その12
我、君臨すれども統治せず。
とても、とても前の魔王様らしい発言だと思う。あのヒト強かったけど、お世辞にもお勉強ができそうには見えなかった。しかも、よっぽど強い相手じゃない限り、他人にあんまり興味なさそうな感じだった。
それを思い出して、もう一度、部屋の中を見渡す。
ユージン、長老、ジジ。竜とシバはおいといて、天馬とあと一人。窓際にもたれかかった人型。
さっぱりと短い髪と、やせた体。目じりがだるそうに垂れて、少し病的に見えるけど、肌艶は悪くない。ビーズ刺繍がちょっとクドいガウンをだらしなく着崩して、よく磨かれた靴が裾からのぞいている。隙も飾り気もないユージンとは正反対。
そういうバランスの悪さが似合ってるのは、多分センスがよくて、線が細くて、顔がいいからだ。でも、ユージンやジジを眺めるのとは違って、後ろめたい感じ。体の内側がざわざわして、頭がしびれそうになる。
魔力も強い。ユージンほどじゃないけど、戦ったらきっと手こずる。
さっきから黙ってるけど、皆の話についていけてないと言うよりは、なりゆきをうかがってる、といった感じがする。
ふっと、そこでひらめいた。
この面子って、もしかして、前の魔王様の時代に、とっても苦労したんじゃないだろうか。
一部を除いて、頭悪くなさそうだし、中身も比較的まともそうだし。ユージンなんか、堂々と「魔界の未来のため」とか言ってたし。あのヒト、そういうとこ照れないよね。まばたきすらしない。ある意味すごい。
誰かが口を開くより早く、ユージンがたたみかけた。
「昨日もお話しましたが、魔界の掟は弱肉強食。それを覆すつもりはありません。ですが、今の仕組みでは、先の魔王陛下のような方が現れるたびに、魔界は大きく荒れます。元に戻るには時間がかかり、しかも、雨のように予測できるでもなく、終わりが来ると確信できるでもない。特に、今回に関しては、勇者が送りこまれたために、主要な魔族の多くが動けない状態です。手をこまねいていては、魔界の未来はありません。」
な、なんかごめん。悪いことしたとはまったく思ってないけど、うん、とりあえずごめん。
「きちんとした仕組みを作るべき時です。魔王陛下が誰であっても、魔界が揺らがずにすむような仕組みを。幸い、新たな魔王陛下は、すでに「勇者の相棒」として実力を知られ、なおかつ、この城に偶然引きず りこまれただけで、魔界をどうこうしようという考えも、それができる力もお持ちではない。ならば陛下には魔王として「君臨」していただき、我々下の者が「統治」を助けるというのが、現時点で最上の方策でしょう。」
お、おう。
やったらスラスラと話してるけど、それって私にあやつり人形になってもらうって言ってるんだよね。 私、そんなの了解した覚えないぞ。いや、別にいいんだけどさ。
あ、ユージンが言ってた「都合がいい」って、この事だったのかな。
魔王と名乗るのに十分な実力もしくは勇名を持っていて、統治には興味を示さないこと。
それから、他のヒトが統治をしても本人は文句を言わないこと。
しかも人間の私なら、本人が出来ないんだから仕方ないって言い訳もたつ。
納得した。でも、一言あってもよかったんじゃないかな!
「ユージンの考えはわかったわ。」
色っぽくかすれた声だ。
誰の声だろ。まだ声を聞いてないのは、と消去法で残ったのは、まさかの窓際の君だった。って「わ」? わかった『わ』?
「でも、問題はあるわよ。そのコ、人間でしょ」
「そうだ。魔王ってのは魔界の王様だ。人間が魔王ってのは変だ!」
その反論を待ってました、と言わんばかりに鼻息荒く突っかかってきたのは、予想通りというかなんというか、シバだった。
ただ、ユージンも負けていない。
「ではシバ、聞きますが。人間が魔王になるのは、どう問題ですか。」
えっ、それ言っちゃうの。
シバが首をひねった。
「わからん」
ずっこけそうになった。
わからないのか。いいのか、大丈夫か、それで。
「あなたがその聞き方をするのは卑怯だと思うわ。シバは自分では頭を使わないし、あなたや長老の言うことは、ろくに疑わないんだから。」
窓際の君があきれたように言った。
「では、あなたが代わりにどうぞ、アシル」
「人間の魔王なんて、前例がないじゃない」
「記念すべき一人目ですね。おめでとうございます、陛下。」
それ、喜んでいいのか、私。
「それに、勇者の相棒なんでしょう。あなたがよくても、他の魔族はどうかしらね。」
「王を倒した者が新たな王となるのですから、少々変則的ですが、今までの伝統的な代替わりに則っています。それに、ご立派な肩書ですし、実際あの先代を倒されていますから、半端な小物は恐れて近寄らないでしょう。」
逆につっかかってくるヒトとか、いそうだけど。今みたいに。
「それだって、謎の特別な武器を使ってのことでしょう。今は手ぶらじゃない。」
神弓のことなら、とっくに神殿に返却済みだ。私は借りてただけで、所有者はあくまで神殿なので、次に勇者が必要となる日まで、外に出てくることはない。
「そんなもの、他の弓でも盾でも代わりはいくらでもありますよ、この城に。」
自分の身は自分でどうにかしろって意味だろうか。
「こんな、魔力もたかが知れてる小娘が、魔界を代表するの?」
「そういう文句は城に言ってください。私が選んだわけではありませんから。」
屁理屈か! さっさと私を殺さないなら、もうそれは選んでるのと同じじゃないか。
ああ言えばこう言うというか、ユージンがしれっとしてるせいで、アシルの表情がどんどん歪んでいく。性悪め。
「そろそろ、満足したかの。アシル」
ずっと黙っていた長老の声に、ユージンも窓際の君も静かになった。




