その17
「はあ? 迷子探しィ?!」
よりによって今日みたいな日にか! とシバが叫んだ。
私の叫び声に様子を見に来たユージンとブルーノが、人魚を見てぎょっと目をむき、クルルさんと四人がかりでホアンの気をそらしながら、後から長老を背負ってきたシバが人魚を助け出して、浅瀬に戻した。
クルルさんがホアンの相手をしている間に、いったい何事か、と聞いたのは長老だった。
真珠のヒレ飾りが上品な人魚のおばさまの話によると、水魔族の若い娘さんが一人、三日前から行方知れずで水中は大騒ぎなんだそうだ。
というのも、行方が分からないのは水魔族の族長の一番下のひ孫。大変…えーと、その、活動的なタイプで、お付きの目を盗んであちこち出かけていってしまうので、一晩くらい姿が見えなくても「いつものこと」ですまされてしまって、気づくのに遅れたらしい。
「水の中は探しつくしました。いつもの遊び場のサンゴ礁も、ご家族の思い出のわかめ草原も、ならず者の集まる海溝も、魔女の棲み処まで! もう地上しか思い当たりません。でも、ひいさまは、ひいさまはまだ成人前なんです!」
「魔女って、あの性悪婆ァ、まーだ生きとったんか!」
「有名人なんですか」
「めったなことでは水の外には出て来んから、噂だけじゃがな。儂が子供の頃からいる婆で、うろこの隙間に毛を生やすとか、足を生やすとか、訳のわからん薬を作っては、高値で売りつける。またその手腕が傍迷惑で。」
「つまり極力関わり合いになりたくないタイプなんですね。…確か、水魔族は成人までは水上に上がってはいけないという掟があるんでしたか。」
「そうです。ああ、おかわいそうなアーディティヤさま。どうしてこのレシャムを置いて遠くへ行ってしまわれたのでしょう。慣れない地上で一人ぼっちなんて、きっと心細さで震えてらっしゃるはずです。」
おいおいと泣き出す世話係に、ユージンと長老は同情してるのか、あきれてるのか、何とも言えない顔でお互いを見た。
多分、今初めて、二人の考えてることがわかる。わかりたくなかった。
完全に想像だけど、その「おひめさま」、もしかしたら何かトラブルには巻き込まれてるかもしれないけど、水の外に出てくるのは初めてじゃないと思うし、魔女を怖がるタイプかどうか怪しいし、なんなら泣いてるかどうかも怪しいと思う。
言っちゃなんだけど、この世話係のおばさま、どうにもおっとりしてるというか、人がよさそうというか、とろそうというか。高貴な姫様のお世話には向いてるかもしれないけど、夜遊び上等やんちゃ娘のお世話は荷が重そうというか。
またずいぶんな姫様がいたもんだな、とブルーノがぼやいたから、みんな大体似た事を考えたんだろう。
「貢物どころか、顔合わせのお約束すらない無礼は重々承知です。ですが、ひいさまは水魔族の宝。お助けいただいた暁には、必ず、ご恩返しをさせていただきます。どうか、どうか力をお貸しくださいませ、魔王様!」
ということで、シバの叫びに戻る。
元々、今日は私の護衛役にシバを貸してもらうことになっていた。
そのかわりに、長老のところにはユージンとクルルさんがついて、お手伝いをする。
ちなみにブルーノがここにいるのは、たまたま長老のお使いから戻ってきてたから。この後の予定は不明だ。
私は今日は祭に来たヒト達にあいさつするだけだから、ついでに人探しをするのは全然構わないけど、確かにシバには迷惑な話だろうなと思う。
「いくら薬で足を生やしても、歩くのは下手くそじゃろう。あの魔女はそこまで親切ではない。ただでさえ、人魚が水辺を離れて地上で過ごすのは苦痛を伴う。この辺りにはめぼしい湖もない。そう遠くには行けんはずじゃ。」
「行方不明になったのは三日前という話ですが、魔女の薬というのは、そんなに長く効力を発揮するものなのですか。」
ユージンが首をかしげると、「そこが問題じゃ」と長老が難しい顔をした。
「儂の記憶では、あの薬はもってせいぜい半日。が、そもそも薬は毒と表裏一体。長期間、繰り返し飲めば体を害する。特に、体を大きく作り変えてしまうような強力なものはな。服用の合間合間に水辺で休んでいたとしても、いい加減限界が来てもおかしくない。」
「長老、その話はもうそこまでに…遅かったか」
ブルーノが長老の話に割って入ったけど、レシャムさんは白目をむいて水の中に倒れていた。
人魚は水の中で息ができるって知ってるけど、上半身が人間だから、ゆらゆらしながら沈んでるのは割と心臓に悪い。
「城下のやつらが誰も報告に来ないってことは、人目をさけて行動してるんだろう。とすると、目的が気になるな。」
「目的?」
「俺もその薬の噂を聞いたことがあるが、あれは副作用で全身が刺されたように痛むって話だ。地上に不慣れな水魔族が、そこまでして留まる理由はなんだ?」
「何らかの目的があってのことだと。探すだけでなく、説得か、最悪、捕獲しなくてはいけない、ということですか。」
シバとユージンの顔に、面倒、と書いてある。
聞いてるだけで私も嫌になってきた。
「おばあ様が城にいれば、魔力でぱぱっと探してもらうんですけどね。昨日からアシルと一緒にどこかへ遊びに行ってしまっていて。一応、探しますが、呼び戻す時間があるかわかりませんし。」
「ユージンじゃダメなのか?」
「私はおばあ様ほど器用な使い方はできないんですよ。新魔王のお披露目の祝いに、元魔王候補が魔力を派手にまき散らすのは、剣呑でしょう。それに、あまり魔人族ばかりが前に出すぎると、種族間バランスも崩れます。それは好ましくない。」
魔人族が前に出すぎとか、いまさらなんじゃ。と思ったけど、他の三人がうなずいたので、私には見えてない何かがあるんだろう。
「シバだけでは手が回らないなら、俺も出よう。今日の街は混雑しているし、空からは、また見え方も違うだろう。」
「そうじゃな。頼まれてくれるか、ブルーノ。」
こうして、予定よりちょっと遅れて出かけることになった。




