その10
前の魔王を倒しに初めて魔王城へ来た時、さぞ攻略が大変だろうと身構えてたのに、あんまりあっけなく目的地までたどり着いて、ちょっと拍子抜けしたのを覚えている。
物理トラップ、魔術トラップ、何一つ仕掛けられてなかった。他のメンバーと何度も顔を見合わせて、お互い間違ってない事を確認して、それでも念のためにそろりそろりと大広間まで進み、ふんぞり返って待ち構えてた前の魔王本人に「遅い、いつまで待たせる、何のために全トラップ解除してやったと思ってる」と文句を言われた時には、やり場のない気持ちがふつふつとわきあがった。
あれは、間違いなくあの魔王様の趣味だ。
めんどくさい事は全部すっ飛ばして思う存分遊びたい、それだけが理由だったと今ならわかる。
二度目に城へ来てから、長老やジジに確認したけど、今までそんな「お遊び」で勇者一行を迎えた王様は聞いた事がないとあきれられた。
前の魔王が倒れてから、私が現れるまで、この城の主はいなかった。つまり、その間、プロテクト以外のトラップは全て解除された状態だった。
だったら、それを復活させない理由はない。
決められた時間に決められたノルマをこなしてたら、後は何してても誰にも何も言われなかったから、時間はあった。ついでに、知識と経験もあった。
世間知らずばかりの勇者一行で、食糧の調達から安全な野営地の設営、トラップの解除まで、細々した事を全部引き受けていたのは私だ。
父一人娘一人の生活で、たくましく生きろ、何でも自分でできるようになれと、あれこれ仕込まれてたのが、まさか勇者一行を支える事になるなんて、あの頃は夢にも思わなかった。
それから、ジジやアシルが色々教えてくれたのも、ヒントになった。
人間も魔族も獣も、攻めてくる外敵から自分の場所を守る時に考える事は、大して変わらない。
門の裏、移動式の飾り棚、廊下に並んだ色んな銅像、不自然に大きさの違う歴代魔王の肖像画。
城中歩き回って、一つ一つ探し出すのは、宝探しでもしてる気分だった。城下の魔獣退治のお礼代わりに工具や材料を借りれば、壊れてる箇所を直すのだって楽勝だ。
大広間の玉座を一回転させれば、魔王城の全てのトラップが発動すると気づくまで、城を探索し始めて一週間もかからなかった。
せっかく「魔王様」になったんだから、私にも権利はあるはず、と色々仕掛けてみたけど…。
あの音は、正門をぐるっと囲うように埋めておいた地雷だ。爆薬の量は調節してあるから、死なないはず。………きっと、多分。
あれで動けなくなってくれてると、すごーく楽なんだけどなあ。
もう一度さっきの部屋に戻って、さらにハシゴでもう一つ上の階まで上り、今度は東向きの窓を開ける。目の前には、尖塔にまで届きそうな立派な大木。の、おあつらえむきにこちらへ伸びた太い枝。
横目で確認したら、オーガ族は流血してたけど、死んでなかった。立ち位置の関係なのか、一人だけその場でうずくまって、端の方に移動させられてたから、それで良しとしよう。
だけど、このままという訳にはいかない。あの状態でも、一対一なら腕一本くらい持って行かれるかもしれない。
最低限、あの場所から完全に動けなくなるようにはしておきたい。
ただ、ユージンに釘を刺されてるから、弓で直接狙うかはちょっと微妙なところだ。
今回の矢は特別製で、矢じりにジジの魔力がほんの少しだけこめてある。「…まあ、この程度でしたら、ハンデのうちと言ってもいいのではなくて?」と言われるくらい、ほんの少し。
効果は単純で、「魔力が消えるまで抜けない」。それだけ。
弓は、武器庫に眠ってた中から、手に一番なじむのを選んだ。これも魔力がこめられてるけど、「腕力をちょっと助けてくれる」だけ。
