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魔王様はなりゆきまかせ  作者:
魔王様、魔族の平定に乗り出す
24/37

間話

 クルルの一日はとても忙しい。

 日の出より早く起きて、身支度と腹ごしらえ。まずは城中のカーテンを開けてまわり、空気を入れ替え、夜当直の者と交代する。

 それから、魔王様の洗面用の水を汲んだり、目覚めの一杯の準備をしたり、厨房に朝食の献立を聞きに行ったり、一日の予定を確認する。そして、お召し物の準備。これが案外時間がかかる。魔王様は女らしく着飾ることにあまり興味を見せない割に、注文が大変細かいのだ。


 クルルの見立てでは、魔王様は多分、おしゃれが好きだ。着るものにこだわりがあるから、わざわざクルルにあれこれ言うのだ。

 ただ、悲しいかな、魔王様のセンスはあまり洗練されていない。武術の訓練や先代魔王討伐に追われ、そういう機会が少なかったからだろうとは予想がつく。そういうところを補うために侍女がいるのだから、クルルとしてはむしろやりがいがある。

 なので、魔王様の乙女心を満足させるべく、クルルは誠心誠意お仕えするつもりでいる。


 今日はめずらしくジジもアシルも城に姿を見せず、その分いつもより雑務が少ないので、普段は放置している大物の洗濯に取り掛かっていた。

 似たようなことを皆が考えているのか、あちこちから騒々しい物音が聞こえてくる。さっきすれ違った大型草食タイプの獣人の集団は、前の魔王様の最後の死闘で崩壊した大広間を直すのだと話していた。


 魔王様が気づいているかどうかわからないが、城で働く者は少しずつ増えてきている。魔王様の治世が安定している証だ。

 人間が魔王なんてこの先どうなるのかと、最初はクルルも心配したが、城下での評判はなかなかどうして悪くない。

 今まで様々な魔王がいたが、自分で率先して城近辺の畑の害獣退治に乗り出す魔王というのは、多分リーが初めてだ。

 それが魔王として良いか悪いかはさておき、自分たちの生活を直接助けてくれる相手を嫌うというのは、やはり難しい。


 それに、小難しい事は長老やユージンに丸投げし、自分は近辺の害獣退治と供物の徴収に徹するというのは、実際合理的だ。

 ユージンや長老は毎日忙殺されているが、害獣の問題から種族間の微妙な調停まで、勢いよく片づけられていく。どうして今まで誰もこうしなかったのだろうかと不思議に思うほどに。

 そのおかげで、城には様々な種族が集まりつつある。

 ユージンのように長老の思想に賛同した者もいれば、自分の種族の利益を高めようと画策する者も、単に物見高い者もいる。アシルのように、種族間のバランスを取ろうと働きかける者もいる。

 彼らは城に来た瞬間、シバに捕まってユージンのところに連行され、片っ端から仕事を押しつけられている。

 元々人手が足りない城なので、クルルとしては願ったり叶ったりだ。今は魔界中を走り回らされているが、これが続けば、ブルーノもきっと楽になるだろう。

 当の魔王様本人が、あまりそういう空気の変化に関心を見せないのが、クルルとしては少々気がかりだが…。


(いけない、いけない。早くカーテン干さないと)


 なにしろ「城」とつくだけあって、部屋数も多ければ、その室内を彩るカーテンの量もただごとではない。もちろん布地の厚みも。洗うのも干すのも、所定の位置につけ直すのも、大変な重労働だし、それ以前にまず干す場所が足りない。

 水分をたっぷり吸ったカーテンを両腕に山と担ぎ上げると、上腕二頭筋がぐいっと盛り上がり、耳の近くで嫌な音がした。慌てて確認したら、メイド服の襟元から両袖が裂けてしまっている。


「またやっちゃったわ…」


 城で働きだしてから、制服を破いてしまうのはこれで三度目だ。

 幸いにも服装規定はゆるいので、各自の体型やセンスにあわせて改造することが許されているが、忙しくて手をつけられなかった結果がこれだ。

 さすがにこの状態で作業を続けるのは恥ずかしい。一度カーテンを置いて、着替えに戻らなくては。

 人目につかないよう肩を隠しながら部屋へ戻る途中で、クルルは妙なものを見た。


(…あれは、何かしら)


 魔王様が廊下を飾る彫刻の台座の前にうずくまっている。

 すわ体調でも崩したかと思いきや、どこから探し出してきたのか、足元に見たことのない道具を散らかし、何やらごそごそとしている。

 拳で軽く壁を叩き、首を傾げ、台座に彫られた模様を指でなぞり、頷く。

 何をしようとしているのか、さっぱりわからない。

 サボりか緊急事態でなければ好きにさせておけ、とは魔王様にお仕えするようになって一番初めに、長老に言い含められた言葉だ。

 下っ端は上の命令を素直に実行していれば間違いはない。クルルはそっと経路を変更した。


 ネズミ族の討伐から戻ってきて、こういう魔王様を見ることが増えた。

 魔王城なのだから、もちろん魔王様が何をしようと自由だ。城にあるものは全て「魔王」の物。売ろうが壊そうが、本来であれば、何も問題はない。

 もっとも、緊縮財政の今それをやれば、ユージンがすっ飛んできて説教大会が始まるのだろうが。


「不思議な方だわ」


 クルルには、魔王様が何を考えているのか、さっぱりわからない。

 望んで魔界に来た訳ではないようなのに、魔人族の魔力であれば界渡りができるのに、帰りたいと一度も言わない。家族や仲間を恋しがるそぶりもない。

 長老に無茶を言われても、文句を言うだけで、拒まない。「魔王」を押しつけられたも同然で、もっとわがまま放題でもおかしくないのに、そうしない。城下の住民に何かを頼まれても、拒まない。

 朝起きて、「今日の予定は?」と聞かれることはあっても、「今日は何がしたい」と自分から言うことはない。何もかも、自分自身の事さえ、ユージンと長老の好きにさせている。

 じっとしているのが性にあわないのか、よく城中を探検したり、ホアンを遊びに連れ出したり、城下の散策に出かけているけれど、そこから得た見聞をもとに何か提案する訳でもない。本当にただの暇つぶしのようだ。

 ユージンの手配した講義でも、至ってまじめに受けているし、疑問点はその場で質問してくるのに、なぜか手応えがスライムのようだと教師役の同僚が首をひねっていた。


 長老は「実に都合がいい」と笑い、ユージンは悩ましげに「様子を見ましょう」とため息をついた。

 頭のいい方の考えはクルルにはわからない。それで構わないのだ、とブルーノは言う。

 シバやクルルやホアンのような、むつかしい事を考えずに動く存在は必要なのだと。

 なので。


「よし。今日のオヤツはマフィンにしてもらいましょう」


 魔王様が何をしようとしているのかはわからないけど、休憩時間にああやって動いていれば、きっとお腹が空くはずだ。オヤツはしっかり食べ応えのありそうなものがいい。

 せっかくだから、野外にバスケットを持ち出して、ホアンと一緒にピクニック気分でという趣向なら、いい気分転換にもなるだろう。

 そうと決まれば、早く着替えて厨房に寄らなければ、とクルルは小走りになった。

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