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小次郎転生伝  作者: 杉山薫
第三部 決戦 稲葉山城
16/37

 オレとさよは美濃国井口へと歩を進めていく。明らかに時間がない。木下秀吉の墨俣城を横目に見ながらオレはボヤく。


「これじゃ時間がなさすぎだろう。クソ坊主嫌がらせしやがったな」


「クソ坊主って誰?」


へ?


「雪舟だよ。お前も会ったことあるだろう。盲目の僧侶だよ」


「なんであたいが会ったことがあるって言えるの?」


「はあ? お前も転生者なんだろ」


「転生者だとその雪舟っていう坊主と会うの?」


あれ?

なんだ。

じゃあ、どういう仕組みでオレはクソ坊主と会ってるんだ?


「まあ、それはともかく美濃三人衆も織田家に調略されている頃だろう」


「ミノムシ三人衆? まじウケる!」


こいつ、なんで戦国に転生してきたんだ?


「荘介いるか?」


「ここに控えております」


「美濃三人衆の動向は?」


「すでに織田方に人質を差し出す旨を打診している模様」


こっからじゃなにもできん。


「竹中は何してる?」


「竹中半兵衛にございますか。依然動きはないかと……」


「そうか……」


「いかがいたしますか?」


「どのみち今回は時間がない……」


「今回?」


「いや、なんでもない。下がっていいぞ」


「御意」


オレは右手を振りながら荘介を下がらせた。


独り言が口に出てしまった。

気をつけねば⋯⋯。


オレとさよは井口の街に入っていった。


 織田軍は美濃へ攻め入り、井口山とは山続きの瑞竜寺山へ駆け上った。信長は城下の井口まで攻め入ってこの町を焼き討ちし、稲葉山城を裸城にしてしまった。この日はことのほか強風だったという。


これがオレの知っている稲葉山城の戦いの前半戦。オレはずっと考えていた。何故さよがオレのそばにいるのかを⋯⋯。


「さよって死んだことある?」


「キャハハ、死ななきゃ転生できないじゃん。まじウケる」


「それじゃ、転生した後死んだことないの?」


「あったら生きてねえし」


そりゃそうだね。


「そうか……。じゃあ、君は今回は帰れ」


「どうゆうこと?」


「今回、オレの知っている歴史では信長はここを焼き払う。万が一ということもある。今回は負け戦が確定しているのにリスクを負う必要はない」


「そんなの小次郎だって一緒じゃん」


「オレは転生後に死を経験している。雪舟というクソ坊主とも何度か会っている。オレは死なないから、なんのリスクもないんだよ」


「意味わかんねえし」


「同じ転生者として死んでほしくはないんだよ」


オレはさよを説得するが、さよは手を振って話を終わらせる。


「はいはい、この話はおしまい。この街を焼き払うんなら、なおさらあたいが必要じゃん」


確かにそうだけど⋯⋯。

嫌な予感がする。


オレは宿屋を出てふたたび荘介を呼ぶ。


「織田軍はどこまで来ている?」


「織田軍は美濃へ攻め入り、井口山とは山続きの瑞竜寺山に陣を敷き美濃三人衆が挨拶に行っているはずかと……」


折からのこの強風。

間違いない信長はこの街を焼き払うだろう。

時間がない。


「すまん、荘介。面倒をかける」


オレは忍び刀を抜き己の胸に突き刺した。オレの胸から激しく噴き上げていく血しぶき。


痛い。

何度経験しても痛いなんてもんじゃない。


オレは真っ暗な世界に仰向けに倒れている。やがて、知っている気配が近づいてくる。


「本当に困った咎人だな。二度ならず三度まで。お前何がしたいんだ」


「確認したいことがある。咎人は解放されないって言っていたな。咎人とはなんだ?」


「咎人とはな、自らの命を己で絶命させた大罪人だ。お前心あたりがあるだろう」


ということは、さよも?

あの明るいJKがまさかな。


「その咎人っていうのは永遠に解放されないって言っていたな。何からだ?」


「これが最後の問答だぞ。生からだよ。生から永遠に解放されぬのだ。さあ、もう戻れ」


雪舟がそう言うとオレの意識は消えていった。









 オレは現実世界に戻ってきた。

この場所は確かゆきなの隠れ家があった場所。

何故この場所に戻されたのか……。

背後から聞き覚えのある声。


「小次郎くん、雪舟様からの伝言だよ。さよ殿の件はあまり深入りしないほうがいいって」


振り向くとヴィルがいた。


「咎人が自殺した人間だとすると、さよじゃなくても深入りしないほうがいいだろ」


オレがそう言うとヴィルは首を横に振り言った。


「この場所はさよ殿が自死した場所。だけどね、小次郎くん。私たちとは違うんだよ。さよ殿は次に死ぬ時は自死でないのなら生から解放されるらしいよ」


どう違うのだろうか。

深入りすべきじゃないか。


「じゃあ私は戻るね」


「おい……」


ヴィルは消えていった。


戻るってどこに?


