その6
「ネズミ族は木の実全般を好むが、あの一帯ではクルミの樹が生息しにくいんだ。金より貴重な実をたっぷり使った饅頭は、ネズミ族にとっちゃ大変なごちそうだ。年に一度の祭の日でもありつけないような代物さ。それを竜で脅したとはいえ、これだけ奪い取ったんだ。二度と嬢ちゃんに逆らう気など起こさないだろうさ。」
「それどころか、噂を聞いて他の種族も戦々恐々としてるでしょうねえ。うかつに逆らえば、腹をすかせた竜が飛んできて宝物をよこせと脅しにかかられるんでしょ。いくら子供でも、竜なんてよっぽど腕に覚えのある種族じゃないと、たちうちできないもの。ネズミ族は噂を広めるのが速い上に、巨大な尾ひれもついてくるから、今頃どんな話になってるやら。おお怖い。僕も気をつけないと。」
えええええ…。私そんな悪どい事した覚えない…。
でも、魔族からは、今回のこれはそんな風に見えてるのか。魔界とのギャップが。文化の差が。
ブルーノとアシルがにやにやと笑うと、隣でジジが不機嫌にため息をついた。
「ブルーノ、アシル、その感想は間違っていてよ。ここへ来て、そろそろ二週間。ずっと教師をつけて勉強させられていたのに、お嬢さんの頭の中にはこの程度の知識も入っていなかったという事実に、まず頭を抱えるところですわ。仮にも魔王を名乗らせておくからには、最低限の常識はないと皆が困る上に、魔界の恥です。…そう思って、一通り教えれば気が済むだろうと、当面は目をつぶる事にしましたのに。ユージン、これは魔人族の名折れですわよ。」
うぐ、そう言われると、さすがに肩身が狭い。さぼってたつもりはないけど、なにしろ元々の頭の出来がよくないもので。
ジジに冷たくにらまれたユージンは、反論しなかった。
出がけに長老が「みやげに饅頭」って言ったのは、気の抜ける冗談とかじゃなくて、未熟な私が大事なものを取りこぼさないようにっていうアシストだったのかもしれない。ちょっと反省。
と、ここで長老が爆弾を投下した。
「ま、知ってるはずないわいの。まだ教えとらんのじゃし。」
ですよね! いつ聞いたかさっぱり思い出せないしね!
転がされている。確実に私、長老の手のひらの上でコロコロ転がされている。
「一応ヒントはやったじゃろ」
ヒントって、もしかして、あれ? 出がけに「みやげ頼んだー」って。………わかるか!
「ちょっとしたテストじゃよ。主に運とかカンとか引きの強さとかのな。それに、ネズミ族ごとき御せんようでは、どのみち先が見えとるからのう。」
それは言えている、とみんながうなずき合う。
いや、ネズミ族ごときって、そりゃそうかもしれないけどさあ…。
「陛下。人間のあなたにはピンとこないかもしれませんが、竜を手懐けて騎獣にしてる時点で、かなり運はいいですよ。」
めずらしくユージンがフォローしたのを、シバが真顔で混ぜっ返した。
「半分くらいは餌づけだけどな。」
運…。運ねえ………。
自分で言うのもなんだけど、私は凶運だけど、強運ではないんだよなあ。
今回のこれも、ほぼホアンの手柄だし。そもそも、今こうして魔界にいるのだって、勇者の相棒になったのだって、そうだ。運がよかったら、そもそもこんなことになってない。
「本当に人でなしですこと。」
それでもまだ、つんと冷たいのはジジだ。口元は笑っているのに、視線がひどく冷たい。
「何も知らないお嬢さんを巻き込んでおきながら、無責任にも程がありましてよ。お顔ばかりしわくちゃでも、行動が伴わないのでは、ねえ。長老と呼んで持ち上げている者が哀れだと思いませんこと?」
「おばあさま」
「構わんよ、ユージン。暇を持て余したババアが何を言おうと、儂は気にせん。」
ババアという単語にジジが目尻をギリッとつりあげた。
いまさらだけど、ジジっていくつなんだろ。魔人族は、人間と寿命も姿も大きく違わないらしいから、多分ユージンは私と五つも違わないと思う。
そのユージンに「おばあさま」と呼ばせてるジジ。見た目は、…なんていうか、その、子供を作れる本当にぎりぎりの若さというか、本当に産めるのかどうか怪しいというか、正直それ以上は想像するのがえげつないくらいなんだけど。さすがに実年齢はもっといってるはず。
余計なことを考えてたら、ふと気づいた。
「そういえば、ジジ。今日は新しい見合い写真は?」
いつもは山のように写真を抱えて、ユージンに手を変え品を変え色んな嫌がらせをしてるのに、今日はなんだか大人しい。
「ここは集会所じゃないんじゃぞ。何の手伝いもせずに、茶ぁしばいて無駄話しに来ただけなら、さっさと帰らんかい。」
「まあ! 随分な言い方ですこと。私はそこのお嬢さんに用があって、わざわざ登城しましたのよ。」
「え、私?」
「ええ。感謝なさい。魔人族は、一族をあげてあなたにつくことになりましたわ。」
何それこわい。




