その3
「たまには真面目な話をしようかの」
朝食を済ませた私を、そう言って執務室に呼んだのは長老だった。
執務室にちゃんと入るのは初めてかもしれない。雑用とか、厨房からの差し入れを運んできたことはあるけど、そのくらい。
天井から床まで壁一面、もとい壁二面まるごと本棚になってて、古い図書館みたいな雰囲気だ。いるだけで頭よくなった感じがするというか、なんとなく背中が伸びるというか、それが結構気持ちいいんだけど、前の魔王様の時代にはまったく使われてなかったみたいだ。
家具が傷んでるし、濃紺の絨毯も白っぽくなってる。けど、どれもこれも元は「いい物」なんだってことはわかる。
それなのに。
L字型に並べた大きな机の片方で、書類に埋もれるように座る長老は真剣な顔をした。
「はっきり言って、金がない」
「はあ」
そんなこと言われましても。ザイセイとかケイザイとか、わかんないんだけど。
真面目に聞け、と後ろに回ってきたシバからゲンコツが落ちた。痛い。
…金、ねえ。
「こういうとこって、税金とかで回ってるんじゃないんですか」
「ああ、まあ、人間界なら、普通はのう」
普通じゃないのか。じゃあ、さっきの朝食はどこから出てきたんだ。
長老がぽりぽりと頭をかいた。
「税金というと、その者の身分や財産の多さによって、納める額が決められておるじゃろう。これまでの魔界では、そういう制度が作れなかったんじゃ。というより、せっかく作っても、うまく回らなくってな。何をどれだけ納めるのか、それぞれの種族が自分たちで決めて、城まで貢ぎに来ておったのじゃよ。」
「当然、実力もオーラもない王はナメられて、金額も減る。そうすると、王が使える金も減って、魔界が荒れる。…つまり、上納金とかみかじめ料とか、平和的なカツアゲだな」
長老の行き届いた説明を、シバがとてもシンプルにまとめてくださった。正直、ぶっ倒れたい。
カツアゲ…。魔王がカツアゲ………。
人間としてはさ、「魔王」ってそのまんま「悪の親玉」ってイメージが根深くってさ。なのに、やってることがカツアゲって…。ちっさ…。
「たまーに、個人の財産を使われる方もいらっしゃったが、まあ稀じゃなあ。」
いや、でも、おかげでよくわかった。
この辺の事情って、シバですら説明できるくらい、魔界では当たり前のことなんだ。
だけど、なりゆきで魔王になった私は、多分ユージンや長老の予想以上に、ものすごーくナメられてて、城に金が集まらない。金がないと、できることもできない。ユージンが急かすわけだ。
「ちなみに、このままナメられてたら、どうなるの?」
長老がひげをしごいた。
「金はなく、魔界は荒れたまま。そのうち誰かが嬢ちゃんを倒しに来る。そうなったら、儂とユージンは一からやり直しじゃ。どう交渉するか、ちと悩むな。」
あ、やばい。この展開は見殺しにされる。シバの顔がそう言ってる。
「わかった。それで、何をすればいいの?」
「よし。それじゃあ手始めに、これでも片付けてくれるかの」
仕方なく、嫌々、しぶしぶ聞いたのに、長老は紙の束をぱっと渡してきた。
目標は獣人のネズミ族…、あ、知ってる。ネズミをそのまま大きくしたような種族だ。
旅をしてた時に、よく見かけた。火山の麓だろうが暴れ川の側だろうが、お構いなしに住んでるから、ほんとに魔界のどこに行っても見た。
情報網の広さは魔界一。あまり好戦的な種族じゃないから、バトルになったことはなかったけど、大きな前歯が主な武器らしい。うん、それは別に書かなくてもわかる気がする。
それから、一体、一体の大きさは私の胸あたりまでしかないけど、数が多い。
山三つ越えたところに一番大きな集落がある、と。あちこち飛び回ってカツアゲするより、代表に話を通してこいってことかな。
うーん、でも、カツアゲって、どうやってするんだろう。何をどれだけもらえれば「成功」になるかは、今までの魔王様の頃の「納税」例が書いてあるから、それを参考にすればいいんだろうけども。
これ見よがしにド派手な剣でも持って行って、誰かの頭をペシペシしたらいいのかな。ダメかな。
それにしても、ざっと目を通しただけで、この情報量。
準備がよすぎて、最初からそのつもりだったとしか思えない。
「いきなり大物は任せんから安心せい」
…これは、一つや二つ片づけるだけで終わらせる気、まったくないな。見かけは割と人のよさそうなおじいちゃんなのに、結構強引だ。
あーあ、労働かあ。
仕方ないか、いまのとこ、ただのタダ飯喰らいだし。
書類を雑にたたんでポケットに入れる。
「ああ、そうじゃ。人間の足ではちと遠いから、あの子竜に背中に乗せていってくれるよう、頼むといい。どうせ城の近くにおるじゃろう。」
「はいはい」
となると、私の分の荷物だけじゃなくて、ホアンのオヤツも用意しといた方がよさそうだ。お昼寝中に間違って頭からかじられたら、笑い話にもならない。
さっさと準備に取り掛かろう、と部屋を出ようとして、ふと思い出して、私は振り返った。
「そういえば、ユージンは? 朝は食堂で見たのに。」
「野暮用でな。あれも、なかなか面倒くさい男じゃからのう。」
意味ありげに長老が笑う。見合い、じゃなさそうだな。
少なくとも、長老が執務室にこもって働いてるのを見ながら、どうでもいい用事を優先させる性格じゃない。こもってるのが私ならともかく。
まあいいや。そこまで興味があった訳じゃないし。
「それじゃ、行ってきまーす。」
背を向けて出ようとすると、長老の声が追いかけてきた。
「土産にくるみ饅頭を頼んだぞー。」
ま、饅頭…。




