風と炎
母の重篤から数年が経った。
片眼、方翼を失ったデルゼは、戦場から引退......するどころか、騎士団長から四天王に上り詰めていた。
方翼を失った龍族は、飛行能力を失い、それは龍化しても同じ。
しかし、母の魔法は俺と同じ風魔法。
翼がある時と比べると飛行速度は落ちるが、それでも母の魔力量は、高速飛行を可能にしていた。
俺は、不謹慎だが母の引退を期待していた。もう戦場に出なくて済む。そう思い安堵していたのに、母の参謀としての働きは、失った片眼と方翼を差し引いても他の追随を許さない戦績を上げた。
俺は、ザックスから血の滲む特訓を受け、騎士学園に入学した。
学園の門をくぐったあの日、春の日差しがやけに眩しかったのを覚えている。訓練場にはすでに数十人の若者たちが集まっていて、皆は期待と不安の入り混じった顔をしていた。
「おい、あれデルゼ様のご子息だってよ。」
「マジかよ、あの白銀の戦女神の……」
そんな囁きがそこかしこから聞こえた。
当たり前だが、母の存在が知れ渡っていることが嬉しかった。皆が母を慕ってくれている。
しかし、その母と比べられる宿命は逃れることは出来ない。
いいさ、どんどん比べてくれ。
俺は母を戦場から退けさせる。それを目標としているのに母より劣っていてどうする。
俺は必ず、この学園主席だった母を超える。
入学早々、俺は模擬戦で三年生を次々と打ち負かした。血走った目で闘い続けた。
気がつけば上級生はおろか、同級生まで俺の事を避けるようになっていた。
教官たちは口を揃えて「神童」「デルゼの写鏡」と呼んだ。
ダメだ。写鏡じゃ。越えないといけないんだ。
俺は誰ともつるまなかった。
他のやつとつるんでる暇などない。
食事の時間も、休憩の時間も、すべてを鍛錬に捧げた。
母が戦場に立つ時間を、一秒でも早く終わらせたかった。
「おい、お前!!」
かなりの大声で叫んでる奴がいた。
迷惑な奴だ。集中できないから静かにしてくれ。
「無視するな!!お前だよ!!」
どうやら俺に話しかけていたらしい。
ニヤニヤした獣族2人の取り巻きを背に、1人のガタイの良い大男が話しかけてきた。
名をナルガ・ワルギル。獣族だ。
この学園は、魔族、獣族、竜族が通ってる。
人族とは遥より昔から敵対しており、未だに戦争が絶えない。
なのでこの学園は人族が居ない。
「誰?俺は見ての通り忙しいんだけど。」
「いつもバカの一つ覚えみたいに剣ばかり振りやがって!親の七光が教官からチヤホヤされて良い気になってるんじゃねぇ!」
こいつは何を言ってるんだ?
親の七光を利用して怠惰に過ごしている相手にそのセリフなら分かるが、俺は常に努力しているし、それを隠してもいない。
模擬戦でも戦績は良い方だと思うのだが。
というか、良い気にもなっていない。
「あのさ、妙ないちゃもんつけないでくれるか?俺は一分一秒が惜しいんだ。お前みたいに飯食って鼻ほじってクソして寝てるだけの奴に構ってる暇はない。」
「な"ん"だぁとぉぉぉ!!!」
ナルガは魔力のオーラが溢れて、地面を抉るほど怒りを露わにした。
次に口を開いたのが取り巻きだった。
「あーあ、マズいよヴァルハロさん。ナルガ様は今日早起きしてたくさんお弁当作ってきたんだよ。」
もう1人の取り巻きが喋る。
「そうだよヴァルハロさん。竜族って何が好きなのかな?やっぱり肉かな?肉なら俺と気が合うな。とか、乙女みたいにウキウキしてお弁当箱におかず詰めてたんだよ。」
「ばら"すな"ぁああ"!!!」
開いた口が塞がらなかった。
こんな俺を気にかけてくれたというのか。
しかし、どのように接すれば良いのか分からない。
今まで村でも遊ばずにひたすら剣を振っていた。
喋ったのなんて母と母の側近や兵士くらいだ。
「え...えっと、ありがとう?」
「決闘だぁぁあああ!!!」
(ええぇぇ...。)
「ここまで頭に血が昇ると、もう戦って発散しないと無理ですぜ」
「まぁ、剣を振るより鍛錬になるか...」
実際、剣をひたすら振るより、対人戦の方が何倍も効率が良い。戦場でも棒立ちの枝相手に戦うわけではない。実戦に勝る特訓など無いのだ。
__________
(決闘の手続きって意外としんどいんだな...。)
