六
オレは深く溜息をつき酒場を後にした。そして、東海道を下り小田原を目指す。信長が復活した以上、織田家は松平家と同盟し東海道諸国は安定に向かうだろう。
とりあえず今川氏真にも挨拶くらいしとくか。
「おお、小次郎か。いつ京から戻った?」
「京から小田原に向かっている途中にございます」
「父上のこと驚いたであろう」
オレは黙って頷く。嘘をつく時はあまり言葉を重ねてはいけない。
「しかし、その父上を討ち取った織田信長も討たれ東海道は蜂の巣をつついたような状況なんだぞ」
今川氏真は笑いながら言った。
「その信長なのですが、どうやら死んでなかったようで⋯⋯。尾張を通った際に某が確認しました」
今川氏真は驚いたようで言葉を失っている。
「今川義元様の仇が生きているとなると、敵討ちの兵を向けてはいかがでしょうか」
「諸将がな⋯⋯」
「ならば、小次郎にお任せくだされ」
「おおっ、やってくれるか」
まあ、前にもやったしね。
「ならば、十日後に駿府を出立致します。一度、小田原に戻ってからになります」
「さすがは風魔の疾風、頼りにしているぞ。北条殿にもよろしくな」
オレは駿府の屋敷を出る。
「荘介いるか?」
「ここに控えております」
「遠江と三河の諸将の調略を頼む。駿府を出るのは十日後だ」
「御意」
オレは東海道を下り小田原に向かって歩いていく。
信長を殺すことができても雪舟が蘇生させてしまう⋯⋯。
では、先に雪舟を葬ったほうが⋯⋯。
いや無理だな。
おそらく雪舟は神仏の類だ。
オレでは葬ることはできないだろう。
では、どうする?
このままあのリセット使いにやりたい放題やらせるのか?
まあいい。
考えるだけ無駄だ。
今は尾張討伐だけ考えよう。
そんなことを考えていると小田原に到着した。
「小次郎どうした。随分早い帰りだな」
親方がオレをからかう。
「清州にてうつけの生存を確認しました」
「な、なんと! して、お主どうする?」
「駿府に寄って今川様に十日後に敵討ちの兵を出立させるお約束をいただきました。風魔衆をお借りしたく参りました」
「フッ、風魔衆などいくらでも連れていけ。して、勝算はあるのか?」
オレは笑いながら首を横に振る。
「お主らしくないな」
「どんなに追い込んでもリセットされたら勝てないのでは⋯⋯。まあ、負けることはないにしてもね」
「そうか。では、追い込まなければよいのではないか。小次郎、勝ちにこだわるのは小者だぞ。お主はそんな器ではないはずだが」
オレは苦笑し立ち上がった。
「兄者、買いかぶりですよ。オレは小心者ゆえ⋯⋯。では、行ってまいります」
「小心者が風魔の疾風などと呼ばれてるものか」
親方の呟きを背に受けオレは隠れ家を出ていった。
今、オレは沓掛城近くの廃屋にいる。もちろん一人きりだ。さよはもちろんいないし、荘介も呼んでも現れない。なんの用も頼んでいないのに荘介が現れないのは初めてだ。時は永禄三年五月十九日早朝、オレの最後の桶狭間の戦いが始まろうとしていた。
今川軍はすでに沓掛城まで進軍している。オレは廃屋を出発し桶狭間山を目指す。空模様はというと今にも降り出しそうなのだが、まだ雨は降っていない。今頃、信長は熱田神宮で戦勝祈願をしている頃だろう。
時刻は昼過ぎを迎え雨がぽつぽつと降りはじめる。遠くに今川の旗がはためいている。今川義元本陣だ。やがて、その時刻がやってきたが織田軍はやってこない。オレは焦燥心にかられる。
記憶を継続させるほどの傷を信長に残しているのであれば、信長はここには来ない。やがて、単騎で信長は現れた。
「ここにいたか。小次郎捜したぞ」
「どうした? お前一人で今川義元を討ち取れるとは思わないがどうするつもりだ」
オレは信長を問い詰める。すると、信長は悪びれるわけではなく笑って言った。
「逃げ出したんだよ。何をやっても無駄なんだよ。小次郎も一緒に逃げよう」
笑えん。