「荘介いるか?」


「ここに控えております」


「いつもすまんな」


「私は小次郎様の影にございますから……」


荘介は深々と頭を垂れて答える。


「して、今は?」


「永禄九年三月にございます」


永禄九年って何かあったよな……。

オレは記憶力の悪さを呪う。


「小次郎様、織田軍の佐久間殿と柴田殿が……」


おおっ、荘介ナイス!

永禄九年六月、木下秀吉の墨俣一夜城伝説じゃねえか。


「イカン、伝説の瞬間を見に行かねば」


オレは元来ミーハーである。

こんな伝説的イベントを見逃すってあり得ない。


「荘介行くぞ! 目指すは美濃墨俣」


「御意」


 永禄九年六月、木下秀吉は墨俣城の築城に着手した。むろん、斎藤軍は城が完成しないように妨害を行った。しかし、木下秀吉は戦いが雨で中断した機会を見計らい、材木を川の上流から流すと、すぐに組み立てるという方法を採用し一夜で城を完成させた。


これがオレの薄っぺらい墨俣一夜城伝説。


さあ、木下秀吉よ。

伝説の始まりを見せてくれ!


ミーハーとは恐ろしいものである。すっかり宿敵の信長の部下を応援している。


 ついに、その日がやってきた。オレの記憶通りその日は雨が降りしきり斎藤軍の攻撃が中断した。


よし、木下秀吉今だぞ!

やがて、川の上流から材木が大量に流れてくる。


あれ、これ随分水流強くねえか?


水流も水量も材木を拾うには強すぎるのである。木下秀吉軍は流れてきた材木を眺めている。


「小次郎、やってやったよ。水龍のさよ様にかかれば、こんなもんだよ」


すっかり忘れてた。

空気の読めないJKがいたことを!


何がやってやっただ!

墨俣一夜城だぞ。

木下秀吉の伝説の始まりだぞ。

何してくれてんだ。

バカJK!


オレは忍び刀に手をのばす。


ん?


オレの手を押さえる手。


「小次郎様、いけませぬ」


荘介である。荘介はオレが暴走してさよを斬り捨てるのを止める。

オレは冷静になって荘介に平静を装う。


「何だろうね。荘介君」


荘介は苦笑しながら消えていった。


しかしだ。

どうする?

このイベントを見逃した喪失感は……。


「ああ、今の影武者クン。影武者クン! まじウケる」


命の恩人に影武者クン呼ばわりかい!

やっぱりスパッとひと思いに斬り捨てたほうがよいのでは……。


 三日後、木下秀吉は懲りずに一夜城の築城に臨む。今度はバカJKを荘介に押さえさせてオレは墨俣一夜城という伝説の始まりを目に焼き付けた。


もういいや。

こういうのは一回観ればいいんであって二回も三回も観るもんじゃじゃねえ。

よし、次回からは徹底的にオレが妨害してやる。


 墨俣を起点にして織田軍は快進撃を続け、井口山とは山続きの瑞竜寺山へ駆け上った。美濃三人衆が信長に挨拶にやってくる。


オレはこのタイミングを待っていた。美濃三人衆が信長のもとにやってくるということは信長のもとに見知らぬ人間が多数やってくるということだ。三人衆だからって三人だけでのこのこやってくるわけがないからね。オレとさよは美濃三人衆に紛れて信長に接近する。


信長は目の前だ。


オレが信長の前に飛び込む瞬間、一瞬出遅れたさよの胸に織田軍の衛兵の槍が突き刺さる。オレが戻った時には手遅れだった。オレはさよを抱いて山を下った。織田軍の追撃をひとしきりかわして木陰でさよの応急処置をする。手遅れなのはわかっているが。わかっているがヴィルの言葉がオレを突き動かす。さよは次死んだら生から解放される。生から解放ってことは死ぬってことだろ。


「小次郎聞いて」


さよは最後の力を振り絞ってオレに語りかける。


「もういい。喋らなくていい」


「あたいはね。あの場所で自殺したの……。東京に住んでいたんだけどね。SNSで知り合った女の子に会いに名古屋まで会いにきて、何人もの男たちにまわされたんだ。もう死にたくなってそのまま自殺したの」


オレは言葉を失い黙り込む。


「でもね、小次郎と会えてよかった。前世で小次郎と会っていたらあたい、多分生きることができたと思う。小次郎、来世でも会おうね……」


そう言うとさよはオレの腕の中で息絶えた。


「さよぉぉぉ!」


オレが絶叫する前に雪舟が突然現れ、静かにこう言った。


「この娘を生から解放する。もう放してやれ。咎人よ」


「オレとさよの違いはなんだ」


オレは雪舟に訊く。


「それを知るのが咎人の運命(さだめ)⋯⋯」


雪舟がそう言った瞬間、目の前がグニャリと歪んだ。


ここは?

いや⋯⋯、これは夢だ。


大きな寺の境内に大きな太刀がまるで墓標のように突き刺さっている。


ただ、それだけの夢⋯⋯。


なんの意味があるんだろう。

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