五
「まあ、オレは風魔小次郎。風魔のプリンスだからね。影武者くらいいてもおかしくねえんだよ」
「あ、あ、あんた、あの風魔⋯⋯」
相変わらず大袈裟なJKだ。
「お前の知ってるのは風魔小太郎。オレは小太郎の弟の小次郎」
「キャハハ、なんだ大したことないじゃん!」
失礼なJKだ。
やっぱり斬るか。
どうせ死なねえし。
「お前、うぜえからついてくんなよ」
「はあ、あたいの行くとこにあんたがいるだけじゃん」
はあ?
「オレはこれから桶狭間の戦いに介入して信長を討ち取るんだよ。うぜえJKは邪魔だからさっさと東京に帰れよ」
さよは涙を流してこう言った。
「東京にはあたいの居場所なんか⋯⋯」
「わりい。オレも似たようなもんだ。いいよ、ついてこい。どうせ死なねえんだし」
さよは涙を拭う。
「あたいは水龍のさよ。あんた運がいいよ。あたいを味方につけるなんて」
オレとさよは沓掛城付近の廃屋に潜んで当日を待つことにした。
当日がやってきた。今川軍は沓掛城まで進軍している。オレの知っている歴史通り。オレは廃屋の外に出る。
「荘介いるか?」
返事がない。
ゆきながいないなら、それでいい。
所詮くノ一だ。
なんだ。
この胸の奥からわいてくるものは⋯⋯。
「もう行くの?」
「そうだ。ここで決着をつける」
オレとさよは桶狭間山へ向かった。桶狭間山は朝から豪雨だった。
何かが違う。
やがて、昼過ぎには雨もやみ織田軍が桶狭間山に到着した。織田軍は今川義元本隊へ目掛けて突進していく。オレはそれを横目に信長の上空に周り込んでクスリをまく。そう、一瞬だけだが意識が飛ぶほどの秘薬を信長目掛けて投げつける。見事、信長の兜に命中し秘薬は信長の周囲に飛び散った。問題はここからだ。オレが信長の懐に飛び込むってことは秘薬をもろに浴びてオレの意識も飛ぶだろう。だが、オレには必殺の風魔忍術がある。
「風魔忍術 疾風斬!」
オレの斬撃は激しい突風を纏って信長目掛けて鋭く飛んでいく。
「甲賀忍術 水龍弾!」
さよの攻撃も激しい濁流のように信長に向かって飛んでいく。
疾風斬と水龍弾は信長に命中し、信長の身体はリセットされることなく飛び散った。
遠くで織田軍の歓声が上がる。どうやら今川義元が討たれたようだ。オレとさよは沓掛城の近くの廃屋に戻ってきた。
「荘介いるか?」
「ここに控えております」
「ゆきなは?」
「火炎のゆきなは三年前にすでに亡くなっておりました」
オレの胸の奥から熱いものがわいてきた。
信長よ、リセットしてくれ⋯⋯。
桶狭間の戦いは双方の当主と多数の重臣たちの討死という結果に終わり、駿河から尾張の国までの東海道の諸国は蜂の巣をつついたような状態に陥った。現在、永禄三年十月オレは岡部が籠城する鳴海城に身を寄せていた。
「ところで橘殿、織田家からこの城の明け渡しと引き換えに義元様の首級を引き渡す旨の申し出がきておリます。この辺が潮時かと」
岡部元信がそう言うのでオレは頷く。
「それで岡部殿はこのまま岡崎城の松平殿の元に馳せ参じるということですか。まあ、それもいいでしょう。今川氏真様が今川義元様の仇討ちの軍を挙げない以上、それも致し方なきこと」
「橘殿はいかが致しますかな」
「某は小田原に帰ります。北条家にも恩があるゆえ⋯⋯」
オレはそう言って鳴海城を後にした。
現在、東海地方の勢力図は駿河遠江の今川家、三河の松平家、尾張の織田家という状況だが、勢いからいうと松平元康が頭一つ抜けている。
「荘介いるか?」
「先に小田原に戻り、これから戻る旨を親方に先に伝えておいてくれ」
「小次郎様は?」
「オレは清洲に寄ってから小田原に戻る。少し気になることがある」
「さよ殿のことでしょうか」
さよは信長を討ち取って以来、オレの前に現れていない。
「オレがオンナのことで悩むように見えるか?」
荘介は首を横に軽く振ってから消えていった。
荘介にはそう見えているのかもな。