無数の同意書を書かされた訳だが、同じものを書かされたナルガは、戦意を喪失しているようだった。
しかも、決闘は翌日になるらしい。
「疲れた...。」
ナルガはボソッと呟いた。
同意書の内容は、負傷や、万が一の死、お互いの武器の破損に学園側は責任を負わない旨や、闘技場の過度な破損が発生した場合の修繕費や闘技場準備の人件費等...。
集まった観客には、閲覧費用が発生するとのこと。チケットの代金が、修繕費や人件費に当てられるようなのだが、人気の無い者が行った場合、決闘を起こした本人たちがほぼ全額支払ってるそうだ。
ナーリス家とワルギル家の決闘となると、満席では収まらず、立ち見席のチケットも作るだろうとの事。
ちなみにどんなに売れても、修繕費や人件費のはみ出した利益部分は学園維持費に使われるそうな。
世知辛い世の中だ。
この長い著名で戦意を喪失させるのも学園側の狙いなのだろうか...。
感情的にならず、冷静な判断力で闘えると思うと納得できるかもしれない。
取り巻き達は、長くなりそうだからと先に帰っていた。
弁当が悪くなっては勿体無いと言いながらしっかり完食していった。
さすが獣族と言ったところか。
「ナルガ、お前その図体で料理するのか?」
「...悪いかよ。」
「いや、悪くはないけど、そのぶっとい指でどうやってリンゴをウサギさんカットにしたんだ?」
「もう作らん。」
「明日も楽しみにしている」
「...。」
翌日の学園は騒がしかった。
チケットは立ち見席も完売。
闘技場外は入場できなかった人達で溢れていた。
「果実水に天然水、酒はいかがですかぁ!!」
なんか販売員もいる。
地鳴りの様な歓声。
学園が誇るオーケストラ団が盛大に演奏していた。
大袈裟過ぎる...。
どうしてこんな事に...。
「さぁぁていよいよ開幕!!ワルギル家とナーリス家の最強王決定戦!!栄光を手にするのはどちらなのか!!両者入場です!!」
あ、入れば良いのだろうか。
向こう側で嬉しそうに観客に手を振りながら歩いてくる阿呆が見えるな。
「阿保面イオン」
「誰がアホヅライオンだ!!」
「お弁当吐かないように腹だけは攻撃しないでおいてやる」
「はっ!それは俺のセリフだ!」
「ルールは、相手に『降参』と言わせれば勝ちです!しかし、相手を殺めてしまった場合は失格!生捕りの練習だと思ってください!!また、龍化、獣化は禁止です!!」
特に戦い方にルールは無いに等しい。
制限なしで自由にやれるなら良い経験になりそうだ。
ナルガの武器は大剣か。
まともに受ければ鱗ごともってかれそうだ。
「両者激しく睨み合っている!!因縁の対決が今始まろうとしている!!それでは!!始めぇぇええ!!」
なんの因縁だろうか。
巨大な鐘の始まりの合図と共に、ナルガが大剣を後ろに構え飛び出してくる。
大振りの大剣をヴァルハロは剣で受ける。
凄まじい衝撃に会場が揺れる。
ナルガは身体をくねらせ薙ぎ払う。
ヴァルハロは剣で受け流しながら後ろに飛ぶ。
一撃が重い。手が痺れる。
まともに受け続けてるとこちらの剣が最後まで持ちそうにない。
距離を空けてもすぐに詰められる。
こちらに反撃の隙を与えない乱撃。
体力の消耗が激しそうだ。
だが、受けているこちらも消耗が激しい。
翼を大きく振り、後方斜め上へ跳躍する。
ナルガは地面を大きく蹴りヴァルハロを追いかける。
「ガハハハッ!!空中戦が龍族だけの専売特許だと思うなよ!」
左に移動する。
「避けるなぁぁぁぁあ!!」
ナルガはそのまま場外に飛んで...は行かなかった。炎を前方に噴射し、ギリギリ着地して帰ってきた。
「やるじゃねぇか。」
(まだなにもしてないんだよなぁ。)
ナルガの魔法は炎のようだ。
魔力により、身体に風を纏わせる。
そして、翼を羽ばたかせ直線にナルガを狙う。
魔法により風を起こし、追い風を作ることで
さらにスピードを増す。
剣を前に突き出し、ナルガを射る____
よりも先に、ナルガは自分を中心に炎を噴射し炎柱を上げた。
視界が奪われる。
龍の鱗は炎を通さない。
(炎の魔力か...。圧倒的にこちらの方が相性は上だな。)
風を周囲に纏わせ、どこから攻撃が来ても瞬時に対応できる様警戒する。
ドゴォォォオオオオン!!!
