内緒だけど。




