一
オレは姉川から浜松まで本多平八郎に同行して、その後に単身で小田原に向かった。武田家の駿河侵攻の行方が気になって遠江、駿河へと歩いていく。オレはここで運命の男との出逢いを果たす。
駿府に立ち寄ったオレは呆然としながら駿河湾を眺めていると一人の男に声をかけられた。
「お主、海は好きか?」
オレが黙り込んでいると、その男はオレの肩に手を回した。
「お主、なかなかの強者のように見えるが覇気が感じられぬ。どうした?」
「こたえが見つからん」
オレがそう言うとその男は笑い飛ばしオレにこう言った。
「こたえなんてものは最初からないんじゃないか。こたえは己で掴み取るんじゃないか」
「そんなもんかね」
「そんなもんだ」
オレがふたたび黙り込むと、その男はオレに言った。
「お主ほどの腕なら武田でもかなりのものだぞ」
「そんなことわかるのか?」
「もちろんだ。お主をしばらく見てたからな」
「某はあんたの敵だと思うが……」
その男はしばらく黙り込んでからオレにこう言った。
「いや、お主とはウマが合うような気がする。某は武田勝頼。いつでも来い。お主の死に場所くらい作ってやる」
武田勝頼か……。
武田勝頼と別れたオレは小田原に向かう。虚ろな目をしてゆっくりと……。ゆっくり歩いたって小田原には到着する。オレは道端にしゃがみ込む。何をするでもなくしゃがみ込み、懸命に働く蟻を眺めている。
「まだ立ち直れないのか?」
オレを心配して迎えにきた親方が声をかける。
「兄者、オレはどうして転生したんだろうね」
「風魔の疾風らしくねえな。なんで生まれてきたのかわかっている人がいるのか?」
親方の問いにオレは首を横に振る。すると親方もオレの隣にしゃがみ込む。
「某たちもこの蟻と一緒だよ。生きるために必死に働く。転生なんて好機をもらったお主が何を悩む。もっと、生きることを楽しめ」
親方の言葉に虚ろな目をしたオレは立ち上がって風魔の里に向かい歩いていった。
北条氏康と武田信玄が次々と亡くなっている間もオレは風魔の里で呆けていた。その間もゆきなは甲斐甲斐しくオレの面倒をみてくれている。
オレは何が不満なんだろうか。
いまだにわからない。
ある日のこと。小田原城からオレに使いの者が現れた。オレは虚ろな目をしてその使いの者について小田原城に入った。
「おお、ようやく来たか。小次郎、長いこと腑抜けているじゃないか。お主に客人だ」
北条氏政はオレをからかうが、オレは黙り込んで北条氏政が指差す方へ視線を向ける。
「お初にお目にかかります。某、武田家家臣の高坂弾正と申します。風魔小次郎様におきまして……」
オレの虚ろな様子をみて、高坂弾正は口ごもる。
「すまんのお、高坂殿。この腑抜けはここに帰ってきて以来、ずっとこんな状態なんじゃ。からかいがいがなくなって困っているんだよ」
北条氏政が高坂弾正に不満そうに言う。
「御館様より聞いております。小次郎様、御館様からの伝言です。戦で失ったものは戦で取り戻せと」
高坂弾正の言葉に北条氏政は笑い飛ばす。
「小次郎、武田家当主と知り合いかい。何を腑抜けておるのだ!」
北条氏政はオレの首根っこを掴んで高坂弾正の足元に投げつける。
「高坂殿、こんな腑抜けでいいなら持っていけ」
高坂弾正はニコリと笑ってオレを抱き上げた。
「これはありがたい。御館様もさぞお喜びでしょう」
高坂弾正はそう言ってオレを連れて小田原城を出ていった。
武田家の後継者となった武田勝頼は、遠江・三河を再掌握すべく反撃を開始。天正三年に三河へ侵攻し、徳川に寝返った奥平のいる長篠城を一万五千の兵力で包囲した。オレは高坂弾正に連れられ長篠城に向かっていった。こんな腑抜けを戦場に連れていっても何も役には立たないだろうに。
「小次郎殿、先ほどから尾けているくノ一、小次郎殿の連れか?」
どこに尾行をバレるくノ一がいるか!
オレはコクリと頷く。
「そうか。では、あのくノ一も我らの味方だな」
高坂弾正はそう言って、ゆきなを呼び止める。
「目的地は長篠城だ。先に行って活躍されよ」
「小次郎は?」
「直、長篠城にお連れする」
高坂弾正がそう言うとゆきなはオレにウインクをして長篠城に向かっていった。
くノ一のウインク?
