二
「某の名は小助。伊賀の抜け忍だが、今回は伊賀とは関係ない。まず、お主の眼だがな。某から見ると白く光っているのだよ」
白く光る?
「ああ、それから今回ここに某が来たのはお主に道舟様からの伝言を伝えるため」
「どうしゅう?」
小助の言葉にオレは戸惑う。なんか名前の響きがクソ坊主に似ているからだね。
「渡すものがある。油坂峠に取りに来い。以上だ」
「はあ? だったらお主に託して届けさせればいいじゃねえか?」
「フフ、それは無理だね。だって、夢枕のお告げだからね。伝えたぞ。旅人!」
小助はそう言うと消えていった。
旅人、油坂峠……。
あの声の主か。
オレは油坂峠に戻る決意をしてその場を立ち去ろうとする。
「小次郎、行くのか?」
「ああ」
信長の問いにオレは頷く。
ん?
今なら殺れるんじゃないか。
そう思い、オレは忍び刀を抜く。
オレは信長に近づき一刀両断!
ん?
手応えが全くない。
もう一度。
やはりだ。
全く手応えがない。
試しに向こうで倒れているヴィルの胸を一突き。
全く手応えがない。
オレは諦め、油坂峠に向かっていった。その直後、目の前がグニャリと歪んだがオレは気にせずに進んでいった。
油坂峠に到着する頃には日が暮れていた。その村だけが白く光っている。オレは人っ子一人いない村の中を歩いていく。寺がある。オレは少し戸惑う。また、三年以上も眠り続けることになるのかと不安になった。オレは意を決して本堂に入った。
「旅人よ……」
例の声が響き渡る。
「確認したいことがある。道舟」
「そうだな……」
「雪舟とあんたの関係を知りたい」
オレの問いに道舟はしばし黙り込んだ末、口を開いた。
「雪舟はワシの子であり、一番弟子。すまぬ。今は……」
「いや、十分だ。それでオレに渡したいものとは?」
「そなたの足元に置いてある」
道舟がそう言うのでオレは足元を見る。
サングラス?
「ハハハ、この時代にサングラスって、つけているだけで不審者だ。受け取れねえよ」
オレは笑い飛ばすが、道舟は話を続ける。
「大丈夫だ。これはそなたがつけている間は人には見えぬし、外れない」
「外れないって。ますます嫌だね。受け取れねえよ」
「そうか……。仕方あるまい。旅人よ」
道舟がそう言うとオレの意識は消えていく。オレの目にサングラスが……。
ここは⋯⋯。
夢なのか。
「小次郎、今のお前では無理だと言ったはずだ」
赤鬼はそう言ってオレの胸をその禍々しい右腕で貫いていった。
オレの胸から激しくほとばしっていく血しぶき。
本能寺に漂っていく血の匂いがオレの完全敗北を強調していく。
「それではコイツを連れて行くぞ」
「小次郎、いやじゃいやじゃ⋯⋯」
信長の童のような泣き言はやがて消えていった。本能寺に残ったのは血だらけのオレの身体だけだった。
オレが目覚めた時、見知らぬ老婆が居眠りをしている。起こさぬように静かに忍び足で床を出た。間違いない。あの寺だ。
そうだ、サングラス!
外れない⋯⋯。
「ようやく起きなさったか……」
オレが振り向くと年老いた僧侶がニコニコしている。
「世話をかけたようですね」
「いや、本当によかった。本堂で倒れていたお前さんを見つけて以来、まったく目覚めなかったからのお……」
「まったく?」
「そうじゃ。三年以上もだよ。身体は健康なのに何故か目覚めん。みんなして諦めかけておったのじゃがな。本当によかった」
「三年以上も?」
「そうじゃ。今は永禄十三年三月じゃ……」
デジャヴ?
オレはそのまま京に向かった。今なら出陣前の信長を襲撃できる。まさか出陣前を狙ってくるなんて第六天魔王でも予想できまい。
永禄十三年四月、京に織田・徳川連合軍の諸将が集結してくる。オレは橘左衛門佐として二条城を訪れた。対応したのは羽柴秀吉であった。
「橘殿、すまんのぉ。上様はお忙しい身ゆえ、某で勘弁してくれ」
「いえ、某は足利義昭様とは旧知の仲ゆえ、今回の若狭攻めについて申し上げたい儀があったのですが……」
オレが言葉を濁すと羽柴秀吉はオレの耳元で囁いてきた。
「橘殿、それであればご心配にはございませぬぞ。今回は若狭攻めではござらん」
羽柴秀吉がニヤリと笑う。
「ならばなおのこと、越前攻めなど北近江が黙っていないでしょう」
オレの言葉に羽柴秀吉は慌てる。
「こ、こ、声がでかい。橘殿、それは某もわかっているのじゃ。今回は見逃してくれんか」
一体、何を見逃すのだろう。
この人たらしが!
オレと羽柴秀吉がそんなやり取りをしていると信長が現れた。
「小次郎ではないか。随分捜したぞ」
信長がそう言うと羽柴秀吉が口を挟んできた。
「上様、この方は北条家家臣……」
羽柴秀吉が最後まで言わないうちに信長の叱責が入る。
「そんなことわかっておる! 猿黙ってろ。小次郎、桶狭間の折の礼を言いたくて随分捜したんだぞ。今のワシがあるのはお主のお陰だ。褒美ならなんでも出すぞ。申してみよ」
「それでは恐れながら申し上げます」
信長の言葉にオレは乗っかる。
「越前攻めの件、何卒お考え直しを」
信長は羽柴秀吉を睨みつける。羽柴秀吉は縮みあがって黙り込んでいる。
「小次郎、そなたの頼みでも今回は無理だ」
「姉上の運命を変えてしまってもでしょうか」
信長はオレの言葉を噛みしめながら言葉を続ける。
「姉上とて戦国乱世の女。浅井に嫁いだ時に覚悟を決めておる」
「お市の方様の覚悟は決まっているのでしょうが、信長様の覚悟が決まっているようには某には見えないのですか……」
「小次郎、それ以上は申すな」
信長はそう言って立ち上がり部屋を出ていった。
「橘殿、困ります。某のせいになったじゃないか」
「何がでございますか?」
オレはそう言って部屋を出ていった。
その夜、オレは信長の寝所を急襲した。護衛をすべて眠らせて、信長の枕元に座る。
「小次郎か……」
「左様でございます」
オレがそう言うと信長は起き上がりオレと向かい合う形で座った。
「昼間のことか?」
「いえ……」
オレの答えに信長は戸惑う。
「信長、お前生き急いでないか?」
オレの問いにふたたび信長は戸惑う。
「何がだ?」
「この後の浅井の一件以来、お前がおかしくなったような気がするのだ」
「それはお主の知っている歴史のワシの話だろう。今回は違うぞ」
信長の言葉に反応するオレ。
「今回?」
オレが聞き返すと信長は驚きを隠せないでいる。
「いや、今回など言う気はなかった」
「いや、もういい。これ以上やるとヴィルが来る」
オレの言葉に信長は頷く。
「少し考えろ」
オレは信長にそう言って寝所から出ていった。




