その15
晴天だった。
目の前に広がるのは、よく耕された畑。奥の方には青々とした野菜の苗が見えるけど、こっちの畑は種をまくにはまだ早いらしくて、緑は見えない。それから、手作りの柵。そして、それをズドドドドドドドと猛スピードで破壊しながらかけめぐる魔獣と、クワや鎌を持って追いかける魔族たち。
「待てや、くぉるぁああ!」
「オラん畑をつけねらいやがって、この魔獣め! 今日こそ鍋にしてくれるわあっ」
魔獣がブヒーっ、と鳴いた。多分あれ、イノシシ型だ。と言っても、人間が勝手に「イノシシ型」と呼んでるだけで、魔界でも同じ呼び方をしてるかどうかは知らない。もし違っても意味は通じるはずだ。習性とかエサとかは察してほしい。
平和だ。うっかり声に出してつぶやこうものなら、鎌がこっちに飛んできそうだけど、なんかこう、平和だ。
ズドドドドドドと暴走する魔獣が、この畑から遠くまで離れていかないのは、あらかじめそういう魔法をかけてあるからだ。つまり、罠である。
「おーさま! そろそろ頼むぜ!」
いい加減追いかけっこに疲れたのか、ヤギの角が生えた魔族がへろへろの声をかけてくる。
「はいよー」
地面から立ち上がって、弓矢を構える。狙いはもちろん魔獣。
イノシシ型は速いけど、動きが単調だから読みやすい。少し走り回らせて疲れさせれば、速度も落ちる。本当は槍でも投げる方が確実なんだけど、そこは魔王城に眠ってた弓矢が特別製だと願うしかない。
あとは、視力と経験と腕だ。大丈夫、的は大きい。
きりきりと弦を引き絞って、呼吸をととのえること一拍。ひゅっと矢が走り、眉間に深々と突き刺さって、魔獣が大きな音を立てて横に倒れる。
わあっと歓声があがった。さすが魔王様、なんてはやされるけど、私は一人弓矢を見下ろした。
なにこれ。なんで女の力で魔獣の眉間に矢が深く刺さるの。そりゃ、多少は期待したけど。これはない。ありえない。怖っ。なんか変な魔法かかってない? 私、呪われたりしないよね?
いや、ここは弓矢のおかげでうまくいったと思っとくところなのかな。
試し打ちもできないまま、城から放り出されたから、冷や汗がすごかった。もしうまくいかなかったら、魔族に袋叩きに合うんじゃないかと心臓ばくばくした。
「先の魔王様の頃から、魔獣の数が増えて大変困っております。ですので、ひとまずはそちらの方に陛下のお力をふるっていただきましょう。魔王陛下の公務としては少々地味で庶民的ですが、人手が足りませんし。」
あの時のユージンの言葉を訳すとこうなる。きりきり働け、無駄飯食らい。
お世辞でも「これも大事なお仕事です。」と付け加えないのが、さすがのユージンだ。丸腰だと主張すると、武器庫から適当に目についたらしき弓を放り投げてくるまでがセットになっているあたりが、憎たらしい。
というわけで、この先一週間、午前中は勉強、午後はご近所の魔獣を退治してまわる予定になっている。
魔獣の解体には時間がかかるということで、籠に山盛りの野菜をお礼にもらって、農道をてくてく歩いて城へ戻る。
ふと頭上が陰って、ばっさばっさと羽音が聞こえてきた。
「リー!」
ホアンが目の前に降りてくる。
「おやつのじかん!」
「そうだね。早く帰ろう。」
大人達の話し合いの後、「おなかすいた!」と叫んだホアンに、クルルさんが用意した胡桃パンをあげたら、餌付けに成功してしまったらしい。見事に懐いた。クルルさんに。
私は同レベルの遊び相手と思われてるっぽい。非常食扱いじゃないので、まあよしとする。
「みんなはどうしてるの?」
「ジジが来て、ユージンがおこってる!」
「また見合い?」
「そう!」
男女の仲を取り持つのは年長者の役目、夫婦成立百組目はなんとしても我が孫を! というのがジジの夢らしい。ほんと、見た目は美少女なのになー。行動がなー。
ジジの種族は、ジジが特殊なだけで、見た目がそのまま人間年齢らしい。ので、ユージンも結婚を焦る年齢ではなく、ジジが見合いと騒ぐたびに喧嘩が始まる。見合いをするのもしないのも本人の勝手だけど、不機嫌が周り(主に私)に影響するのは、どうにかしてほしい。
「それからねー、ブルーノが帰ってきたよ。」
「早いなー。さすが天馬」
魔界の中でも、一番種族が細かく分かれてて人数が多くて、しかもあっちこっちに暮らしてるのが獣人だ。とにかく数が多いので、「新しい魔王が決まった」というのを知らせるだけで一苦労する。
そこで、天馬のブルーノだ。天馬は地面も空も両方駆けまわることができ、なおかつタフなので、獣人の中でも重要な情報をふれまわるのによくかり出されるらしい。今回も、獣人の代表というよりは、伝達係として城へ呼び出されたんだそうだ。
ちなみに、三人目の魔王候補に推されてたイッポリトというヒトも天馬だそうで、自由人と天馬の組み合わせは最悪だとブルーノがげっそりしていた。
「あとね、またアシルが逃げてきた。メスくさかった。」
「それは頭から水でもかけとけばいいと思う」
難儀なことに、アシルはオネエなのに、女性を惹きつけずにはいられないフェロモン体質らしい。あ、逆か。そういう体質で、色んな女性が押し寄せた結果、女という女がダメになったんだそうだ。
どこにいても女性が寄ってくるので、ここのところ、よく城に逃げ込んでくる。ついでとばかりに私にあれこれダメだしして、シバにちょっかいをかけに行く。
当のシバは長老から離れられないし、長老は長老でユージンを手伝いに毎日城まで来るので、アシルもこき使われている。アシル本人はぶつくさ言ってるけど。
「今日のおやつはね、クルルが、『リンゴノパイ』だって。ねえねえ、リンゴノってなにかな?」
「んー、なんだろうねー」
てくてくてくてく。農道が終わったら、城はもうすぐだ。甘い匂いがしてきた。ホアンじゃないけど、労働をしたらお腹がすいた。
人生何が起こるかわからない。魔界へ来て、父親の仕事の真似事をするとは思わなかった。一周回って元に戻った感じがする。
城の窓からひょこっとクルルさんが顔を出した。
「あっ、陛下。お茶の準備ができましたよ!」
「すぐ行くー。ホアン、背中乗せて」
「いいよー」
しゃがんだ竜の背中によじのぼって、空へ飛び立てば、足元は一面の田園風景。にこにこ笑顔のクルルさんの向こうに、散乱した書類と、ぐったりしてるユージン。長老につっかかるジジと、バケツで水を飲むブルーノ。シバを捕まえて上機嫌のアシル。
うん、平和。
こういう仕事なら、魔王も案外悪くないかもしれない。
これにて第一部完。
連載再開まで、しばしお時間いただきます。




