落ちた赤鷲
「来たぞ! 右!」
鼠を獲る鷲さながら、鋭い爪を突き出してくる。毛で覆われた足は、巨体を支えるためだろうか、太く頑丈だ。
大きな羽を畳み、急降下してくるその姿は、まるで降ってきた岩のようでもある。
鋭い爪は自分と同じくらいの大きさで、貫かれば即死もあり得る。それが片足に四本ずつだ。
「っ、風よ! 避けて!」
急降下の合間には突風での攻撃がくる。結界を張りながら避けつつ、砂嵐が収まるのを待つ。
交互に来る攻撃を何度受けただろうか。
アランは剣の柄を強く握った。
「うん、もうギルドは待ってられない。おれが切ろう」
「危険じゃ!?」
相棒の無茶に目を剥いたが、返ってきた反応は冷静そのものだ。
「このまま削られる方が危ない。おれがいて、ティアもいて、フレッドもいる。せめてギルドが合流するまでの時間くらいは持ち堪えられる」
「だな、最悪、あの爪さえ無くなればいい」
フレッドも乗り気のようで、すぐに考えを改めた。
ああ、アランには頼ってもいいのだとすぐに忘れてしまう。彼は、自分が勇者だととうとう名乗ったのだから。
「……そうね、そうしましょう。でも私は防御に徹するわ、絶対。誰にも怪我させたくないもの」
いくつか放った水の矢は、イーグルの風によって簡単に掻き消された。不意打ちならまだしも、正面から突破するには、まだ威力が足りないようだ。
「じゃあ、次来たら仕掛けるぞ」
そうして急降下してきた大きな爪を目掛けて、剣士二人は剣を振るった。
砂埃の中に、ぼとりぼとりと何かが落ちる。
アランは三本、フレッドは一本。それぞれ爪を切り落とし、確実に相手の武器を減らすことに成功した。
が、当然ながら、獲物に噛み付かれたイーグルは激怒した。
空へ舞い戻った赤い鷲は、空を覆うように翼を広げると甲高い鳴き声を上げた。
「ああ、私が、うまく結界を作れたら……!」
「別にいい! ティアは俺たちを守ってくれてるだろ!?」
「それだけじゃダメなの!」
なぜか私はイーグル相手に上手く結界が張れなかった。
攻撃も届かず、足止めも上手くできない。
黒としても不甲斐なく、銀を目指す冒険者としても、情けなかった。
その間にも鋭い風は続く。怒ったイーグルは攻撃の仕方を変えてきていた。
攻撃範囲が広い突風で薙ぎ払うのではなく、密度を高めた細い竜巻のような風を起こしては操った。より殺傷力を高めてきた。
結界は、動き回るアランやフレッドにも、首都の大きな建物にも、問題なく機能していた。
張れないことはないはずだった。
なのに、イーグルへと挑んだ結界は、上手く組み立てられずに消滅する。
大きくて動く標的が、心のどこかで難しいと思い込んでいるのだろうか。
——そうであるなら。
イーグルは幾度か降下しようとして、途中でやめた。爪を切られたことを忘れていないらしい。
ただ、狩りの癖は抜けないようだ。また少し降りてきた、そのタイミングを見逃さない。
赤い大鷲の足一本、さらにその半分だけを覆う、強固な結界を。
大きさに惑わされるなら、その巨体ではなく、その空間に結界を張るイメージで。
足を捉えられたイーグルは、一際甲高く鳴いた。耳をつんざくような声だった。
「っティア!」
「私が、引き摺り下ろす!」
ずり、と結界を動かした。イーグルの足を捕らえたまま。
「さすがティア! これくらいなら、届く!」
そう叫んだアランは、強化した身体能力で高く跳躍し、剣を振り下ろした。
続いてフレッドも跳躍すれば、アランは足を一本、フレッドは爪を一本を、切り落とした。
足から流れた血が、結界を赤く濡らした。
「よっしゃ!」
フレッドが握りこぶしを作った。
そんなほっとした瞬間をぶち壊すように、強力な竜巻が襲いかかる。
「きゃあっ!?」
怒り狂った片足の鷲は竜巻を乱打した。一切の反撃を許さないように。
そして、それは追随を許さない意図もあったのかもしれない。
私たちが竜巻の対処に追われる中、イーグルは身体の向きを変えたのだ。
「……待て! そっちには首都が……!」
「くそ……!」
アランとフレッドの叫び声を聞きながら、ぐっと地面を踏み締めた。
彼らは剣士。足止めされた魔物を退治するのが仕事で。
——今この場で、足止め役は、私だ。
先と同じく小さめの、球状の結界が鷲の後を追うように並んだ。
「まだよ、だめよ。絶対に、行かせない!」
結界の基本形は、球。
片足だけを覆ったあの結界も、速さで負けて今は届かない。
ならば、と。
追いつけないなら先回りだ。
大きさもいらない。魔力だって勿体ない。
小さい石ころサイズの結界を、目一杯。
「私の目の前で! 誰も襲わせない……!」
叫んだ瞬間、イーグルの眼前に、小さな小さな球が置かれた。巨体の足一本ほどの空間を空けて、等間隔に。そして、いくつもだ。
穴だらけの結界は、網に獲物がかかるように、赤い大鷲を弾き、捕らえた。
が、それは怯むことなく真っ向から突撃してくる。力で勝てぬものはないと絶対の自信のもと。
押し負けた結界にはヒビが入った。
「じゃあ、二重に……!」
結界に結界を重ねがけた。二倍になった結界に、魔力がごっそりと抜かれる気がする。
それでも止めるわけにはいかなかった。
ヒビが入るたび、二重の結界を張った。
大きく展開した小さな球の壁は、魔力不足で端の方からはらはらと消滅している。
パキ、と割れるような音が響いたのは、赤い頭を紫色の稲妻が貫いた瞬間だった。
「……師匠の……っ」
同時に砕けた結界が、透明な花びらのように舞い散った。
その中をイーグルが逆さに落ちていく。
止めとばかりにアランの剣で真っ二つにされたその鳥は、地面に着いて、ついに動きを止めた。
砂埃の中、遠くの方で、歓声が上がった。
先頭にアグネスの姿を見つけ、ようやく力が抜けて、膝から崩れた。
「やったな、ティア」
フレッドに促されて、拳を突き出す。弱々しくちょんと当てれば、ぎゅっと握られた。
アランもまたにこやかに笑っている。さすがに疲れたそぶりは見えず尊敬する。
杖の先——ずっとお守りにしている青い魔法石を見た。
中の魔力が尽き果てて、ぱっくりと割れていた。役目を終えた証として。
終わったのだ、何もかも。
達成感と酷い疲労、それから喪失感が同時に押し寄せて、目を閉じた。
砂塵が目に入って、痛かった。