なんだそれ⋯⋯。
長篠城に到着したゆきなは単独で長篠城に潜入した。潜入任務に最も向いていない火炎のゆきなが潜入したのだ。結果は自ずとわかるだろう。あっという間に見つけられた。普通のくノ一ならここで話が終わるのだが、このくノ一の本領発揮はここから。城兵に発見されたゆきなは持ち前の火炎を使ってあっという間に長篠城を炎上させる。そう、空気の読めないくノ一によって歴史が変わってしまったのである。その瞬間、グニャリと歪んだ……のだろう。多分。
元亀三年十二月、ここは風魔の里。オレの目の前をゆきながソワソワしながら旅支度をしている。好きな男にでも会いに行くのだろう。
さっさと行けよ!
「小次郎、行ってくるね。父ちゃんが遠江まできているんだ。少しお留守番しててね」
ゆきなはそう言って出かけようとする。オレはゆきなの袖を掴んで離さない。
「もう小次郎ったら。甘えん坊さん」
いや、そんなつもりはない。
何故か手がゆきなの袖を掴んで離さないのだ。
「もお、いいよ。小次郎も行こ」
いや、さっさと行ってくれ。
なんだオレの手は?
オレは馬に乗せられて遠江を目指す。浜松に到着する頃には遠江は騒然としていた。武田信玄の西上作戦の真っ最中の浜松だった。
「小次郎、どうしよ。なんかもの凄い兵だよ」
ゆきなは怯えるが、火炎のゆきなのほうがよっぽど怖い。なんと言っても空気を読めないのだから。
腑抜けたオレを乗せた馬を引っ張っていくゆきな。やがて、三方ヶ原台地に到着するが、そこでは大戦が行われていた。三方ヶ原の戦いである。
三方ヶ原台地では佐久間率いる織田軍と徳川軍の連合軍が武田信玄率いる武田軍と激突していた。ゆきなは喜助を見つけるとオレをおいて走っていく。転生者のゆきなと喜助は本当に親子なのだろうか。オレの頭には一つの疑問が残る。そんなことを考えていると放置されているオレの馬に一人の若武者が騎馬を駆って近づいてきた。
「おお、お主か。やはり来てくれたか」
その男は武田勝頼であった。
武田勝頼はオレの馬を強引に武田軍の陣営に誘導していく。オレは完全にゆきなを見失ってしまった。
オレは武田勝頼の隣にくつわをならべて戦況を見守る。見守っていたオレの眼に衝撃的な光景が飛び込んできた。
ゆきなだ!
ゆきなの胸が喜助の忍び刀に貫かれているのである。その光景をみた瞬間、オレの胸の奥底にあるものが一気に爆発し、パリンという音を残してオレのサングラスが割れていく。
「お主……」
武田勝頼はオレを見て言葉を失う。
「勝頼、心配かけてすまぬ」
オレは下馬してゆきなの元に走っていく。
「喜助さん、何しているんですか?」
オレは喜助に声をかける。
「喜助? なんじゃそれ」
どうも様子がおかしい。
オレは眼に力を込める。オレの眼は白く光りだし、喜助もその周りの兵たちもバタリと倒れていく。
「なんじゃ、この幻術は?」
喜助が訊く。
喜助?
いや、喜助ではない。
「なんだはこちらの問いだろう。お前、喜助さんはどうした?」
「ああ、この姿の男が喜助というのか。邪魔だから殺したよ」
「なるほど。でも、今は喜助さんの姿じゃないけどね」
その男の言葉にオレは笑い飛ばす。その男は喜助の姿から元の姿に戻っていた。
なんだ。
この違和感。
「拙者は伊賀の為蔵。幻術使いじゃ」
「だから、オレには幻術なんて通じないんだよ」
為蔵の言葉にオレは笑う。
変だ。
ゆきなが死んでいる。
「ああ、小次郎。あれ壊したんだ。道舟様にお叱りを受けるぞ」
物陰から小助が現れた。
「為蔵の爺さん、小次郎相手に幻術は分が悪いぞ」
小助がそう言うと為蔵はうなだれる。
「小次郎、変だと思わないか?」
小助の言葉にオレは頷く。
「このくノ一なんで蘇生しねえんだとか思ってねえか」
小助はゆきなを指差してオレを挑発する。
「教えてやんねえよ。おめえになんか!」
小助はそう言って消えていった。