それだけが、今、一番ありがたい。
服か靴、…はダメだ。中途半端はよくない。手足を矢で何かに縫いとめる。そうすれば、抜けない矢は十分な時間稼ぎになる。
あの玉座は便利なんだけど、この大広間から直接外に出られないのが難点だ。使用人用の隠し通路をぐるっと大回りするか、馬鹿みたいに広い大広間を突っ切って一度廊下に出るしかない。
という訳で。
窓枠に足をかけて、体を持ち上げる。矢筒が窓枠に引っかかりそうになって、矢を折らないように気をつけながらくぐる。
上半身を外に乗り出せば、風が前髪を吹き上げていった。
うっかり口うるさいヒトに見つかったらお行儀が悪いと怒られそうだ。いや、それ以前に絶句されるかも。
今から何をするか、ここまで来たら説明はいらないだろう。
「ぅ、りゃっ」
思いっきり窓枠を蹴って、枝に跳びうつる。
バサバサっと大きく枝全体がしなる。思ったより反動がきて、必死にしがみついてたら、顔の横を錐もみのような風が抜けていった。
「―――!」
耳が遅れて音を認識する。矢が飛ぶ時に似ている。
頬が燃えるように熱い。多分、小石のようなものが恐ろしい速さで飛んできた。
ぞぞぞっと二の腕の産毛が逆立つ。
どこから。そんなの、わかりきってる。あれは人間が投げて出せるような速さじゃなかった。
思わずどこか別の場所に逃げ込みそうになるのを、息を殺してどうにか耐えた。
小動物みたいに、危険を感じてバタバタと巣穴に逃げこむのは、自分がここにいると教えるようなもの。私は「狩る側」でいなくちゃいけない。
皮膚が切れたのか、首をたらたらと血が流れて、服の胸元を汚す。
何かがこの木の方へ近づいてくる気配は、感じない。
ゆっくりと枝から枝へ移動して、安定した足場を見つけて葉っぱをかき分ける。
城門に置いて行かれたヒトは、完全に気が抜けているのか、退屈そうに塀にもたれて空を見上げてた。
さっきのはヒマつぶしくらいの軽い気持ちだったのか、こっちに気づいた様子もなく、足元の小石を拾ってジャグリングしてる。
危なかった。あと、ほんの少しずれてたら、もしかしたかも。
でも、気づかれてない。
気づかれてもおかしくなかった。腕っぷしが自慢の妖精族。耳も目もいいはずだ。
さっきの物音で、ここに何かがいると思ったから、攻撃してきたはず。
だけど、まさかこんなところに魔王がいるはずないと油断した。
幹に巻き付いてた蔦をナイフで切り取って、最低限の視界を確保できるように、小枝同士を結び付ける。目立たないように、慎重に。その間も、標的から注意はそらさない。
あれが、本当はこっちに気づいてるのに、気づいてないフリをしてない可能性だってある。
もしそうなら、向こうが動いた瞬間、私を力ずくで地面に落とすのが速いか、私が向こうの急所を射抜くのが速いかの勝負になる。私の方が断然不利だ。
のんびりやってるけど、命がけの綱渡りだ。葉っぱのこすれる音で勘づかれないかと思うと、心臓が飛び出そうだ。
細く、長く息を整えながら、背中の一部を幹に預ける。
西風で葉っぱのざわめく音がする。南を向いてるから、逆光がまぶしくて、距離が測りにくい。多分、貴族の荘園の畑二つ分くらいだと思うんだけど。おまけに足場は不安定で、かたむいてる。
大丈夫。条件が悪い時なんて、今までいくらでもあった。失敗したら命がない時だって。全部、成功させてきた。
矢をつがえて、きり、と引き絞ると、腕の筋肉が悲鳴をあげた。
まだ、タイミングじゃない。その時が来たら、合図がある。
緊張で時間の感覚が狂いそうだから、早くほしいけど。
二度目の爆音が、今度は城内から響いた。




