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崖っぷちの花は錆びれた聖剣のそばで咲く ~私は許されてもいいですか?~  作者: 夕山晴


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これは幸福

 

「なんだって俺のいないところでそんな話を勝手に進めるんだ?」


 祭りを終えた首都から慣れ親しんだ街へと馬車で戻る。

 その馬車の中で、ぶつぶつと同じ話を繰り返すのはローレンツだった。


「俺の専門は武具と防具、それと趣味のアクセサリーだ。義足なんて専門外なんだっての。上手く成功するかどうかもわからねえのに、勝手に約束するなんて勇者としてどうなんだ? あ?」

「いいでしょ、天才なんだから。ローレンツにできないことはないでしょう?」


 アランがあからさまに首を倒せば、ローレンツがぎりと奥歯を噛み締めた。鋭い眼光がアランを射抜く。額には青筋が見えるようだ。

 それを向かいの席でただただ黙って見守る。余計な口を挟んで、首都に戻るなんて話になっては大変だ。

 ふと揺れる馬車の外を見る。舗装された道が長く続いていた。

 もしかすると、フレッドがいればこの雰囲気も紛らわせたかもしれないのに。


「フレッドだって、そう言うと思うよ? 一緒にこればよかったのにさあ」


 私の心を見透かしたように、アランの視線がこちらを向いた。

 同じ黄金の瞳だというのに、私を好きだと言った時の熱は、一切見えない。だから申し訳なさも気まずさも、感じずに居られた。もちろん、それがアランの気遣いだとわかっているが。


「わかりやすいよねえ、フレッドも。でもおれとティア、一緒に帰るのを黙って見過ごすなんて、甘すぎだと思わない? ティアがおれのこと好きになっちゃうかもしれないのに」


 この時々挟んでくる軽口が、おそらく彼の狙い通りに、心の平穏をかき乱してくる。

 簡単に翻弄される心を内心叱咤して、惑わされないよう、別の——フレッドのことを考えた。


 彼に帰る日程を伝えたところ、簡単に断られた。

「用事があるから」と言われたけれど、本当は私と長時間を共にしたくないのだろう。

 ——引退宣言の後、まだ一度も、上手く会話できていない。


 顔を合わせた時の、重苦しい雰囲気。それから合わない視線に、すぐに立ち去る後ろ姿。

 陸に引き揚げられた魚のように息がつまる。水の中が心地よくて、戻りたいけれど。

 あの穏やかな時間はもう戻ってこないのかもしれない。


 それに、話したところで、何が変わるというのだろうか。

 ちゃんと向かい合ったとして、私たちの道は分かれたのに。


 ぼんやりと靄がかかったような重い心は、アランによって引き戻された。


「だから、ティアもそう思うでしょ?」

「え? 何? 聞いてなかった……」

「天才が試しもせずに引き下がるなんて名折れだよねって話」


 ああ、話が戻ったのね。

 思いの外、答えにくい話に一瞬たじろぐも、口端をぐいっと持ち上げる。フレッドがいないことで弱っている姿を知られたくもなかった。


「そうね。やってみたらできちゃったってこともあるかもしれませんよ。天才だったら」

「…………君も煽るねえ」


 にこりと不敵な笑みを交わしつつ、長い道のりを進んだ。

 考えることが多くて、いや疲れもあるのかもしれないが、時間が経つのは早かった。

 華々しい街並みから、徐々に見慣れた景色に移り、気づけば育った街へと到着する。短い間の、大冒険だった。


 街の門の前で、ひと足先に帰っていたアグネスとブルーノが迎えてくれた。

 長い間離れていたわけでもないのに、見慣れた街と親しい人たちを目にすると、心が緩んだ。ほっとした自分に、これまでどこか緊張していたのだと知る。


 カツン、と一歩、ブルーノの足が前を出た。

「おかえり」と笑顔で腕を広げたブルーノに抱きついた。


「ただいま。ブルーノ、銀になったよ、私」

「ああ、アグネスから聞いた。よくやったな、さすがティア」


 背中に回る腕の力が強くなった。

 私が銀をずっと目標にしていたことをブルーノは知っている。その理由さえ。


 一緒に喜んでくれるブルーノの温かさに涙が滲んだ。彼の義足を得られるかもしれないと思うと期待で胸も踊る。けれどブルーノの安心した顔を目にするたびに——居た堪れなさに包まれる。


 そっと胸を押して、身体を離した。

 ブルーノの前ではいつだって笑顔を忘れたことはない。


「ええ。それで、ブルーノに義足を作ってくれる人を連れてきたのよ」


 そう言ってローレンツを紹介すれば、自然と義足の話になった。アグネスが「勇者一行の」と耳打ちしたせいで、ブルーノがすごく驚いていた。


 義足を作ったことはないと話すローレンツだが、おそらく彼は作るだろう。探究心と好奇心で、他にはない立派な義足が誕生するに違いない。

 ずっとこっそりブルーノを心配していたアグネスも彼らの間で笑顔を見せている。

 この光景が、私の集大成。


 杖から外した魔法石が、ローブのポケットの中で重みを増す。もう何度撫でたかわからない傷を、また指の先で感じていた。

 これが、冒険者としての私が成した、光景だ。




 しばらく、技術者のような目つきで義足を見ていたローレンツだが、何か思いついたように去っていった。それにアランがついて行く。以前泊まっていた宿屋に滞在するらしい。

 改めて、私の前にブルーノが立つ。昔の、相棒だった時のように、大きな手が頭を撫でた。


「大きく、なったなあ。銀にもなったんだ、この街を離れる期間も多くなるんだろうな。そう思うと少し寂しい気がするけれど、ね。こんなに嬉しいことはないよ」


 嬉しそうなブルーノの顔は真っ直ぐ見れなかった。


「あたしの弟子だからね、銀くらい当然さ」


 滅多に見ないアグネスの崩れた笑顔からも顔を背けた。

 そうして絞り出す。揺らぐ心を縛りつけるための言葉を。


「……私、もうどこにも行かないわ。ブルーノの義足が手に入りそうだもの。もう、危険なことも、無茶もしないわ。……ブルーノのコーヒー、手伝ってもいい?」


 笑顔は失敗したかもしれない。

 凍りついたように目を見開いたブルーノとアグネスの顔を目にして、そう思った。


「違うの。前から決めてて。ブルーノからもらった魔法石が壊れるまでって。だから……」

「あんた……! そんなものまた買えばいいじゃない。最初の石に愛着が湧くのはわかるけどもさ!」


 アグネスの言葉の意味も、よくわかる。

 道具が壊れたのなら、直せばいい。新しく買えばいいだけだ。

 そうして、また新たなスタートを。


 ブルーノは、何か言いたげに口を開いたが、すぐに閉じた。

 寂しそうに眉を下げた彼の目には、一瞬だけ、哀しみが宿ったように翳が見えた。


 けれど、ブルーノから冒険を奪った私が、冒険者を続けていいわけがない。


「——いいよ。ティアが手伝ってくれるなら嬉しい」


 そう言って普段のような笑顔を見せたブルーノに、心が軋む音がした。


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