オレは清洲の町のいつもの酒場にいる。しばらくすると前の席に人が⋯⋯⋯。
男だ。
しかもオレはこの男を知っている。
オレの背筋は凍りついている。そして、意を決してオレは顔を上げた。
「おおっ、小次郎ではないか。また、京にでも戻るのか? 確か武田忍びであったな⋯⋯」
オレの目の前にいたのは宿敵の織田信長であった。
オレの目の前には信長がいる。しかも、オレは武田忍びで京から呼びもされて帰ってきたという最初の設定で信長の記憶は止まっている。つまり、信長は一年前の記憶のままオレの目の前に立っているのである。
さて、どうするか⋯⋯。
オレは小田原を出発して駿府へ向かって東海道を上って歩いていく。途中で風魔衆二部隊が追いついてきた。別に呼んでもいないのだが⋯⋯。すると、見覚えのある忍びが前に進み出てオレに名乗る。
「お初にお目にかかります。上忍かげむらと申します」
いや、雲切。
オレに偽名はイカンよ。
「あっそ、オレに偽名を使うとはね」
オレが不快そうな顔をすると雲切は言い訳を始めた。
「いえ、某、小次郎様にお会いするのは初めてでして⋯⋯」
「じゃあ、お前の名前はなんだよ」
オレが問い詰めると雲切は消え入るような声で答えた。
「ごんたでございます」
「じゃあ、お前は今日から雲切だ」
「その名でしたか⋯⋯。そうと言っていただければ⋯⋯」
「さて、さっさと尾張まで行こうぜ」
オレがそう言うと風魔衆はオレの後について歩いていく。
駿府に到着するとすでに兵が集まっており、今すぐにでも出立できる状態になっている。オレは物陰に隠れる。
「荘介いるか?」
「ここに控えております」
「首尾は?」
「上々にございます」
上々?
本当かよ。
「よし、一刻後に出立しろ」
「小次郎様は何処に?」
「清州だよ」
オレはそう言って清州に向かっていった。
清州に着くとオレはまず酒場に向かった。
ん?
中から聞き覚えのある声が。
信長だ。
こんな昼間から酒なんて呑んでいる場合じゃないだろ。
教えてやろう。
オレが酒場に顔を出すと信長はすでにできあがっていた。
「おおっ小次郎。遅いぞ! まず呑め」
オレは秘薬を口に含んでから酒を飲み干した。本当に便利な秘薬だ。何杯呑んでも全く酔わない。
「ところで織田殿、公務のほうは?」
「小次郎、お前かたいこと言うなあ。なんでワシが仕事せにゃいかん」
クソ坊主、信長に何をした?
「今川軍が駿府を出立しております。お家の一大事ですぞ。こんなところで呆けている場合じゃないですぞ。織田殿」
「いいんだ。いいんだよ。小次郎、どうせ本能寺で日向に殺される運命なんだよ。あれやってもダメ。これやってもダメ。何やってもダメ。もういいんだよ」
それは今のオレの状況そのものなんだが⋯⋯。
信長はむせび泣く。
クソ坊主、信長に何を見せた?
いや、本能寺の変を何度も経験させたな。
困った。
これはこれでオレが望むシナリオなのだが⋯⋯。
やっぱり納得できない。
オレは忍び刀を取り出し信長の胸に突き刺す。信長の胸から激しい血しぶきがあがり、目の前がグニャリと歪んだ。
オレの目の前には無傷の信長が座っている。
「織田殿、最近見ないと噂が流れていましたが、何処におられたのですか?」
「そのことよ。誰にも言うな。実はな、雪舟という坊主がおってのお。お主に言ってもわからんと思うがてんせいさせてもらったんじゃ」
おい、それはまずいぞ。
「織田殿、てんせいとはいかなるものでしょうか?」
「雪舟が言うには。死んだ人が生まれ変わることらしい」
うん、その通りだけど⋯⋯。
「二つ疑問がございます。まず、信長様は亡くなられたのでしょうか?」
「わからん」
でしょうね。
「次に、生まれ変わるって己にですか?」
「わからん」
でしょうね。
信長の話を総合すると大丈夫だ。
転生ではない。
おそらくクソ坊主が蘇生させたんだろう。
リセット使いが記憶を継続させたら手がつけられん。




