その16
お祭に行く前に、ホアンのご機嫌を取りに行きませんか。
そう提案してくれたのはクルルさんだった。
祭の準備をし始めたばかりの頃、アシルにしごかれていた私のところに、城下町の代表が相談に来たのがホアンのことだった。
お祭には魔界のあちこちから色んなヒト達が集まってくる。
城下町のヒト達はもう慣れてるけど、遠くから来たヒトはホアンを見て、いつかのネズミ族みたいにパニックになるかもしれない。
ホアンだって普段はよい子にしてるけど、なにせまだお子様。いつもと違う状況で「ついうっかり」をやらかすかもしれない。
そもそもホアンは体が大きいから、普段でも町外れで一度着陸して、できるだけ他のヒト達の迷惑にならない道を選ぶようにしてるのに、祭の人混みを歩かせるとなると何が起きるかわかったもんじゃない。
そんな風に、遠慮がちだったけど、「ホアンをお留守番させてくれないか」と頭を下げられた。
これにホアンはすねた。
めちゃくちゃすねた。
まあ気持ちはわかる。野次馬にきたブルーノやジジは「当然」って顔してたけど、こんなの仲間外れみたいで気に食わない。
ホアンは素直ないい子だ。頼んだら嫌な顔をしないで背中に乗せてくれるし、クルルさんや私が「ダメ」と言ったら守ってくれる。この前のオーガ族以外は誰のことも襲ってなんかない。
気に食わないけど………向こうの言い分も、わからなくもない。
関係ないヒト達を怖がらせたい訳じゃない。
答につまった私に、代表の獣人さんがハラハラしているのもわかる。こんな時に限って、一緒に話を聞いていたユージンも長老も何も言ってくれない。
城の中央の一番高い尖塔に体を巻きつけて「ぼく、もうだれともあそんであげない!」と吠えたホアンがかわいそうだし、真下に干してたシーツに涙がぼとぼと落ちてきてクルルさんが悲鳴をあげるしで、
「じゃあ、私もその日はお祭行かないでホアンといるよ。一緒に遠くをお散歩しよう。」
と言ったら、「誰のお祝いだと思ってんの」とアシルにどつかれ、「そういうところだぞ」とブルーノに冷たい目で見られ、城下町の代表に逆に頭を下げることになった。
何とかならないか、とユージンの執務室に押しかけたのは、その日の夜だった。
向こうの言い分はわかる。でも、やっぱり納得がいかない。
だって、私がこの一か月「魔王様」でいられたのは、ホアンがいてくれたからだ。
クルルさん達が働いてくれないと城は回らないし、ユージンや長老が夜遅くまで仕事してくれてるから城の宝物庫の金貨は増えた。
それと同じように、ホアンがいてくれなきゃ、ネズミ族をうまく脅せなかった。
「ネズミ族もろくにカツアゲできない魔王」なんて、ユージンが味方だろうが、天敵・妖精族からの果たし状が届こうが、きっとジジには見殺しにされてたはず。
ジジやアシルがしょっちゅう城に顔を出してくれるから、私は夜も安心してぐっすり眠れる。
「ねえ、こういうのコウロウシャって言うんじゃないの。軍なら褒賞とか、勲章とか、そういうの渡してねぎらうところでしょ。ホアンが魔人族や獣人なら絶対そうしてたのに、竜だからお祭に出てくるなって、変」
ユージンは机の両脇に積み上げた書類を取る事も、夕食代わりのサンドイッチを食べる事もしないで、最後まで黙って聞いていた。
「それで、あなたはどうしたいんです? ホアンの参加を認めろと命令しますか? それとも、魔人族の魔力で竜を抑え込む首輪でも作れと?」
「違う、そうじゃない。そういう事じゃなくて、」
「別にどちらでも構いませんよ。魔界のルールでは問題ありません。どちらかと言えば、大して強くもないのに魔王に注文をつける彼らの方が問題ありと見なされるでしょうから。」
「魔界のルールでは問題なくても、その他は問題あるでしょ! 今までとは違う王様が欲しいから私を選んだのに、それじゃ」
「ええ、そうですよ。きちんとおわかりのようで安心しました。」
机の向こう側で地団太を踏む私に、ユージンは溜息をつく。
「陛下、あなたの望みと皆の言い分の両方を並び立たせる方法が、ないわけではありません。例えば、町の大通りの幅を広げ、大広場に専用のスペースを設けた上で、ホアンには限られた場所と時間だけ参加させると知らせを出せば、十分な配慮をしたとして堂々と参加させられるでしょう。ですが、それを実行するとなると町を一から造り直さなくてはいけません。城下の住民を説得する時間も、町を造り直す時間もない。現実的に不可能です。」
「時間の問題なの?」
「そうですよ。あなたの主張は別に間違っていませんし、ホアンを公にお披露目するのは、魔王としてのあなたに箔をつける貴重な機会でもあります。本当なら多少無理をしても参加させたい。でも、どうしても間に合わない。だから長老も、あの場では賛成も反対もしなかったでしょう。」
ユージンの言う事は正しい。私も間違ってない。
時間がない、という言葉を何回か胸の奥で繰り返して、大事にしまいこむ。
この答は、この一か月足らずの魔界生活の中で、一番誠実だったと思う。
私が引き下がっても、ホアンが納得する訳じゃない。
ホアンのご機嫌を取るために、クルルさんは毎日大量におやつを作り、時間のある日はできるだけ遠乗りに連れ出した。
アシルには「子供を甘やかすのもほどほどにしなさいー」なんて冷やかされたけど、無視した。
私とクルルさんが毎日へとへとになるまで目いっぱい構って、四、五日経った頃には機嫌もちょっと上向きになったけど、やっぱりかわいそうで。
「そうだね、おみやげ持って帰ってくるからって、ちゃんと言っておこうかな。」
と、手分けして探すこと五分。
城の外れの枯れ井戸だったガレキの側で、地面の上で必死にビチビチはねる人魚と、興味津々の顔でくわっと口を開けたホアンを見つけ。
「ホアーン!!! それ食べちゃだめー!!!」
「ぐえっ」
とっさにホアンの首にしがみついて止めた私は、いい仕事をしたと思う。




