その15
「魔王」になって、もうすぐ1か月。
そう言われても、あんまりぴんとこない。
ゼイタクな暮らしとか、偉そうに命令を出したりとか、いかにも王様らしい事っていうのを、全然してないっていうのもある。
ヘーカ、ヘーカと呼ばれても、本当に大事な事は誰も相談してこないし。いやされても困るんだけど。
長老なんか昨日は「書庫にお使いにやったシバが戻ってこないから回収してきてくれ」って、私をパシリにした。
別に私はいいけど、「魔王の仕事」が本当にこれでいいのか。
ちなみにシバは、長老に言われた本が見つけられなくて一人でウロウロしてたところを、運悪くアシルに見つかってセクハラされてた。
どーしよーかなー、と眺めてたら、アシルに「邪魔すんな小娘、しっしっ」と手を振られたので、書庫の近くを通りかかった派手なブラウスの魔人族のお姉さん(小悪魔系)をけしかけておいた。
お姉さんとシバに大変感謝されたので、私はとても良い事をしたと思う。
という話をしたら、ブルーノに叱られた。
…あれは、叱られた、んだろうか。
「自分の立場を真面目に考えたのか。立場のある者の行動が、誰にどう見られるか、一度でも想像した事はあるのか。今回は相手がアシルだったからまだいいが、下手な立ち回りで無闇に敵を増やした結果、誰にその後始末をさせているか、わからないのか。」
ぐうの音も出なかった。
顔を合わせる事は多いけど、ブルーノがどういうヒトなのか、よく知らない。
長老のお使いで城にいない日が多いし、同じ部屋にいても、ずっと長老やユージンと仕事の話をしていて、私に話しかけてくる事は少ない。
それも、話題がないからっていうんじゃなくて、もっと………慎重に、距離を取られてる感覚。
魔界ではブジョクになるらしいから口には出さないけど、絶対に懐かない森の獣を相手にしてる気分。
「王様らしい事」というのを、本当に全然してないし、ブルーノにはずっとそれを見られてるから、好かれてなくても仕方ないんだけど。
城下は最近ソワソワしてる。
忙しそうに走り回ってるから、用事があっても声がかけにくくて、ついつい見送ってしまう。
みんなの顔が明るいから、悪いことではないんだろうけども。
ああ、楽しそうだなあ、邪魔したくないなあ、って感じ。
…誰も構ってくれないから寂しい、とかないから。大丈夫。私はわかってる。
多分、本当は私じゃなくていいんだと思う。
みんな騒ぐ理由が欲しくて、たまたまそこに私がいた。
でも、一応は「おめでたい事」だと思われてるんだと考えると、そう悪い気もしない。
さて、しつこいけど、1か月だ。
「魔王様、本日のお召し物をお待ちしました」
クルル・ニコニコ・フワモコ上腕二頭筋・えーと名字何だっけさんが、いつものように服を持ってきてくれた。
若葉色の細身のチュニックに、やわらかい革のベルトとブーツ。防寒用の短いマントの裏地が凝った模様で可愛い。
なにより、動きやすい。
そう。毎朝のバトルで、クルルさんも気づいたのである。
「もしかして、魔王様って、私たちと違うのかしら?」と。
その「違う」が、服の好みなのか、体型なのか、筋肉なのかはわからない。
わからないけど、とにかく一番大事な事には気がついたのだ。
獣人の皆さんが好きなピチピチした服はダメだと。
きっかけはアシルだった。
「ねえ、前から思ってたんだけど、あんたの格好は一体何なの」
その日はクルルさんがお休みの日で、イタチ族の女の子が趣味全開の服を用意してくれたんだけど、それが「………クルルさんの趣味よりは、うん、まあね、まだいけそうかも?」な絶妙さで。
しかもその子が私よりも多分若くて、こういう仕事に慣れてなさそうな女の子で、ふわふわのお耳が緊張でぷるぷる震えてて―――――つい、それを着てしまったのだ。
朝食をもらおうと食堂へ入った瞬間、こっちを見たユージンはよくコーヒーを吹き出さなかったと思う。
でも、そういう気遣いをみんながしてくれるかというと、もちろんそんなことはなくて。
午前中はよかった。お勉強の先生や、廊下ですれ違う獣人には「今日はおしゃれですね!」とか「もうちっとあちこち筋肉つけてイイ女になれよ!」なんて言われたりした。やかましい余計なお世話だ。
お昼のサンドイッチを食べて、午後の剣の訓練の場所を確認しようと執務室に顔を出したら、たまたまアシルもそこにいて、さっきのセリフを言われた。
どうもアシルは前から私の服装に文句をつけたかったらしく、タイミングを見ていたらしい。
ネチネチまわりくどいアシルの主張を一言でまとめると、こうだ。
「その貧相な体の一体どこを見せるつもりでその服着てんの?」
間違ってない。
獣人の服は筋肉を見せつけるための服で、私が着たらびっくりするほどみっともない。
間違ってないんだけど、後ろについて来てたイタチ族の女の子のまんまるなお目目がうるうるしちゃったので、アシルの脛を蹴飛ばしておいた。
この一件がクルルさんの長い耳にも入ったようで、二、三日ほど難しい顔をしていた。
元はと言えば、はっきり断らなかった私が悪い。言いたい事を言うのに場所を考えなかったアシルもちょっと悪いし、獣人の好みを考えずにクルルさんに仕事を回したユージンは馬鹿だと思う。
私とアシルをまとめて呼び出して、「陛下の普段のお召し物についてご意見をお聞かせくださいませ」と頭を下げたクルルさんは、えらいなと思う。




