二
なんで小助だけ普通に動ける?
いや、そんなことより、ゆきなだ。
転生者は死なないという仮定は成り立たない?
それともオレとヴィルだけが特別?
オレはそんなことを思いながらゆきなを抱き上げる。身体がオレの意志とは関係なく動く。ダメだって。それはダメだろ。
オレはゆきなの唇にキスをした。
絶対ダメ。
絶対ダメなやつだあ!
すると、ゆきなは瞳をあけ、辺りをキョロキョロ見渡す。
「小次郎、あたしになんかした?」
オレは視線をそらし首を横に強く振る。
「なんかしただろ。お姫様抱っこして何もしないのは犯罪でしょ」
ゆきなの言葉に抗してオレは首を横に振る。
「ちゅうした?」
オレは首を横に振る。
「ちゅうしたろ! わかってるんだぞ」
オレは戸惑いながら首を縦に振る。
「夫婦なんだから、ちゅうくらい当たり前でしょ」
だから、くノ一はダメなんだって⋯⋯。
「それよりもさっさと降りろよ」
「なんか身体が重くて動けないんだよ」
オレが眼から力を抜くと周りの兵たちが立ち上がる。ゆきなも立ち上がれるはずだが降ろそうとすると抵抗する。
「あたしを降ろして浮気する気か?」
ここは三方ヶ原の戦いの最前線だけどね⋯⋯。
オレとゆきながそんなことをやってると、気づくと為蔵が消えていた。
三方ヶ原の戦いはオレの知っている歴史通りに武田軍の圧勝に終わるが、陣中で武田信玄が病死したことにより武田軍は信濃に撤退を始める。オレとゆきなも小田原に向かって歩いていった。オレは白く光る眼の使い分けを練習しながら歩く。
「なんか眼がキモいんですけど」
ゆきなのからかいにオレは笑いながら答える。
「仕方ねえだろ。ずっとこのままじゃ困るんだ」
「それ名前あるの? あたしがつけてあげよっか」
「白光眼っていうんだ」
「ちぇっ、じゃあ小次郎とあたしの子供の名前はあたしが付けるね」
くノ一は勘弁してくれ。
そんなことをやってると風魔の里に到着した。オレは一人で親方の元へ向かう。
「小次郎、お目覚めかな……」
親方がオレをからかう。
「原因はわからないけどね」
そうは言ったものの、なんとなく原因はわかる。あのサングラスしか考えられない。ということは道舟もオレの敵。まあ、小助がオレの敵なんだから当然、道舟も敵って帰結も納得できる。
よく分からないのが、ゆきなの生死だ。単に眠っていたというだけなら王子様のキスで目覚めるってこともあるだろうけど、確実にゆきなは死んでいた。本当によく分からん。
「それから武田家当主となった武田勝頼と繋がりができた」
オレがそう言うと親方は目を見開き驚く。
「武田家当主となったって武田信玄はどうした?」
しまった。
すっかり忘れてた。
武田信玄の遺言を……。
「というわけで……」
「おいこら、ちゃんと報告しろ!」
オレはさっさと親方の前から消え去った。
風魔の里を出たオレは躑躅ヶ崎館に向かって歩いていく。オレは夜陰にまぎれて武田勝頼の寝所に赴く。
「誰かいるのか?」
武田勝頼がオレの気配に気づき声をかける。声をかけるだけ。オレが白光眼を開眼しているから身体は動けない。護衛に邪魔させないためだ。
「小次郎でございます」
「小次郎? その声、お主小次郎というのか。この術もお主の術か?」
「左様にございます。お付きの者に邪魔されないためにございます」
「その心配には及ばない」
武田勝頼の言葉にオレは白光眼を閉じる。途端にお付きの者が寝所に飛び込んでくる。
「御館様、ご無事でしょうか」
どうやら彼にはオレが見えていないらしい。気取られるようでは忍びの潜入任務などできない。彼はただ身体が動けないという事象に対して武田勝頼に無事かと言っただけ。
「何もない。下がっていろ」
武田勝頼がそう言うと彼は下がっていった。それを見て武田勝頼は起き上がりオレと対面になるように座った。
「もう大丈夫のようじゃな。小次郎」
「そうだな。戦で失ったものは戦で取り戻せという言葉……。もう大丈夫」
この言葉はまだ武田勝頼は言っていなかったな。
「そうか。それはよかった。小次郎、武田軍に入る気にはなったか?」
「某の名は風魔小次郎」
「風魔か……。それではこれ以上強いるのは無理だな」
「フフ、西上作戦の手伝いくらいはできる。西上作戦の折は小田原に使いをよこせば駆けつける。そのことを伝えるためにここに忍び込んだ」
「承知した。次からは表から来い。誰も咎めん」
「では……」
オレは武田勝頼の前から消え去った。
躑躅ヶ崎館を出たオレはそのまま油坂峠へと向かう。どうやら道舟が望んでない時は白く光らないらしい。オレは夜陰にまぎれて寺の本堂に潜入する。真っ暗な本堂でオレは白光眼を開く。すると、本堂の中が白く光り始める。
「もう、そこまで上達したのか……」
オレにかかればこんなもんだ。
「雪舟が恐れていた旅人……」
お前はオレの敵か?
「そなたではどうにもならん相手だとだけ言っておく」
オレの敵と認定した。これがオレのこたえだ。
「愚かな旅人よ……。身の程知らずめ」
お褒めいただき誠にありがたい。
「そういう考えが前世でそなたを追い込んでいったのが、まだわからぬのか。旅人よ。もう一度訊く。それがそなたのこたえか?」
オレは道舟の問いに深々と頷く。
「ならば永遠にこの世を彷徨うがいい」
「望むところだ!」
オレがそう叫ぶとオレの意識は飛んでいった。
オレは暗闇に立っている。オレはここを知っている。クソ坊主と会う場所。オレに近づく気配がする。
この気配。
荘介!
「小次郎様であれば必ずここへ辿り着くと信じておりました」
「荘介、ここは?」
「時の狭間にございます」
「それでお前はここで何をしているんだ?」
オレの問いに荘介はニコリと笑う。もっとも暗闇なのでニコリとしたのかまではわからないのだが。
「某が持ってきても仕方ない記憶や力まで持ってきてしまったので、ここで小次郎様をお待ちしておりました」
「そうか、それはいい。ここってクソ坊主の居場所じゃねえのか?」
「雪舟様ですか……。小次郎様がいらっしゃるということで現実世界に逃げ出して行きました」
荘介の言葉は何故か嬉しそう。
「もう一つ訊いていいか?」
「オレのような転生者は死なないのか?」
「死なないのは小次郎様だけでございます」
「はあ? ヴィルも死なないぞ」
「ヴィルヘルム殿は死なないというよりも……。すみませぬ。なんて申しあげてよいのか」
「ゆき……」
オレの言葉を遮り荘介がオレの肩を握る。すると、何かがオレの中に流れ込んでくる。
「小次郎様、頼みましたぞ。この世をお救いくだされ。某を救い出して……」
荘介の気配が消えていくに伴い、オレの意識も消えていった。




