その5
確定申告終わったー!という事で、少しずつ更新再開します。
「馬鹿ですか、あなたは。」
私の報告を聞いて、ユージンはわざとらしく眉間を揉んだ。
ホアンのお腹を満たすのに、約一日。待つ間に、くるみ饅頭を包んでもらって、観光して、屋台の食べ物をいただいて、途中で暇を持て余してうたた寝。
起きた頃には、せっせとホアンに食べ物を運び続けたネズミ族がへとへとになって積み重なってたので、かわいそうになって、そっと帰ってきた。
ちょっとやりすぎたと思う。ごめん。
で、帰ってきて早々にこれだ。「ただいま」もろくに言わせてもらえなかった。
カツアゲうまくできなかったから怒られるかもなあ、とは思ってたけど。なんでその反応?
机で饅頭の包みを開いた長老はほくほく顔だ。わざわざリクエストしてきたくらいだし、大好物なんだろうなあ。
「おお、たくさん包んでもらったの。せっかくじゃから皆でいただこうか。シバ、茶。」
「長老、俺は茶じゃねえぞ?」
「…待て、お前、その真顔、まさか本気で言っとるのじゃなかろうな。」
「お茶いれるなら私の分も! あと、私の饅頭ちゃんと残しといてよ!」
「真面目に話を聞きなさい!」
自分の権利を主張しただけなのに、ユージンの雷が落ちた。口うるさい奴め。
「本当に自分の立場をわかってませんね、あなたは! 敵地でうたた寝? 正気ですか?!」
「だって、ネズミ族震えてたし、一応武器も持ってたし。寝込みを襲われても何とかなるかなって。」
「最近夢見が悪い、休みたいと言ってたのは何ですか、ただのサボリですか。いい度胸ですね。」
「あ、そういえば変な夢見なかったな。なんでだろ。」
さすがにホアンから離れるのはマズいし、いくら風で臭いが飛んだといっても、ネズミ族がピーした後の地面に横になるのも嫌で、近くの家のバルコニーを借りたけど、すっきり快眠できたから体が軽い。
元々田舎の猟師の家の子だし、敵地で野宿も慣れてるし。ネズミ族の広場のにぎやかさはちょっと故郷の収穫祭を思い出して、なんていうか、悪くなかった。城のふかふかベッドもいいけど、うん。
また行きたいけど、ネズミ族がかわいそうだしなあ。
「もしかして、ここの環境が良くないんじゃないの。働きすぎとか、ストレスとか。」
あ、ユージンのこめかみに筋が浮いた。
「その辺にしといたらどうだ」
苦笑いで間に入ってきたのは、長老のところに何かの報告に来ていたブルーノだ。
新魔王誕生の一報を魔界中に伝令に回ってきてから、どうも長老に顎で使われてるみたいで、少し頬の肉が落ちた気がする。あと、髪やら髭やらが手入れできてなくて、すごくむさい。
「経過はともかく、初めての遠征にしちゃ上々だよ。合格点だ。なあ、ユージン。」
「ですが、この危機感のなさは後々困ります。魔王を名乗る以上、狙われ続けるんですよ。あっさり首を取られるような真似は…」
「それよりさ、そこの二人はなんでいるの」
ユージンがクドクド言い出しそうなのをそらそうと、ぐるりと執務室中央のテーブルセットを見れば、
「伝説の菓子と聞いて期待したけど、結構大味というか、雑よねえ。」
「あら、あなたも意外に野暮ですこと。こういう原始的なおやつは、素材の素朴な味わいを楽しむもの。求めるものが間違っていてよ、アシル」
好き勝手言いながら饅頭を食べる部外者二人。
総レースの白いドレスに濃紺のサッシュベルトがあざやかなジジと、贅沢な深緑のガウンをいかにも重たそうに羽織ってるアシル。一方はきちんと膝をそろえて、一方は肘掛けにだらしなくもたれて、今日も絵面だけなら有閑貴族の怠惰な午後だけど、頬張ってるのは饅頭だし、会話も全然優雅じゃない。
「うわ、嫌だ、ジャリって言った。ちゃんと生地混ざってないんじゃないのコレ。僕の口には合わないわ。ねえちょっと、他にいいものなかったの?」
「うるさいなあ。文句あるなら食べないでよ。っていうか伝説の菓子って何。ただの饅頭でしょ。長老、なんでこのヒト達帰らせないの?」
「帰れと言って帰る奴らじゃないからのう。それとも嬢ちゃん、試しに力づくで帰らせてみるか?」
ちろっと長老が視線を動かすと、ジジが丁寧に口をぬぐって顔をしかめた。
「まああ、この見るからに弱そうなお嬢さんに力づくで人を帰らせようとなさるの? それだけお年を召していても、そんな野蛮で無理のある手段しか提案できないなんて、ついにボケてしまわれたのかしら。お可哀想に。シバではご老体の介護なんて満足にこなせないでしょうし、これから大変ですわねえ。」
「大丈夫だ、世話くらいオレにもできるぞ!」
空気を読まずに胸を張ったシバに、一瞬沈黙が落ちた。
多分、今、想像したものは皆同じだったと思う。
「強がらなくてもよろしいのよ、シバ。誰にでも得手不得手というのはございますもの。いざとなれば、用済みになった貴方を邸の用心棒にでも雇ってさしあげますから、安心なさって。我が家の庭は犬小屋一つ置くくらいの余裕はありますわ。さ、饅頭でもおあがりなさい。」
ジジが小さな指をゆらめかせて、ひとつふたつと饅頭が浮き上がる。と思ったら、あっという間にシバの口の中がいっぱいに。
目を白黒させてるシバ、怪しく忍び寄ろうとするアシル、うふふと笑うジジ、こっちを見ないようにして何か話してるユージンとブルーノ。
あ、うん。無理。
毎日毎日これを相手に抵抗してるユージンはすごいな。私の手には余る。
ユージンの気もそれたみたいなので、私も饅頭をもらおうとジジの隣に座った。乱暴にしたつもりはなかったけど、ソファーの生地が沈んだ拍子に、ふわっと甘い花のような香りがした。香水は気持ち悪くなるから嫌いなんだけど、ジジのは上品で控えめで、思わず惚けそうになった。いかんいかん、平和ボケが過ぎる。
思わず自分の格好を見る。動きやすさ最優先のショートパンツに、防具の革の臭いが染みついたシャツ。腰には投擲用のナイフを吊るすためのベルト。最近クルルさんにあれこれ着せられてたけど、これが本来の私だ。
うーん、お婆ちゃんに負けている。口に出したら消し炭にされそうだから、絶対に言わないけど。
あ、この饅頭結構いける。
「いやそれより長老、くるみ饅頭が何なのか説明せずにその子を送り出したわけ? ユージンも? 案外冷たいね」
一通りシバに絡みついて気が済んだのか、アシルがやっぱりだるそうに、いつのまにかクルルさんが運んできたティーカップをすすった。
「さっきからよくわかんないんだけど、持って帰ってきたのは本当に饅頭だけだよ?」
なにせ饅頭。おやつにはちょうどいいけど、カツアゲは失敗もいいとこだ。そう主張すると、なぜかかわいそうなものを見る目が集まった。
「本当に、何にも知らずに行ったのか。よくまあ、これをピンポイントで持って帰ってこれたな。カンがいいというのか、引きが強いというのか…。嬢ちゃん、この饅頭はネズミ族を屈服させた証だ。」
………へっ?




