祭りの高揚と静かな宣告
イーグル討伐後、エドガーから真っ先に言われたのは「今日はもう帰って休め。明日も一歩も動くな。十分な休息を取れ、今後のために」だった。
勝手な行動を叱られるかと思ったけれど、無罪放免。
お咎めなしに多少訝しんだものの、魔物討伐への貢献が認められたのか、それとも万一の魔物襲撃への備えなのだろうかと結論づけた。
さすがに魔力不足と疲労とで限界だったから、エドガーの言葉に甘えることにした。精神的にも心の整理の時間が必要だった。
宿に戻り、十分に休みを取ること丸一日と半日——そして今。
「ねえ、私たち、どうして馬に乗っているのかしら」
大きな歓声を聞きながら空を見上げれば、青い空に赤い花びらと、カラフルな紙吹雪が舞っている。街路を彩る三角旗も目に入った。
重だるい腕を軽く振りながら、隣にいるフレッドへと首を傾げた。
「そんなもん、イーグルのせいだろうが。どう考えても」
仏頂面でフレッドは答えた。
乗り気じゃないと書かれた顔で——私たちはなぜか、勇者一行のパレードに混じっている。
「……はあ、急に駆り出される身にもなってもらいたいわ」
今朝、部屋の呼び鈴が鳴らされたかと思うと、あれよこれよといった間に、身包みを剥がされ小綺麗な格好に着せ替えられ、ざっと概要を説明を受けたのち、ぽいっと馬の上に乗せられてしまった。
「フレッドてば、あまり嬉しそうじゃないのね? こういうの好きそうなのに」
「馬鹿。こんなの勇者サマのオマケだろうが! 性に合わねえ」
「はいはい」
集まった市民の熱視線の先——パレードの先頭にはアランの姿がある。勇者らしく着飾った格好は見慣れなかった。
アランのすぐ後ろにはローレンツの姿もある。勇者一行による、市民のための、パレードだ。
そんなパレードに嫌々ながらも参加しているのには、理由があった。
「まあ、理解はできるのよね。首都に魔物が現れたっていう恐怖を一刻も早く消し去りたいっていうギルド長の思いも。パレードの日程も早めたくらいだし、イーグル討伐の功績者を祭り上げるだけでそれが叶うなら」
「いや、それだけじゃないだろ。首都が襲われたって汚点を、一刻も早くうやむやにしたかったんだろうが。疲れてる俺らをこき使って」
「そう。まだ万全じゃないにね、ほんとギルド長も簡単に言ってくれるわ」
ちょっと着飾って、ちょっと笑顔を振り撒いて、ちょっと手を振ってればいいからとかなんとか。出発前、まだ現状が飲み込めていない私たちに彼はそう言っていた。思いのほか大変な場所に放り込まれたことがわかり、今はちょっとした怒りすら湧いている。
エドガーの画策により、予定を早めて行われたパレードだが、それでも勇者一行を一目見ようと集まった市民や観光客で溢れ返っていた。
勇者が救ってくれたという感動で恐怖を上書きするというエドガーの作戦は、大成功のようだった。
手を振り、旗を振り、花は飛び。
今回の件でまた、勇者信仰は勢いを増すのだろう。
「あいつも大変だろうが……」
帽子も眼鏡もない。
守ってくれるものは何もないけれど、パレードの直前に見たアランの顔は晴れやかだった。
今見える彼の背中も、大きくて力強くて、イーグル討伐前に辛そうに見えたことなど笑い飛ばせるくらいに、輝いて見える。
「またティアに守ってもらうとか言ってたぞ。いつまでも許されるとでも思ってんのか」
「勇者サマを守るなんて、大役ね」
「いや、守らなくていいぞ、あの嘘つきアランなんか」
『聞こえてるよ。守ってよ。冷たいなあ』
「聞かせてんだよ」
耳飾りから聞こえた声に、肩肘の力が抜ける。
何の憂いもないアランの声が、私の憂いも減らしてくれるようだった。
「まあ、ティアの隣、ってのはよく考えられてるなと思うが。……服、似合ってる。……その、綺麗だ」
照れながらも視線を寄越すフレッドにぎょっとした。不意打ちはやめてほしい。
「急に……! こんな場所で!?」
「こんな場所だから言えんだろ。……周りが煩いから」
「っ、はいはい」
不自然さを紛らわすように片手で頬を触り、そっと熱を逃す。
耳にけらけらと可笑しそうに笑う声が響いた。
『だから、聞こえてるよって』
「だから、聞かせてんだって」
『ぶはっ、フレッドのくせに生意気だなあ。そんな牽制なんてしなくたって』
フレッドが耳飾りを乱暴にむしり取った。指で取るように示すから、習って耳飾りを外せばローブのポケットに入れる。
「なあ、ティア。俺、嫌われてはないだろ?」
「え、そうね!?」
この話は続くらしい。
「むしろ好かれてないか? 気のせいか?」
歓声が大きいから、掻き消されないようにとフレッドの声も大きくて。
その声からも、パレードからも逃げられずに、ただフレッドを受け止める。
「……ティアは守ってほしくないと言ってたが、そもそも俺にはそんな力はないんだとよくわかった。あいつは嘘つきだが、強い。今回の功績で銀には昇格できるが、まだまだだ」
パレードが終われば、授与式がある。
イーグル討伐の功績を讃えて銀ランクへと昇格するらしい。
周りの人々に手を振った後、フレッドは再びこちらを見た。
「イーグルと戦った時、俺は、ティアと戦えて良かったと思った。守りたいとかそういうんじゃなくて……そうだな、対等な立場として。ティアはどうだ?」
聞かれて思い出す、数日前の戦いは。
ただ必死で。
誰にも怪我をさせたくないとは思ったけれど、戦いの最中にはそんなことを気にする余裕もなくて。
少しの声掛けで、手に取るように次の動きがわかる。どうしたら戦いやすくなるのか、瞬時に判断できる。まるで昔からの仲間のように。
あれは、紛れもなく、対等な仲間との戦いだった。胸が熱くなるほどの。
が、黙って口を引き結ぶ。
本当は、授与式の後に言おうと思っていたけれど。
割れた青い魔法石をフレッドに突き出して見せた。
「——私、冒険者、やめるの」
「は?」
その一言は、衝撃的だったに違いない。
誰にも言ったことのない私の決意だ。周りの視線などお構いなしに、フレッドの顔が凍りついた。
「決めてたの。ブルーノが怪我をした、あの日から。ブルーノに心配をかけたくないの。だから続けるのは、このもらった魔法石が力尽きるまでって決めてて」
「…………なんだよそれ」
「銀にもなれたもの。きっとブルーノの義足も、用意できるわ。それに私がダメでも、フレッドがいる」
せっかく銀ランクに昇格したとはいえ、冒険者としての私にはもう価値はないかもしれないけれど、フレッドには必ず伝手ができる。ブルーノの義足を用意できる魔法具師に。
「……それで納得してんのかよ」
「銀になるのは目標だったし、良いタイミングだったのよ、きっと」
フレッドの顔はショックを受けたような、それでいて湧き起こる怒りをかみ殺すように歪み、ぱっと逸らされた目は観衆を向く。
心がずきりと音を立てた。
それから先、あまり覚えていない。作り笑いと愛想笑いを振り撒きつつ、パレード後の授与式に臨んだのだ。




