その13
「前例がないのは別に悪いことではない。勇者の相棒という肩書も、要は使いようじゃ。よい魔王とは、有能な者のみを指す言葉ではないからの。物分りのよさそうなお嬢さんじゃし、しっかりした補佐をつければ、よい魔王になられることじゃろう。」
うんうん、物は何でも使いよう。人は適材適所。わかるわかる。
私も討伐の旅をしてる時は、姿を隠して目の前まで近づいてきてた魔族をとっさに神弓で殴りつけたり、川で洗濯した服を乾かすのに物干し竿代わりに使ったりしたし。聖女様には卒倒されたけど。
だいたい話がまとまりかけたかな、と思った時だった。
「許しません」
ジジがつんとあごをあげた。
「私は、許しませんわ」
そういえば、このヒトたちは「誰が魔王になるか」を押し付けあってたんだっけ。つまり、「魔王候補」というのが何人かいたってことだよね。
ユージンとジジ、身内同士で対立してたんだろうか。わー、やだなー、生臭いなー。
「率直に申し上げて、私、誰が魔王になるかは興味がありませんのよ。無力な者も、無能な者も、身の丈に合わない立場に立てば、放っておいても消えていきますもの。いちいち騒ぐ必要はありませんわ。私が気になっているのはただ一つ…」
シバが、さっと長老の耳をふさぐ。
くわっと美少女が目を見開いた。
「ユージン! あなたは都合のよい人形を見つけたと喜んでいるのでしょうが、私は許しませんわよ! そんな小娘の補佐などして遊んでいては、せっかくの大事な見合いの予定がまた延びてしまいます!!!」
絶叫が城を貫いた。
私は思わず一歩下がり、少し距離のあった天馬やアシルも顔をしかめ、自分の防御ができなかったシバがのけぞる。
ユージンはといえば、気持ち悪いくらい無表情だった。
「わかっているのですか! 皆が推薦してきた娘たちの中でも、これはと思う者を私が厳選したのです! それをあなたは、気が向かないだの、好みじゃないだの、今はそんな状況じゃないだのと言って、ずるずると引き延ばして…! 魔界の未来をどうこう言う前に、まずご自分の未来をどうにかなさい!」
「あー、すまんが、身内のプライベートな話は家でやってくれんかの」
長老の空気を読まない発言に、ジジがキッとにらみつける。
「元はと言えば、あなたが余計なことをこの子に吹き込むのがいけないのです! 絶対王政は危ういだの、人間界には様々な形式があるだのと! 魔界は魔界です! 魔王など、放っておいても、そのうち、ふさわしい者のところへ行きつきます! ユージンの嫁は、ユージンが決めるしかないのですよ!」
「………」
嫁、嫁とせっつかれるってことは、そこそこの歳なのかな、ユージンは。人間の目には、焦るような年齢には見えないけど。
これだけ美形で魔力も強くて有能そうでも、嫁はいないのか。何がダメなんだろ。筋肉かな。アシルほどじゃないけど、細身だもんな。でも、それは獣人の基準であって、ユージンやジジの種族の基準は違うだろうし。
そーっとユージンの顔をうかがって、すぐさま顔を前に向けた。忘れよう。見てはいけないものを見てしまった…。
「ジジ、僕は下りるわよ。」
アシルがひらりと挙手した。
「あなたの提案には心ひかれたけど、ここにいるのも姉さん達に押しつけられただけで。もともと魔王候補なんて柄じゃないし、器でもないもの。ブルーノ、あなたの考えは?」
「俺は今のところ賛成でも反対でもないな。長老が最初イッポリトを魔王にと言った時は、さすがに現実的じゃなさすぎて反対したが、その子が城に選ばれて、ユージンがその補佐をするというのなら、文句はない。ただし、ユージンがやるのが一番いいという俺の考えは変わらないぞ。色々な手間が省けるからな。」
「ユージンが魔王?! 絶対だめです! 忙しくする口実なんて与えたら、ますますユージンが家に帰ってこなくなるではないの!」
「いや、だから、その子でいいって俺は言ってるんだが」
「魔王なんて、アシルにでもやらせておけばよろしいのよ! どこにいるのかもわからない馬なぞ論外ですけれど、アシルはむさ苦しい獣人のハーレムでも与えておけば、当面はそこそこうまくやるでしょう。」
「僕、ジジのそういうところ、とてもはっきりしてて嫌いじゃないけどねえ。ところで長老、ハーレムは諦めるから、そこのワンコ、僕にちょうだい。すごく好み。」
「アシル、お主、このババアに一体どんな提案をされたのかと思えば、またずいぶんくだらない条件で担ぎ出されたものじゃのう。あと、シバはやれんよ」
「消息どころか生死もわからないヒトを魔王に担ぎ上げようとしてたどこかの誰かよりは、僕の方がマトモでしょう。」
なるほど、ようやく見えてきた。この中では、ユージンと長老、ジジとアシル、ブルーノでそれぞれ意見が分かれてた。で、私が現れたことで、ユージンと長老の意見を通さざるをえなくなった、というのが現状みたいだ。
きんきんした声で「嫁!」と叫ぶジジ、無言の抗議を続けるユージン、適当にまぜっかえす長老。シバにちょっかいかけたそうにしているアシル。微妙に牽制に入るブルーノ。うーん、地獄絵図だ。誰か止めてくれ。
くあっと、妙な音がした。
と同時に、妙に獣くさいにおいもしてきた。
ぴたっと口論がやみ、皆の視線が一点に集中する。黄色い竜が大あくびをして、目を覚まそうとしていた。
そういえば、いたっけ。竜。どの派閥か知らないけど。
今、この場で、ユージンの意見に従わないのはジジだけで、アシルもブルーノも受け入れた。
竜はどういう反応をするんだろう。もし暴れられたら、私の命の保証ってないよね。防具すらつけてないんだし。
長老が居住まいを正し、シバがわずかに身構える。アシルも姿勢を整えた。ブルーノも。
まぶたが開き、猫の子みたいにうーんと伸びをして、むにゃむにゃと口を動かした後、金の目が私を見た。こてんと首が横に落ちる。
「ごはん?」
無邪気に見つめられて、だらだらと冷や汗が流れだす。
…そういえば、竜って、雑食で、人間も魔族も食べるんだっけ。




