その8
私の本業は弓師だ。そう決められた。軍で訓練を受けさせられてた頃のことだ。
「聖なる神弓」を与えられたのは、城へつれていかれてすぐだった。多分、性別と親の職業が理由だと思う。
それ自体に不満がある訳じゃない。実際、一通り戦い方は教わったけど、剣は「ぎりぎり及第点」と言われた程度、体術は才能がなくて、槍や斧は腕力が足りなくて論外。
私に弓をやらせると最初に決めた人は、見る目があったんだと思う。少なくとも、初対面でいきなり「勇者の相棒」に任命してきた人よりは。ええまあ、今も根に持ってますとも。
それはそれとして。
ここで一つ問題がある。言うまでもないけど、弓師は単独での戦闘には不向きなのだ。
まず、女の腕力や体格ではあまりに大きな弓は引けない。大型の弓を引けないとなると、一射の威力は当然落ちる。
小型の弓で数をかせぐ戦法をとるなら、こまめに矢の補給をしなくちゃいけない。当然、どんなに頑張っても、補給のタイミングは無防備になるし、もたつく。連射式の弓もあるけど、やっぱり矢の本数には限りがある。
それに、弓で敵を倒そうとするなら、確実に急所を狙わなくちゃいけない。胴をかすめたって、牽制にもならない。
戦闘中の全てに一人で目を配っていると、集中力は削がれる。相手との距離があるならともかく、接近戦になると終わりだ。
獣が相手の狩りなら、そもそもこんな事考えずにすむんだけどなあ。嫌だなあ。面倒だなあ。
「仮に、私やおばあさまが陛下のサポートに入って勝ったとしても、妖精族は陛下を認めないでしょうね。」と冷静なユージンに対し、ジジがふん、と鼻を鳴らした。
「暴力を唯一の基準にする野蛮な種族はこれだから。」
ジジは偏りすぎだけど、前の魔王様が妖精族だったことを考えると、完全に否定もできないんだよなあ。
「矢面にたつのは、あくまで一人だけ、ってこと? さすがに死ぬんじゃない?」
嫌な事をあっさり言ってくれたのはアシルだ。私も同じ事をちらっと考えたけど、他人に言われるとちょっとムカッとする。
「おそらく彼らは代表を出してきます。前の魔王様の性格を思い出せばおわかりの通り、たかが人間の小娘一人に大軍を差し向けるような真似を、妖精族は好みません。」
たかが、人間の小娘一人。
うん、正しい。私は実際小娘で、腕力でも魔力でも劣る人間だ。
でも今のはちょっと、かなり、カチンときた。
「それが、『勇者の相棒』でも?」
好きでそうなった訳じゃない。好きでやってた訳じゃない。だけど、あんまり下に見られてるのも癪だ。私だって、死にもの狂いで生き延びた時間がある。
「そうです。陛下、あなたが勇者だろうが魔王だろうが、彼らのプライドが許しません。」
ユージンのその一言で、私の気持ちは決まった。
選んだのは魔王城の大広間。前の魔王を倒した場所だ。
吹き抜けの天井にはステンドグラスの装飾、扉は堅くて分厚い一枚板に蔦模様が彫ってある。床も壁も白っぽいから、日中はシャンデリアをつけなくても明るい。「魔王城」という言葉からは連想できないかもしれない。
でも。
一番奥に置いてあるふかふかの椅子に座って、ぐるりと見渡す。
悲惨だ。
天井は大穴が空いて風が吹き込み、床は陥没して、ヒビの入った壁には破れたままのタペストリー。この椅子だって、ひじ掛けが片方ない。物はいいのに、どこもかしこも傷だらけ。廃墟そのもの。
どれもこれも全て、前の魔王を倒した時のものだ。
天気がいいのが救いかもしれない。光がよく入って明るいし、屋根で鳥がぴいぴい鳴いてるのが聞こえるから、のどかだ。風も穏やか。人がいなくなって荒れた村って、まさにこんな感じ。
戦闘の跡が残ってるのはここだけじゃない。ユージンや私が生活してる居住スペースは無傷だけど、城門も庭も廊下も、最初はボロボロだった。順番に直してるけど、予算の関係で大広間は後回しにされたらしい。
あまりに放ったらかしなのを見かねてか、近所の獣人が修理を買って出てくれたけど、ちょうどよかったから、ここで迎えうつことにした。
何かあったら危ないから、他のヒトは近づかないようになってる。長老やブルーノは今日も仕事、ユージンはまた外出。ジジは城全体に魔力を注いでくれてる。ホアンは庭で昼寝中。
近くに誰の気配もしないのは、久しぶりかもしれない。
高い空を見上げてると、どこか田舎のボロい聖堂にでも来たみたいな気分になる。それくらい、のどかだ。
「…私は、本当に、何やってんだろ」
何が悲しくて、いまだに命張ってるんだろ。どうしてこうなってるのか、自分でも謎だ。今回のこれは、ユージンにうまく乗せられた感じはする。
旅が終わってから大して時間は経ってないはずだけど、胸当てやら籠手やら防具一式を着けるのは久しぶりな気分だ。弓は魔獣退治とか、ネズミ族のとこに行くのにも一応持って行ったし、なんだかんだで使ってたけど。
城の武器庫から引っ張り出してきた借り物なのに、何となく落ち着く。
それがまた悲しい。
一人でいると、あれこれ考えてしまって嫌だなあ。
悪夢のことだってある。
城に戻ってきてから、また悪夢を見てる。やっぱり中身は覚えてない。朝起きると頭痛がすることがある。少しずつ疲れがたまってくのがわかる。
私を魔王城に引きずり込んだ例の魔力とかが、人間にはよくないものなんじゃないかと考えたりもしたけど、長老にそんな話は聞いたことないと鼻であしらわれた。
おまけに「もうしばらくは生きててもらわないと困るんじゃが」ときた。ユージンはユージンで「そんなに『魔王』を気負っていたとは思いませんでした」なんて言ってくるので、いつかそのうちあの二人を追い落としたい。
頑張れば、きっと、どうにかして。なせばなる。はず。
………えーと、何の話だったっけ。
ふと、頭上がかげった。
「りー! きたよ!」
上を向くと、ホアンが天井の穴の上からひょっこりと顔をのぞかせていた。
耳をすませば、普段は聞こえない音が色々と響いている。
「いっぱい来てる?」
「うー? うー…、えっとね、ふつう」
竜の子の「ふつう」って、私の「普通」と一緒なのかな。ちょっと不安になる。
「ねえ、あれ、たべちゃだめ?」
「だーめ。お腹が空いてるなら、厨房でおやつもらっておいで。」
「やだ! おもしろそうだから、ここで、みる!」
屋根の上からズシズシと音がした。体の方向を変えたんだろう。子供といっても竜の巨体、天井の穴から折木片やら埃やらレンガのかけらやらが降ってくる。大丈夫かな、天井。崩壊するなら、これが片付いてからにしてほしいんだけど。
不安になりながら、一度椅子から降りて、体をほぐす。ぱんと顔を叩いた。
頑張って生き残らないと。
「あ! ねえねえ、りー! りーがしんだら、りー、たべていい?」
「………。………………。」
………が、頑張って、生き残らないと。




