トラウマ
それから一年後。
俺の願いとは正反対に、母はさらに激しい戦場へ赴く事が多くなった。
そしてその日。俺は初めて知ることになる。
戦場という場所が、どれほど残酷なのかを。
「ヴァルハロ、おいで。」
出陣の朝。
いつも出陣の日は、必ず優しい笑顔を俺に向け、優しく頭を撫でてくれる。
「母上、俺はもう子供じゃないよ。」
「あら、ごめんなさい。でも、あなたはいつまでも私の子供よ。」
「今日はいつ帰ってくる?」
「すぐ帰ってくるわ。」
「本当に?」
「本当よ。」
母はしゃがみ込み、俺と目線を合わせた。
「約束するわ。」
小指を差し出す。
俺も小指を絡めた。
「約束だよ。」
母は優しく微笑んだ。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
数週間後。
俺は剣と魔法の稽古をしていた手を止めた。
兵士が、こちらに飛んでくる。
「報告します!!デルゼ・ナーリス様!!狙われた村人の盾になり重傷!!!今は制圧し、神官による治療を受けています!!重篤の為、すぐにヴァルハロ様はデルゼ様の元へ急行されたし!!」
____頭が真っ白になった。
気がつけばその場を飛び出し、空を飛んでいた。龍族の飛行能力+ヴァルハロの風魔法による速度は肉眼で目視する事はもはや不可能になっていた。
ドゴォォォン___
「なんだ!?」
「敵襲か!?デルゼ様がこんな時に!!」
「違う!あれはヴァルハロ様だ!」
「母上はどこですか?」
声は落ち着いているかのように聞こえたが、目が血走り魔力のオーラが隠しきれていなかった。威圧された兵士が身じろぎする。
「こ、こちらのテントです!!」
そこには___
神官が数十人で回復魔法を使っており、
右の方翼、左眼を失い、血が溢れ包帯が意味をなしていない無惨な姿の母が横たわっていた。
「あぁああ"あ"____母上ぇぇぇえ!!」
バチンッ____
受け止めきれない光景を目の当たりにし、乱心する寸前、誰かにビンタされた。
「落ち着きなさい。デルゼは大丈夫。こんな事で死んでしまうタマじゃないわ。」
そこには漆黒の翼を生やし、黒髪赤眼の魔族の女性がそこに立っていた。
「いっでぇな!!なにすんだおばさん!!。」
「あぁ"?」
_______!?
ヴァルハロは即座にテントから飛び出し距離を取った。
禍々しく凄まじい魔力。
今まで見た誰よりも強大で密度の高く、触れたら2度と戻ってこられないような深い闇。
「貴様...何者だ!」
「他者に名を尋ねる時は自分から名乗るものだとデルゼから教わらなかったのか?」
冷汗が止まらない。
歯がガタガタ震える。
圧倒的な力の差。
生存本能が逃げろと警告を鳴らしている。
「俺は、ヴァルハロ・ナーリス...。」
「知っておるわ戯け。」
「ぐぅぬぅ!」
なんだこの失礼なババアは。
「童よ、おぬしの母は必ず助かる。安心して見ておるが良い。」
根拠の無い発言で信憑性もない。
なのにその言葉は、取り乱した心を整える不思議なものだった。
震えていた身体がいつの間にか収まる。
「任せて良いんだな。」
「無論じゃ、御主はデルゼの手を握っておいてやれ。」
「というか早く名乗れよ。」
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
俺は寝ずに母の手を握った。
呼吸が浅く、今にもその息は消え入りそうだ。
「俺が……守るんだ。」
とは言ったものの、俺は回復魔法は使えない。
ただ、手を握ったり、身体を拭いたり、タオルを変えたり......正直なんの役にもたっていなかった。
【守る】というのは、ただ強くあれば良いわけではない。
敵から守れる肉体的強さ。
家族が傷つけば癒せる癒しの力。
家族を安心させられる包容力。
全てを併せ持っていた母と俺を比べた時、心底恥ずかしくなった。
「俺は、今までなにをしていたんだ...。」
「悲観することはない。人には向き不向きがある。デルゼは特別じゃ。此奴に匹敵する者等早々おるまいて。」
「急に背後に立つな。」
「気配に気づけぬ小童が悪い。」
俺は涙を散らしながら、座った体勢から瞬時に背後に回し蹴りを放った。
しかし、すでにあいつはテントの出口から出ていくところだった。
「強くなれ童。母を守る事に固執しているといつか大切なものを見失うぞ。」
「だからあんた誰だよ。」
救護班の1人が、テントに入ってきた。
「デルゼ様の解熱剤の薬草が枯渇しました。至急補充が必要です。」
「あ、だったら俺が____
「ほれ、さっき採ってきたぞ。」
「......。」
「デルゼ様の食事に使用する嚥下食が足りません。」
「あ、だったら俺が調達____
シュンッ____
ザッ____
「ほれ。」
「あ、シャヴィア様ありがとうございます!」
「俺は......なんの成果も......!」
「泣くな童」
この女性はシャヴィアというらしい。
おのれシャヴィア。許さん。




