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魔王様はなりゆきまかせ  作者:
魔王様、魔族の平定に乗り出す
33/37

断章

今回は少々長めとなっております。

 シャムスは慌てていた。

 それは割のいい依頼のはずだった。

 魔王を名乗る人間の小娘の夢に忍び込み、操る。

 夢魔の彼には水を飲むより簡単な事を、あちこちの種族が競って依頼してきた。

 魔界で権力を争う者達が、卑賎な身に頭を下げ、山のように金品を積む。高笑いが止まらなかった。

 もっとも、誤算がなかった訳ではない。

 まず、小娘の本名がつかめなかった事だ。

 夢魔は他人の夢を渡り歩く種族だが、入りこむには名前を鍵とする。愛称でも不可能ではないが、不完全だ。

 それを知る魔族は公の場では本名を口にせず、安易に他人に明かすこともしない。他人に本名を尋ねるのはマナー違反になる。

 とは言え、調べる方法などいくらでもある。この魔界で生まれ育ったのなら、誰かが必ず知っている。

 だが、魔界とは縁もゆかりもない人間の小娘に関しては、自己申告が全てだ。

 おまけに「リー」という呼び名は簡素すぎて、本名が全く特定できない。

 かすかな希望を持って、かつて勇者一行が旅したルートの近辺で誰かが耳にしていないかと探っても、一切出てこなかった。

 おかげで、小娘の夢を完全に乗っ取ることができなかった。

 所詮は人間、魔術師ですらないのだから、真名がなくとも、じわじわと弱らせればよい。そう軽く見積もっていた。


 だが、聞こえてくる噂は、下馬評を裏切るものばかり。

 曰く、竜を従え乗り回している。

 曰く、まつろわぬ一族からは至宝を要求する。

 曰く、妖精族の宣戦布告を真っ向から受けて立つ。

 城下の住民には新しい住民のように歓迎され、魔人族を後ろ盾につけた。

 獣人族の「長老」を中心に、せわしなく世界が変わっていく。

 毎日次々と発令される新しいルールに、反発の声は絶えないが、一方で好意的な反応も少なくない。

 そうなると慌てだすのがシャムスの依頼主達だ。

 このままでは、魔界の権力は完全に「長老」と魔人族を中心に固められてしまう。

 魔人族の長とその身内は厄介だが、獣人族は一枚岩ではなく、「長老」はやたら生き汚ないのが最大の取り柄の雑魚。

 不完全でも、とにかく小娘のどこかを損ねれば時間を稼げるのではないか。あるいは、首を獲る隙を作れるのではないか。

 せっつかれて、ついにシャムスが隠れ家の大階段下から一歩踏み出した瞬間、


「ああ、なんだ。こんな所に隠れていたんですか。」


 聞き覚えのある声に、シャムスは硬直した。

 近い。

 こつり、こつり、と靴音が人けのない上階から降りてくる。


「魔力が少ない、というのも、使いようですね。小細工なしでも感知に引っかかりにくく、いざ発動させても紛れてしまう」


 歌手のような艶やかな声が、恐ろしく嫌味な事を恥ずかしげもなく言ってのける。

 こんな状況でなければ、呪いの一つや二つ顔面にぶちかましてやりたくなる不遜さだ。

 だが、この声、この魔力の持ち主は、その傲慢を許されるだけの力を持っている。

 今は一刻も早く逃げなくては。

 少しでも安全な場所を探して足がふらついた瞬間、魔力がシャムスの喉に巻き付いた。


「ひっ」


 実体のない魔力は呼吸を遮らない。

 だが、相手の気分次第で、一瞬にして固く絞った雑巾のように変形させられるだろう。

 そう思うと、自然と呼吸は浅くなり、血の気が引く。

 情けないと笑うなかれ。

 夢魔の能力といえば夢渡りのみで、肉体も魔力も寿命も人間と大して変わらない種族だ。ヒエラルキーは最下層。

 一方のユージンは、身体能力こそ劣るものの、純粋な魔力量なら竜をも凌ぐ魔人族。その中でも女族長の寵愛深い孫息子、次期族長筆頭候補と誉れ高い。先の魔王が倒れた後は、次の魔王候補とも言われたのだ。格が違う。

 おびき出された。ユージンは、自分の居場所に既に目星をつけていた。

 目の前で足を止めたユージンの冴え冴えとした瞳に、悟る。

 自分は罠にかけられたのだ。






 種がわかれば、実に簡単な話だった。

 魔王城にはプロテクトがかかっている。当然、夢魔の夢渡りも防ぐ。

 いちいち説明するまでもない事で、誰もが意識の外にやっているが、リーという前例を文字通り身をもって経験したユージンは見落とさなかった。

 プロテクトはあくまで魔力干渉を防ぐだけで、歩いたり飛んだりして出入りする分には影響を受けない。

 かつて勇者一行も魔王討伐のために歩いて門をくぐった。中に入ってしまえば魔力は使える。

 そして、リーの訴えは、まさに夢魔の見せる悪夢そのもの。

 城下の獣人は、リーの即位後は気軽に城に出入りして、あれやこれやと用事をこなしている。

 物資の運び込みに食事や清掃の提供、破損個所の修繕と、城の維持管理に関するおよそあらゆる事を、現在は彼らが担ってくれている。その中に紛れて忍び込むのは、さぞ容易かっただろう。

 本来であれば、一人一人きちんと身元を調べ、出入りを制限し、ふさわしい給金を与えて、あらゆる方面から城の守りを高めなければいけないところを、資金難と多忙とリーの無頓着さを言い訳にして怠った。