第六天魔王と恐れられた信長も心が折れればただの小心者か⋯⋯。
オレと一緒だ。
「信長よ。お前は清州に戻れ。今川義元はオレが葬る! いいか、お前。雪舟なんかに負けていいわけないだろ。お前は第六天魔王だ! 正気に戻れ。雪舟の見せた悪夢なんかに負けることはオレが許さん。お前を殺すのは風魔の疾風のこのオレだ!」
そう、親方からの最初のミッションは今川義元の上洛阻止。信長殺害などではない。オレは間違っていない。風魔上忍としてミッションを達成するだけだ。
オレはすがりつく信長を振り払い、今川義元本陣へと突撃していく。今川義元本隊を秒殺していき、今川義元の前に立った。
「小次郎、何を乱心しておる。主家の北条家はこのことを知っているのか。ただではすまんぞ。ただでは⋯⋯」
永禄三年五月十九日、今川義元は何者かによって桶狭間山にて暗殺された。
桶狭間での惨劇から数刻、オレは沓掛城近くの廃屋に戻ってきていた。オレは己の忍び刀を己の喉笛に突き立てる。
痛い。
痛い。
苦しい。
あの時と同じだ。
やがて、オレは激しい血しぶきを噴き出し絶命する。
真っ暗な世界。
オレに向かって歩いてくる気配。
クソ坊主だ。
「咎人が簡単に解放されると思うなよ」
「お前に訊きたいことがある。信長に何をした?」
「信長? 誰のことかな」
「とぼけるな。信長に何度も本能寺の変を見せたろ」
「ハハハ、あの大うつけのことかい。あいつは己を第六天魔王とかぬかしておったから心が完全に折れるまで己の最期を見せてやったわ!」
「雪舟、お前。神仏の類と思っていたが悪魔だったんだな⋯⋯」
「何を愚かな⋯⋯。一度ならず二度までも大罪を犯すなどタダで済むと思うなよ。この大罪人!」
雪舟がそう言うとオレの意識は消えていった。
ここは?
オレは夢を見ているのか⋯⋯。
朝、目覚めると目の前にはオレがいた。目の前のオレはこちらを見て黙ったまま俯いている。
「オレは?」
目の前のオレは首を横に振るばかり。
「お前は?」
すると、目の前のオレは顔を上げて口を開いた。
「荘介。風魔下忍の風魔荘介⋯⋯」
風魔⋯⋯。
沓掛城近くの廃屋で血みどろで倒れていたオレは荘介によって発見された。傷口は一切見つからないが、一向に目覚める気配がないまま風魔の里に運ばれた。
桶狭間の戦い以降の歴史はオレが知っている歴史と変わらないのであるが、一点変わっていると言えば信長による北条家への接近が挙げられだろう。北条家は盟約している今川家を討った信長からの接近を嫌っていたが信長は何かに取り憑かれたように北条家に外交使者を送ってきている。また今川義元は信長が討ったということになっている。
そして、オレが風魔の里で目覚めることがないまま舞台は新たな幕をあける。
永禄十年三月、オレは風魔の里で目覚める。オレにとっては先ほどクソ坊主との対峙が終わったばかりなのだが、世の中は六年以上時を進めていた。目覚めた時に目の前には荘介がいた。荘介は驚き、驚愕のあまり泣き崩れた。デジャヴだね。
「荘介、心配かけたな。状況を説明しろ」
オレがそう言うと荘介は報告した。
なるほどね。
永禄十年とはね。
クソ坊主はオレと信長の死闘が見たいらしい。
やはり、あいつは悪魔の類だな。
オレがそんなことを思っていると親方がオレの部屋に入ってきた。
「小次郎、お目覚めのところすまん」
「稲葉山城ですか?」
親方の言葉にオレはすかさず答える。
「さすがは風魔の疾風。そのとおりだ」
「だとしたら、時が足らなすぎる。オレはすぐに美濃に出発します」
「ちょっと待ってよ。あたいも連れて行ってよ」
目の前に現れたのはさよであった。
「ちょっと急ぐから話は道中でいいか?」
「えー。久しぶりに会った彼女に対してそれはないよね」
どうやら、さよは記憶の改ざんがされたらしい。
クソ坊主侮れん。
オレとさよは東海道を上り美濃に向かっていった。