強烈な爆発音と共に、ナルガが炎柱から飛び出す。爆発を利用した推進力による超高速移動。
その威力を殺さず、振り抜かれる大剣がヴァルハロの眼前に迫る。
「ぬおぉぉぉぉぉ!!」
気合いで回避した。
(殺す気かコイツ。)
ヴァルハロは震えていた。
ヴァルハロにとって、同年代の奴らはろくに鍛錬を積まず怠惰に過ごした畜生共だと思っていたし、ヴァルハロの周りは実際そうであった。
しかし、同級生のナルガに今殺されかけている。
こんなに全力を出せる相手に出会えた事に、ヴァルハロは歓喜に震えていた。
「ナルガ。ありがとう。」
「急にキモいじゃん。」
ヴァルハロが、剣で空を振る。
シュンッ_________
「ぬおっ!!!」
目に見えない風の刃が迫る。
ナルガは寸前で回避するが、体毛が少し失われた。
「あっぶねぇぇぇえ!!殺す気か!!!」
次々に剣を振り、無数の風の刃を繰り出す。
ナルガは大剣で攻撃を弾き、身を守る。
「うぜぇぇ!!」
ナルガの瞳が獣の様に細くなる。
___ゴォッ!!
炎を全身に纏い防御壁を作る。
『炎鎧』
ナルガは笑みを浮かべる。
「残念なことに、相性悪いなぁ」
龍族に炎が効かない事だろうか。
(今更、気づいたのか...?)
炎がさらに燃え上がる。
赤い炎、橙色の炎。
ナルガの居る中心は白くなる。
「本気で来るのか?」
「手加減してほしいか?」
____ドゴォン!!
爆発の推進力でまたも高速接近してくる。
炎の爪が空間ごと抉る。
『嵐壁』
下から上に噴く風の壁を生成する。攻撃を防ぐだけでなく、触れた相手を風の刃が切り刻む。
ゴォォォォォオッ!!
風を圧縮して威力を増す。
しかしナルガは止まらない。
嵐壁を、そのまま突っ込んでくる。
「コイツ!脳みそが筋肉で出来てるのか...!?」
しかしよく見ると、ナルガの炎の威力が風により強化されている事に気がついた。
(相性が悪いって......この事だったのか!!)
ぶつかった瞬間、燃え上がった炎が竜巻のように巻き上がり、2人を巻き込む。
観客は魔力障壁により護られている。
それでも、強烈な熱は観客を蒸す。
(熱い...)
熱を通さないヴァルハロにとって、初めての感覚だった。
すると突然、背中に鈍痛が走る。
___!?
(なんだ!?背中が痛い!!熱い!!)
背中から流血。
深く肉を抉る爪痕。
鱗を裂き、炎が肉を焼いていた。
いや、裂いたのではなく溶けていた。
『溶焰爪』
後から技名言うタイプ!?
ナルガはいつのまにか背後にまわっていた。
振り向きながら剣を薙ぎ払う。
が、そこにはすでにナルガは居なかった。
そして、振り抜いた剣が無いことに気づく。
(剣が...無い。いつの間に?奪われたのか?)
地面を見ると、真っ赤に燃え上がる液体がそこにあった。
(あ...溶けたんだ。そういや、あいつも剣いつの間にか持ってないな。)
自分の風魔法は相手の炎魔法の威力を上げる。
対して、相手の炎をこちらも利用しようとも、
相手に炎はまるで効いてない。
むしろ生き生きしている。
(どうやって勝てば良いんだ...。)
頭に降参が過ぎる。
炎竜巻の中、項垂れる。
呼吸をすると咽喉が焼ける、呼吸をしても酸素は消失していた。
今まで、誰とも関わらず鍛錬以外のことはしてこなかった。
しかし、上には上がいる。世界は広い。俺は自分の周りの、広い世界の中の米粒の様な場所で周りを見下して生きていたんだ。
だが____諦めるつもりは毛頭無い!!
