その7
「昨日、我が家にこんなものが届きましたの。」
ジジがテーブルに一通の手紙を放り投げた。
その乱暴さに、ちょっとびっくりする。らしくない。というか、今日はやたら不機嫌だ。
放り投げたこともだけど、手紙そのものも、ジジの小さな手には似あわないそっけなさで、とても違和感。
シバとブルーノがのぞきこみに来る中で、向かいから乗り出してきたアシルと目が合って無言で押し付け合ってたら、ユージンが上から取り上げた。
差出人の名前を確認して、ユージンが片眉をはねあげる。そういう仕草はジジにそっくりだ。嫌になるほど絵になる。
開封済みの封筒から便箋を取り出して、流し読み。ため息。やな予感。
「そのうち来るだろうと思っていましたが、このタイミングですか。」
「なんじゃ。妖精族が動いたか?」
「ええ。陛下、お仕事です。」
便箋が開かれた状態でテーブルの上に置かれた。
「…何だこれ」
「果たし状、だな」
「いまどき果たし状って、ダサ」
以上、シバ、ブルーノ、アシルの感想。
中を確認してみて、私は首をひねった。うん。無理。
「あの、読めないんだけど」
その瞬間、隣で緑の目がぎろりと光った。
「…文字が読めない、ですって?」
ひいいいい。女王様がお怒りであらせられる。
「ユージン! あなたは今まで一体どういう教育をしてきましたの! 文字が読めない? この期に及んで?!」
「わああああ待って! 文字なら習った! 習ったけどこれ無理! ほらこれ共通語じゃないでしょ?!」
人間が国によって違う文字を使うように、魔族も本当は種族によって言葉が違うらしい。でも、それじゃ何かと不便なので、同族以外には共通語を使うのが魔界での最低限のマナー。というか常識。
長老曰く、「最近の若いもんは共通語ばかり先に覚えて…」というのが魔界のご老人の定番の愚痴らしい。
なので、共通語は一番初めに叩きこまれた。旅をした時に話し方だけ先に覚えてしまったから、発音はかなりなまってるらしいけど、文字はどうにか読める。
「いえ、ちゃんと共通語ですよ。悪筆かつ筆記体なので、陛下には読みづらいでしょうが。」
訂正。筆記体なんか習ってない。
「あの妖精族にも筆記体なんて書ける者がいましたのねえ。お嬢さん、ちょっと貸してごらんなさいな。………あら。読めませんわ。あなた達、目が良いのねえ。私にはこれが文字だなんて、とても思えませんことよ。」
魔人族って嫌味しか言えないんだろうか。「若さじゃろ」と長老が言うので、慌てて視界をさえぎる。
「ていうかジジは中見てなかったの?」
「嫌ですわ、陛下。なぜ私が、妖精族ごときの出してきたものを、直接開かねばならないのです。」
何を言いたいのかわからないみたいな顔してるけど、たかが手紙一通だ。わざわざ執事か何かに読ませたんだろうか。このヒトの使用人ってすごい面倒くさそうだな。
「あー、話が進まないから、かいつまんで言うぞ。差出人はオーガ族。妖精族を代表して、というか総意で、人間魔王なんぞ許せんと直々に倒すために城まで出向いてくるそうだ。多分、到着は三日後かそこらだろうな。」
ブルーノがちょっとうんざりした顔で状況説明してくれた。
「陛下、いくら頭のゆるいあなたでも、まさか妖精族がわからないとは言いませんね?」
「大丈夫。それはわかる。」
魔族は自分たちを五つに分類してる。
魔王討伐に出る前に教わった人間式の分類とは違うみたいで、「上級魔族」とか「人型」とか、そういう分け方はない。
竜にも引けを取らない魔力を持つけど、肉体は人間並みの魔人族。
圧倒的に頭数が多いけど、そのせいで意見のまとまらない獣人族。
吸血鬼や夢魔のような、魔力とは違う独自の能力を持つけど、気まぐれで戦闘下手な幻魔族。
水辺や水中で暮らしていて、繁殖力が低くて他の魔族との交流が薄い水魔族。
魔力は低いけど、寿命が長くて強靭な肉体を持つ妖精族。
…まあ、ここまでくれば誰でもわかるだろうけと、魔人族と妖精族はおそろしく仲が悪いらしい。授業では歴史的な因縁とか説明してくれたけど、正直どうでもいい。
で、妖精族が私を倒そうとするなら、魔人族は私の後見につくと。いや、逆かな。魔人族のユージンが私の面倒を見てるから、妖精族が敵に回る事にしたって可能性もなくもない。
どっちにしても、面倒なものに巻き込まれた事には変わらない気がする。人間魔王が気に食わないってのも嘘じゃないと思うけど。
「それで、どうするんだ。『魔王様』」
ブルーノが腕を組んだ。視線が集まる。なんとなく、試されているような感じがした。
「どうするって、言われても」
迎えうつなんてめんどくさい。戦うのは別に好きじゃない。「魔王」にもこだわりはない。なんだったら今この場で譲ってしまいたい。
でも、「負けました」って一言で無罪放免になるとは思えない。負けたら負けたで、もっとめんどくさい事になるんだろうなー、っていうのは予想がつく。
私の選択肢なんて、初めからあってないような物だ。
「…やるしかないか」
面倒だけど。ほんと面倒だけど。厄介事は早め早めに叩き潰さないと、大きくなってからではもっと大変になるのがお決まりだ。
がっくりと肩を落とした。




