その14
「…ちょっと驚いた。我関せずかと思いきや、意外と見てるわね。そう、あの時シバの代わりに僕が長老の側についてた。シバはああだから、書庫までおつかいと言われて素直に信じてたけど。」
魔力が引いていく。気づかないうちに緊張してたのか、息が楽になった。
シバは長老の護衛だ。雑用係でも、ただの足代わりでもない。
はっきり聞いた事はないけど、長老やユージンには敵が多い。そして、長老は弱い。皆それを知っている。
だから、あの時シバが一人で歩いてるのを見て、ものすごく驚いた。臨戦態勢の敵を前にして一瞬固まってしまうくらいに。
「君が考えてることは、だいたい合ってるよ。長老は君を気に入ってる。分をわきまえてて、従順。見た目の割に頑丈で、ハッタリがきいて、多少の無茶をさせても壊れない。シバと同じ。…ユージンは、またちょっと違うかもしれないけど。」
「わかってる」
昨日、アシルとの訓練に備えて武器庫の虫干しをした。
あそこには普通の武器もあるけど、そうじゃない物の方が多い。
注意されていたのに、ついうっかり私が床から拾い上げた斧もその一つで、魔力の異常な流れを感知したユージンがすっ飛んできて、斧を魔術で消し飛ばした。
何も起きてないのに、物音で騒ぎに気づいた野次馬がわらわらとやってきて、追い返すのが大変だった。
その時、初めて変だと気づいた。
ユージンは仕事が大好きだから、城にいる時は基本的に執務室か書庫をぐるぐる周ってる。
身なりに構わない美人が目の下に隈を作って、予算がどうとかゼイセイがどうとかギカイのダイヒョウがどうとかブツブツ言いながら歩いてるのは、もはや城の名物だ。
なにしろ顔がいいから迫力がある。本物の幽霊より怖い。この城に七不思議とかあるなら、間違いなくその一つになる。いや、それは今はどうでもいいんだけど。
武器庫はそのルートから外れてるし、誰かに用事がある時は執務室まで呼びつけるから、遠く離れるのは食事か夜に部屋で休む時くらい。
それなのに、ユージンが来たのは、私の手に取った斧の魔力が発動する寸前だった。
いくらなんでも早すぎる。
納得のいく理由を探して、たどりついた結論はシンプルだった。
私は魔王で、替えがきかない「偉い人」で、敵が多くて、うっかり死んでしまわないように誰かが見張ってる。
多分、あの野次馬の中に見張り役もいた。見張り役が近づけない状況の時は、シバみたいな「通りすがりの誰か」がやってくる。
そして、それよりも早く到着したユージン。
見張り役がいるのは、きっと長老に聞かされてるはず。鍵つきの奥の部屋じゃなく、武器庫の床に無造作に転がされてる武器の危険度なんて、たかが知れてる。
その行動の目的は………よくわからないけど。
「流れで思い出したけど、悪夢を見るっていうの、今はどうなの」
「アシルにその話したっけ?」
敵がいる限り、最低限の危機管理くらいは自分でしなくちゃまずい。
睡眠不足なんて、せいぜいユージンに愚痴ったくらい。後はクルルさんあたりにもバレてる気はしてたけど、わざわざ自分から体調不良を言いふらすような間抜けはさすがにしない。
ていうか、そんな話の流れだったっけ、今。
アシルがちょっと気まずい顔をした。
「口が滑ったわ。忘れて。」
さては誰かが漏らしたな。
「まあ、別にいいけど…。そういえば、最近見てないかも。」
具体的に言うと、オーガ族の襲撃があった後くらいから。おかげでこの二、三日は夜しっかり寝てるし、朝ごはんも美味しい。
タイミングの良さに何か関係があるのかと最初は疑ったけど、すぐやめた。もし、あれが誰かからの攻撃だったとして、妖精族のイメージとは違いすぎる。
どっちにしても、深追いできるほどの情報がない。だったら、夢を見なくなっただけで十分だ。
命を狙われるのは面倒だし、相手をするのは疲れる。難しいあれやこれやは関わりたくない。
死なない程度でいい。
あーあ、アシルと一緒にいるのはしんどいな。
ホアンは無邪気で、クルルさんは優しいから、こんな感じで色々聞かれなくて楽なのに。
「何かあるとわかってるくせに、何も聞かないの?」
「聞いてどうすんの。毎日平和に暮らせるなら、なんでもいいよ。」
「君は本当に能天気というか、根が小市民というか、されるがままだねえ。」
アシルがわざとらしく息を吐く。
「そうかなあ。割と考えて動いてるつもりなんだけど。」
これは割と本音だ。
私一人では、この世界で生きていけない。長老やユージンに見放されたらおしまいだ。
「後悔するかもよ?」
「…やけにつっかかるね。何か気に入らないことでも言った? だったら謝るけど」
「別に? ただ、そんな年でやけに分別臭いこと言う奴は、何か抱えこんでることが多いからね。魔界に暮らす者として、魔王個人の事情に振り回されるのは、そろそろ勘弁してほしい。それだけだよ。」
そろそろ休憩は終わり、とアシルが立ち上がるのを、なんとなく目で追いかけた。
アシルって見た目も中身もあれだけど、時々すごく普通の事を普通に言うからびっくりする。
「そういえば、城下で祭をやるんだってね」
訓練と休憩を繰り返すこと三回。
剣を握る力もなくなってきた頃、アシルが思い出したようにそう聞いてきた。
「祭? 何の?」
収穫祭って季節じゃないし、夏至の祭は当分先。何かの記念日って話も聞かない。
「何のって、陛下が来てもうすぐ一月になるから、…歓迎?」
「かんげい」
えっ、されてたの、歓迎。その割に色々あったんだけど。
「なんだ、まだ聞いてなかったんだ。毎年この時期は芸人連れの大きな行商が来るから、いつもより屋台が増えてにぎわうのよ。それに合わせて有志がちょっとしたイベントの企画を立ててるみたいよ。」
「もしかして、歓迎って言葉、人間と魔族で意味が違ったりする?」
「は?」
「そのイベントって、広場に闘技場作って挑戦者募集とか、私は強制参加だったりとか、そういうのじゃないよね?」
アシルはしばらく無言で呆れた顔をした後、「魔王が魔族不信なんて、聞いた事ないわよ。」とぼやいた。