 つまり、ユージンの手落ちだった。

 だが、手落ちを手落ちのまま終わらせるようなことは絶対にしない。


「一応、選択肢をあげましょうか。大人しく手を引くか、それとも…」


 腰を抜かして尻餅をついた小男を見下ろし、淡々と中級魔術の火球を一面に展開する。

 連日の激務で少々傷んだ髪が熱風で煽られ、青ざめた顔に影を作った。

 この時、ユージンは疲れていた。

 国の制度を一から造り替えるという大仕事に加え、祖母の見合い攻撃が精神をごりごり削ってくる。相変わらず金はなく、まつろわぬ一族との交渉に手を焼かされる。

 形ばかりの味方である祖母には「若者特有の馬鹿馬鹿しい夢」と一蹴され、同志は少なく、長老とも常に考えが一致する訳ではない。

 無給で城の整備を手伝ってくれる城下の民に、愛想笑いを見せる余裕もそろそろ尽きそうだ。

 さて、こういう場合はいたぶるように笑ってみせるのがいいのか、怒りを露わにしてみせるのがいいのか、命乞いなど気にも留めないという風に冷酷に振る舞うのがいいのか―――――こんな下らない決断に割く労力が心底もったいないな、と頭の片隅で考える程度には疲れていた。

 だが、下手に威圧するよりも、表情がわからない方が恐ろしく見えたのだろう。

 シャムスは尻餅をついたまま、じりじりと後ずさり、数秒と経たない内に高い悲鳴を上げて、時々つんのめりながら逃げ去った。

 追い込み過ぎた。その背を追うかどうか、迷った一瞬が状況を変えた。

 シャムスの前に突然扉が現れる。

 空間をねじまげる魔術、と一目で見抜いたユージンだったが、寝不足と動きだしの遅さが災いした。

 シャムスは迷わず扉を開け、くぐり抜けると同時に扉は跡形もなく消え去った。

 思わず舌打ちする。

 夢魔ごときに空間魔術は使えない。逃げ足はたかが知れている。その侮りが油断を招いた。

 だが、三度目はない。


「アシル、これは幻魔族の意思表示ととらえても?」


 あの空間魔術から漂う魔力はアシルのものだ。そこを見逃すユージンではない。

 夢魔は幻魔族に属する。幻魔族の長の末弟であるアシルが今この場にいる事に、何の意味もないはずがない。

 特に隠れるつもりもなかったようで、アシルはふらりと影から姿を見せた。


「残念、ただの回収係だよ。あんな小物を使うほど落ちぶれたと思ってもらっちゃ困るね」


 魔力が絡み合い、見えない火花が散った。

 お互い、腐っても元・魔王候補。

 魔人族のユージンから見れば、アシルの魔力など取るに足らないレベルだが、アシルの真骨頂は武器術にある。特に剣技は魔界でも随一で、体格で勝る妖精族や肉食の獣人族をあっさりと制圧してみせる。

 さすがのユージンも、真正面からぶつかってはただでは済まない。

 強引にねじ伏せる事によって得られるものと、自分が受けるだろうダメージと、その結果滞る仕事を冷静に秤にかける。

 ユージンの判断は速かった。


「貸し一つ、という事にしておきましょうか」


 普段はジジとのおしゃべりの合間にシバの大臀筋に執心している、ように見せかけて、ユージンと長老が討論している時は耳をそばだて、一族に不利な議題と見るとすかさず口を挟んでくる。

 その意図を、長老もユージンも察している。

 幻魔族の長たるアシルの姉は、新たな魔王選定の報せを受け、魔界に訪れた変革の匂いを敏感に察知しただろう。

 そして命じたはずだ。

 長老への敵対でもなく、助力でもなく。

 一族が有利になるように動け、と。


 魔界の歴史は、五つの種族の確執の歴史でもある。

 仮に幻魔族が敵対を選んだなら、ユージンは淡々と交戦の準備を整えただろう。

 だが、アシルに明確な敵対の意思がないのであれば。


「ま、仕方ないか。ところで、随分と入れこんでるようだけど、ああいうのが好みだったの?」

「………こういう時、つくづく実感しますよ。あなたとおばあさまが、どの辺りで意気投合しているのか。」

「そう言う君は、ジジにあれだけ可愛がられてる割に、ちっとも似てないよね。堅物でクソ真面目で理想主義。夢魔退治なんてその辺の獣人でも出来る仕事だ。本人に何も知らせず、わざわざオーガ族の襲撃に備えて城の守りが手厚くなるタイミングで夢魔退治。意外と過保護だね。」

「放っといてください」


 魔界の事などろくにわかっていない人間の小娘を魔王に祭り上げた以上、ユージンにはリーに対して一定の責任と義務がある。

 そして、ユージンのプライドは、それを放り出す事をよしとしなかった。むしろ、それを担って表に出さない自身の強さを、誇らしくすら思う。

 血の気はさほど多くないが、ユージンもまたれっきとした魔界の住人。「強さ」には一家言ある。

 自分の思う「理想」を魔界に押し付けようとするのもまた、ユージンなりの「強さ」の一つだ。


「さて、貸しを作るのは貴方の性に合わないでしょう、アシル」

「なんか嫌な展開の気がする。面倒事を押し付けられる気配がする」

「魔王陛下の剣術指南役をお願いします。そうそう気軽に城を爆破されては金がいくらかき集めても足りません。貴方ならほどよく手加減して鍛えられるでしょう。」

「ほうら来た、この高利貸し」


 アシルが大仰に頭上を仰いだ。

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