表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

2章 塩の国にて

挿絵(By みてみん)


 大陸では、ひとつの神話が語り継がれている。 女神と石の国の初代王にまつわる伝説だ。


 救済を望んだ若者は、治癒の力を持つ聖女を得た。聖女に導かれ、彼は権力を得た。

 それからというもの、聖女は代々の王のもとに現れ、自身すら気づかぬ欲望を叶えた。


 愛を欲する王の聖女は、魅了の力を持った。彼は情欲に溺れた。美を好む王の聖女は、錬金術の力を持った。彼は金銀財宝に埋もれた。


 ただし、聖女は短命であることが多い。女神との契約を果たせなかった報いだとされている。王が「黒と金」を見つけられなかった罰なのだ、と。


 長き血統は、なにかしらの闇を抱えているものだ。石の国の王家は、聖女を処分してきたことを秘匿している。


 力を使いすぎた聖女は、女神に還ってしまう。女神が目覚めてしまうという。


 神は理不尽だ。生むも奪うも、気まぐれひとつ。女神を目覚めさせれば、大陸は滅ぶとされている。その「真の名」を握り、再び眠りにつかせない限りは、人の歴史は終焉を迎えるだろう、と。


 この世では、神であれ人であれ、真名を生まれながらに持つ。


 真の名を知られるとは、魂を明け渡すに等しい。名を呼ばれれば逆らえない。他に伝えるなどあり得ない。

 ゆえに、真実を知る者はおらず、聖女は人であるうちに「若死に」させられてきた。


 人の身のまま、聖女を花ひらかせる術はひとつしかないという。


 女神が愛した者――黒と金の色を持つ者は、聖女を人に留める(くさび)となる。恋をするほどに、聖女は人となり、力は満ちていく、とも。


 事実、「恋人の色」を見つけられた代の石の国は、異常に強大になる。道具を搾取するために必要な装置として、王家は「黒と金」を求めてきたのだ。




 **




 濡羽(ぬれば)色の髪は水の流れの如く緩くうねり、豊かなまつ毛に縁どられた眼差しの金色(こんじき)をひときわ謎めかせる。

 ぽってりと色づく唇に添えられた指の先だけが、童女の如く愛らしい。

 漆黒に咲く夜来香(イエライシャン)、色違いの女神、と讃えられた――


 ……母の不幸は美しすぎたことだ、とシャルは思う。


 シャルの母は、砂の国のとある部族に生まれた。

 国と言っても中央はなく、いくつかの部族がゆるやかな縄張りのもと共存していた。母の一族は、オアシスを転々としていたらしい。


 母の血筋には秘密があった。

 「恋人の色」が生まれることも、そのひとつだ。黒と金の子をひた隠すために、一族は流浪の歴史を歩んできたのだ。


 母の美貌は先祖代々の苦労をぶち壊した。

 どこぞのキャラバンの目に留まったらしい。瞬く間に噂は走り、塩の国の帝にも届いた。砂漠の部族は(ことごと)く滅ぼされ、母は帝の愛妃にされた。

 七番目だか八番目だか、とにかくあってないような継承権を持つ皇子として、シャルは生まれることになった。


 皇都は塩湖に沿う環状都市だった。

 尖塔から目を凝らすと、塩の結晶を混ぜこんだ煉瓦も、迷路みたいに入り組んだ路地も、強い日差しにチカチカ光っていた。青い屋根のバザールに行ってみたかった。


 母の美に狂わなければ、とシャルは乾いた気持ちになる。あの街はいまも美しかっただろう。


 塩の国の帝は、実の弟に殺された。かと思ったら、帝の息子が実の叔父を倒した。権力の座が移るたび、母の身は奪われていった。


 まさに傾国の美女。シャルは感心してしまう。


 湖が白銀の塩原に変わる季節だった。皇城は虐殺と略奪で満ちた。


 飽いたのだろう。

 赤瑠璃の小瓶のひとつを手渡され、シャルは嫌だとかぶりを振った。

 母は困り顔で「莫迦ね」と優しく笑った。鈴の音のように澄んだ声を息子の耳に遺しながら、一息に煽った。紅い唇からは鮮血が流れた。


 莫迦は貴女だろう、と呟く。狙われたのは、ぼくだったのに。


 立て続けに起こったクーデターの噂は、大陸を一巡りしていた。

 元凶の妾は、なんと例の色を持つらしい。もしかしたら妾の子も……?  

 血眼になって探す者の耳に届かないはずがなかった。


 あっけなく祖国は滅んだ。あっさり敵国で恋に落ちた。


 母が美しすぎたことを幸運に思う自分は薄情者だ、とシャルは自覚している。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