ヴァルハロは、ナルガに向かって飛び出す。
追い風を纏い、加速した勢いのまま拳を繰り出す。
ナルガも負けじと拳で受ける。
高速パンチの殴り合い。
時々蹴りを繰り出したり、旋回して飛び蹴りをしたりと多方向から攻撃を繰り出す。
ナルガは、ヴァルハロの猛攻を完全には流せず、もろに攻撃が何度か入りダメージを受ける。
だが______
炎竜巻から、なにが飛び出す。
ヴァルハロだ。凄まじいスピードで上空に飛び出していた。
全身の鱗が、熱した鉄のように真っ赤に熱を帯びていた。
炎竜巻内での風魔法使用は、炎の威力を増していた。
上空で静止し、両手を広げる。
一瞬にして、無数の風の槍を生成した。
(俺はこんなところで足踏みしている場合じゃないんだ!!)
『嵐疾槍』
無数の風の槍が炎竜巻を貫通する。
「ぐぉぉぉおおぉ!!!」
『炎壁』を展開していたが貫通。
両腕でガードの姿勢を行うが、容赦なく槍は肉体を斬り、刺さる。
「やるじゃねぇか。」
ナルガは笑った。
ガードの姿勢を解き、拳を作った腕を引いて構える。
巨大な炎嵐がみるみる収まっていく。
(なんだ?何が起きている。)
ナルガの姿を視界にとらえる。
(観念したのか?)
ヴァルハロは、風を一点に集め、巨大な『嵐疾槍』を作り一閃を放った。
ナルガは拳を前に突き出す。
すると凝縮された白炎の竜巻がヴァルハロに向かって放たれた。
ナルガは、炎竜巻のエネルギーを拳に集め凝縮していたのだ。
白炎竜巻にぶつかった槍は一瞬にして消滅。
ヴァルハロに直撃した。
「勝手に合体技編み出してんじゃねぇぇええあああ"あ"あ"あ"ぁぁぁぁあ!!!」
『紅炎・颶風』
鱗は溶け、肉体を焦がす。
音が消える。
声が出なくなった。
息ができない。
光が消える。
熱も、痛みも、何も感じなくなる。
すべてが一枚ずつ剥がされるように消失していく。
最後に残ったのは、ただ一つの感覚だった。
【敗北】
髪も燃え上がり、真っ黒な肉塊が地面に叩きつけられる。
(やり過ぎた....。死んだか...?)
ナルガは不安になった。
試合終了のアナウンスと共に、救護班が駆けつける。
しかし、救護班もあまりの熱になかなか近づく事が出来ない。
喉が灼け、咳き込む救護班。
ナルガはヴァルハロに近づいた。
まだ呼吸がある。
ヴァルハロを抱き抱え、救護班の元へ運ぶ。
観客は誰も居なかった。
魔力障壁をも貫通する熱に耐えられる者は居なかった。
「どっちが上かはっきりしたな。所詮は七光。田舎で御山の大将張ってただけだったんだよお前は。」
ヴァルハロは何も言わない。
もうやめたげて。ヴァルハロのHPは0よ。
ナルガは気まずくなった。
「......お前は強いよ。」
ナルガはそう声をかけた。
敗者に対してかける言葉として、最悪な選択肢だろう。
ナルガにとってそれは本心であり、魔法の属性の相性無しの殴り合いならヴァルハロに分があっただろう。
実際に、殴り合いになったときにはナルガは押されていた。
「まだ勝負は決していない。ルールは降参と告げるか、死者が出るかだからな。またやろうぜ。今度は能力無しの喧嘩な。元気になったらお弁当作ってやるよ。」
救護班にヴァルハロを受け渡し見送る。
後に、この勝敗は学園外にも知れ渡る。
ヴァルハロは全治半年だった。
学園での回復魔法による治療は即座に行われた。しかし、回復魔法とは本人の治癒力を増強する効果である。身体の傷は塞がり、傷ついた内臓も修復される。
つまり傷を治す魔法であり、流血した血液が流血前の血管内に戻るわけではない。
血が足りず、食事も摂れないヴァルハロは、回復のための体力を付けることも出来なかった。
それでも、生きていられたのはヴァルハロの不屈の精神力だろう。
母に対しての想いが彼の命を繋いだのでしょうね。
生粋のマザコンです。




