その18
異国風の音楽が聴こえる。
何だろう、ときょろきょろすると、舞台でオオカミ頭のたくましいお兄さんが剣を持って踊っていた。
ゆったりして見えるけど、動きのキレがいい。キラキラゴテゴテの剣なんて重そうなのに、しっかりとコントロールしてる。獣人族らしい、筋肉を見せつける衣装、というかほぼ半裸。それに、キリリとした顔がなかなかクールだ。
気のせいか、舞台を取り囲むオバ…お姉さま方もとろんとした顔になってる。あそこにアシルを放り込んだらどっちが勝つんだろう。お兄さんに迷惑かけるからやらないけど。
「ねえシバ、私のあいさつは昼過ぎにって話だったけど、あそこでするの?」
「そうだな。緊張してるのか?」
「いや、うーん、…どうだろう。」
「なんだそりゃ」
スピーチの中身はユージンが考えてくれたものがある。私はカンペを読むだけの簡単なお仕事だ。
人前に引っ張り出されるのは、故郷でも経験したから、別に初めてじゃない。
初めてじゃないけど、「英雄」としてあいさつするのと、「王様」としてあいさつするのって、やっぱりちょっと違う気もする。どっちもテンション上がらないのは確か。
私の命を狙うヒトには大チャンスだな、とも思ったけど、そこはシバを信用するしかない。
「元気がないな。早いけど腹ごしらえするか? ユージンから小遣いもらってるから、気になるものがあるなら言えよ」
小遣い。
成人男子が言う単語じゃないんだよなあ。
でも、シバが言うと、妙にしっくりなじむ。
それはそれとして、腹ごしらえというのは悪くない。
舞台のある広場を中心に、屋台があちこちに伸びていて、どこから見て回ろうかと正直うずうずしてた。
肉の塊をどどんと並べて焼いてる店の隣には、注文を受けて朝摘みの果物をしぼってくれる店。さらにその隣の揚げ菓子の店では、「あっついわ~」と言いながら熊頭のお兄さんがおすそ分けの果汁をあおってる。
別の通りでは食材も売ってるのか、風に乗って生臭いような臭いもしてくる。ネズミ族が「魔王様御用達」の旗を立ててクルミ饅頭を売ってる店の前を通りかかった時には、さすがのシバも苦笑い。
大きなテントが並んでるのをのぞいたら、中は遊技場になってて、見慣れないゲーム台で妖精族の子供が盛り上がってた。もっとよく見ようと近づいたら、通りすがりの淫魔族らしいお姉さんに背中を指でつーっと撫でられたシバが「キャン!」と鳴いて、腕を引っ張られて出る羽目になった。
逃げた先では「新魔王様の栄光を讃えて」なる歌を吟遊詩人が歌い始めて、笑いをこらえてぷるぷるしだしたシバをどついた後、こそこそ逃げた。
花飾りを売る店には魔人族らしいお嬢さん方が、お互いに似合うものをあてがってキャッキャしてて、無理やり目をそらした。
あんな風に友達と遊ぶことは、きっともうない。
「なんだ、もう疲れたのか」
「いや…時間が大丈夫か気になって」
小間物屋の前でしゃがんで剣帯を見てたシバが、立ち上がって、来た方向を見た。
「時間はまだ大丈夫だろ。この先は居住区になるし、戻りながら土産でも探すか? それとも、どこか静かな店で休憩するか?」
「ううん、いい。疲れてないし、土産は後でゆっくり探す。それより、おひめさま探しどうする? ブルーノだけじゃ目の届かなさそうなとこ、回ってみる?」
「その必要はないわ」
小さな声に、はっと振り向く。
気づかなかった。違う。 あまりにも気配が弱くて、敵だと思えなかった。
だって、シバは今も戦闘態勢になっていない。そこまでしなくても、すぐに倒せると思ってる。
細い体に、よれよれの生成りのワンピース。足元がどろどろに汚れて、布靴に血がにじんでる。背中に流しっぱなしの榛色の髪はぼさぼさで、太陽に弱いのか、あちこち日焼けして真っ赤になってる。
私と同じくらいの年に見えるけど、子供みたいに頼りない手足が、思わず手を差し出したくなる。
でも、炎のような目がそれを拒絶する。
炎―――――敵意だ。
頭が気づくより早く、手が反射でマントの下の武器を探っていた。
獣人族や妖精族には見えない。魔人族にしては魔力が少なすぎる。妖魔族か、もしくは。
街を歩いてて、途中から生臭い臭いがしてた。
向かい風が吹いて、鼻がつんとする。これは生魚の臭い。レシャムさんと同じ。
心当たりなんて一人しかいない。
アーディティヤ。
探し出して、保護しないといけないお姫さま。
ナイフから手を離す。
「探してたのよ。魔王様―――――あのひとの、仇!」




