その4
えー、先に断っておきます。
汚くて申し訳ない。
だらだら説明するのも面倒だから、まずは結論から話そうと思う。
カツアゲ、めちゃくちゃ簡単に終わった。
いや、あれをカツアゲと言っていいのかどうなのか。…カツアゲかな。向こうから見たらカツアゲかもしれない。
とにかく、私は一切何もしなかった。と主張しておく。あと、全部長老のせい、とも主張しておく。
ホアンのオヤツの準備に丸一日。ネズミ族の集落まで、ホアンの背に乗って約半日。
着いたのは、ちょうど午後のお茶の時間帯だった。
休憩を取りながらだったし、お昼もクルルさんの持たせてくれた卵サンドを食べたけど、後でホアンにはお礼もかねて何か食べるもの探した方がいいかもしれない。のんきにそんな事を考えてた。
一番大きな集落だけあって、上空から見ても、高い塔や広場や立派な建物が多い。
私の知ってる町とは微妙にデザインが違うし、体の大きさの差なのか、一つ一つはちんまりとしてるけど、木や泥やレンガを使った家が多いから、本当に故郷と変わらないように見える。
「リー、ここでいいの?」
「地図によると、ここみたいだけど…」
この辺りは他にめぼしい集落がないから、多分合ってるはずだ。多分。
旅をしてる時は、この近くには来なかったから、土地勘がないし、空の上は風が強いから、じっくり地図が読めない。
それにしても、子供の竜と人間の組み合わせに、地図と最低限の荷物だけ渡して放り出すって、どうなんだろう。おつかいにしても、もうちょっと何か、こう、お目付役とか。
気を取り直して、少し近づくと、道を通行する人影がぼんやり見え始めた。うん、シルエットはそれっぽい。
こっちから相手が見えるってことは、向こうからも私とホアンが見えるってことだ。すぐに町中がざわざわし始めた。
「ホアン、あの広場の前の一番大きな建物まで行こう」
「はーい」
背中に私を乗せるのに慣れてきたのか、ホアンの下降はゆっくりだ。
竜の背中につける鞍なんてこの世には存在しないし、せめて命綱をつけようとしたら嫌がられるしで、お互いが慣れるまで、死ぬかと思った。というか、何回か吹っ飛んで目を回した。
いや、その話はいい。それよりも、地上の方が気になる。
まず、広場中が食べ物の屋台だらけだ。
もちろん、どんな町でも広場には、花やちょっとした土産物を売ったり、簡単な食事のできる屋台がいくつか出てるものだけど、それにしてもここの屋台の多さはちょっと異常だ。しかも、食べ物ばかり。
炒った木の実の詰め合わせ、ふかした饅頭、熱いスープ、果物に飴に揚げ菓子、おいしそうな匂いがいっぱいに混ざって上がってくる。
だから、というのが正しいのかどうなのか、道を行くヒトはみんな手に食べ物を持って頬をパンパンにしている。
今まであんまり接触することがなかったんだけど、何か食べてないと落ち着かないとか、そういう習性なのかもしれない。
こっちの姿もはっきり見えるようになってきたのか、みんな頬をふくらませて見上げたまま固まっているのが、ちょっとシュールだ。
ぐう、という不吉な音が体の下から響いてきた。
「…ホアン、もしかして、おなかすいてる?」
「すいた。ねえ、リー、あれたべていい?」
やばい。
やばい、やばいやばいやばい。
一刻も早く片付けてホアンのオヤツを用意しないと、私かネズミ族の誰かがオヤツになってしまう。
私はカツアゲに来たんであって、虐殺しに来たんじゃない。
とにかく、素早く終わらせよう。第一声をどうしたものか、ずっと悩んでたけど、もうどうでもいい。
「いい、ホアン、オヤツは後で用意するから、食べちゃだめ。もう少しだけ大人しくしててね。」
「はあい」
よいお返事だけど、相手は子供。あんまり信用しちゃいけない。
そのまま急降下してもらおうとしたら、地上から妙な音が聞こえてきた。
ネズミ族が、口をがばっと開けて、中のものをだばーっと…って、汚いな!
「いやーっ! ホアン! 止まって! お願い! ここで止まって!」
夢中でホアンの鱗をぺしぺし叩くと、さすがのホアンも食べかすの洪水の中に下りるのは嫌だったのか、ちょっぴり距離を取った。
後で知ったことだけど、「命の危機を感じたら、頬袋の中のものを吐き出す」っていうのがネズミ族の習性の一つらしい。そういうのは先に教えといてほしかった。
頭上で竜がお腹をグウグウ鳴らしてれば、誰だって命の危機を感じる。当たり前だ。私も全力で逃げる。
おかげで地上は右往左往の大パニックで、ホアンは相変わらずお腹がグウグウ鳴ってて、私もこの大惨事をどうすればいいかわからない。
先にホアンにオヤツをあげてから出直す? それとも、はらぺこホアンを使って脅せばいい? でも、間違えてホアンがそれをまともに受け取ったら困る。ネズミ族を襲わせたい訳じゃない。
そもそも、この状況で何か呼びかけて、聞いてくれるヒトいるんだろうか。竜の背中から「何もしないから落ち着いて話を聞け」って呼びかけても、まったく安心できない。
あと、単純に気持ち悪い。大量の虫がうごめいてるのを見ちゃった時の、あのぞわっとする感じ。全身鳥肌。気のせいかもしれないけど、ホアンも微妙に気持ち悪そう。
………一気に、やる気が失せた。
もうやだ、帰りたい。カツアゲとかどうでもいい。
でも、手ぶらで帰ったら、何を言われるかわかったもんじゃない。どうしよう。
で、思い出してしまったのだ。長老の最後の言葉を。
「くるみ饅頭!」
そう、おみやげだ。リクエストされてたあれだ。
成果がなくたって、せっかくここまで来たんだし、手みやげの一つくらい欲しい。
ホアンがここにいるだけで、もう十分脅しになっただろうし、今日はおみやげだけもらって…いや、ついでだからホアンのオヤツも少しいただいて、帰ろう! うん!
「くるみ饅頭! と、この子のオヤツ! それだけくれたら、今日は帰るから!」
その瞬間、ネズミ族がぴたっと動きを止めた。




