その13
アシルとの訓練中、私もそれなりに考えた。
話し方がどうでも、アシルの体は男。まともにやったら力負けもいいところ。
でも「訓練」だから、妖精族を相手にした時みたいに逃げ回ってちゃ意味がない。
剣を剣で受け止めるだけで、腕が持ちこたえられなくて小さく震える。
足さばき、腕や肩の使い方、どれもアシルの方が速くて鋭くて正確で上手い。
それでもアシルは本気を出してない。
人間の小娘相手に一番簡単で一番効果的な、力で押し切る戦い方をしなかった。
小一時間も動いてるから、さすがに血色はいつもよりいいけど、息が乱れてない。余裕の顔して、全身隙だらけ。
そして、そこに誘い込まれたら、仕留められるのもわかる。
わかってて、どうにもできなかったのが、悲しいけど今の私の実力だ。
「ねえ、アシル。聞いてもいいかな。」
「僕が答えられる事ならね」
「今のところ味方、って言ったよね。」
「言ったわね。それが何」
「私の味方って、どこからどこまでって考えればいい?」
アシルが面白そうに片眉をつり上げた。
「そうよねえ、大事な事だもの。ヘーカにはそれを聞く権利がある。今さら? って感じだけど。」
「………」
答えられなくて黙ってたら、アシルは離れた所に置いていた水筒を持ってきて、近くに座った。
無言で差し出されたコップを受け取ると、こっちの返事を待たずに話し出した。
「なりゆきとはいえ、族長が人前で一度宣言したものをそう簡単にひるがえしたら、それこそ一族の名折れ。だから、魔人族は完全に味方についたと考えていいわ。獣人族は、長老の息のかかった範囲なら味方。まあ、ブルーノがネズミ族のうわさを派手にばらまいてたから、馬鹿な事は考えないでしょ。妖精族も、あれだけやらかした後だし、貢物を持ってくるかどうかはともかく、当面は大人しくしてるはず。」
「前から気になってたんだけど、水魔族って全然姿を見せないよね。どういうヒト達なの?」
「その辺の講義は受けてるんじゃなかった?」
「受けたけど、ぴんとこなくて。旅してた時も出会わなかった気がするし。」
他の種族と比べて、教わった事も少ない。
水中で暮らしていること。他の種族との交流が少ないこと。迷信深くて、彼ら独特の文化を持っていること。
外の世界の争いに関わらないからか、長命な個体が多いこと。他の種族が忘れてしまった古い知識をたくわえていること。
「ま、引きこもりだからね。たまに見かけたと思ったら、死んだ魚みたいな目をしてるし。水から出てこないから、魔王になんてなれないし、逆に攻め込まれる事もない。良くも悪くも敵がいないし、敵にならないし、味方にもならない。いつも。」
せせら笑うような言い方。水魔族のこと嫌いなのかな。
無視していいって意味に聞こえるけど、この態度だと、どこまで信用していいのか。
長老の考えと完璧に同じかどうかはわからないし、かと言って、長老に直接聞いて教えてもらえるかというと、それも自信がない。大事な事でも平気でぼやかされたりする。
「で、幻魔族については聞かないの? まだ大した貢物もなかったと思うけど」
「聞く必要ないかなって」
ひくりとアシルの頬がひきつった。
「それはそれは。どういう意味か、一応聞いてもいいかしら?」
声のトーンが一気に下がった。無意識なのかわざとなのか、漏れた魔力がぴりぴりと刺さる。
「変な勘違いされたくないから言うけど、ナメてるとか、そういうんじゃないよ。ただ本当に、わざわざ聞くまでもないってだけで。」
「へえ?」
「もし幻魔族が敵意を持ってたとしたら、さっきアシルが私の首に剣を突きつけた時点で、誰かが止めに入ったんじゃないかな。クルルさんがタイミングよく声をかけに来るとか、野次馬が近くにいるとかさ。それに、そもそも結界張って二人だけで訓練なんてことにはならなかったと思う。」
アシルと私、剣一本で向き合うとなればどっちに分があるか、アシルが何かたくらんでたら私がどうなるか、長老にもユージンにもわかってたはず。
それなのに、今こうして一対一で放置されてる。
新しい魔王を決める場にいたアシルは、幻魔族で上から数えた方が早い実力者のはず。
やる気もないのに、お姉さんの言いつけであの場にいたはずのアシルが、私が魔王になってからも城へ通ってきてたのは、その後の状況を報告して、長老と交渉するため。
今のアシルは幻魔族の代表で、アシルのすることは、幻魔族全体の決めたこと。
アシルが私を殺すつもりで攻撃しないなら、そのつもりがないと周りに思われてるなら、つまりそういうことだ。
今の私は、長老にとって、「すごーく都合のいいお人形」だ。替えはきくかもしれないけど、私以上に都合のいい「魔王」はいないし、使い捨てるなんてもったいなくてできない、そんなお人形。
だから、課題を与える時にはアドバイスがついてくるし、命の危険がある時には、万が一の保険をかける。
オーガ族の襲撃の時に、ひょっこり出てきたシバは、あんまりタイミングがよすぎた。




