四
オレは床に伏している。荘介は驚いた顔でオレを見て泣き崩れた。
「荘介、泣くのは後だ。状況は?」
「永禄三年二月、ここは風魔の里。小次郎様は三年ほどずっと眠ったままでした」
「三年か⋯⋯。フッ、でも間に合うってことだな」
オレの言葉に荘介は不思議そうな顔をする。
「間に合うって何に間に合うのでしょうか」
「宿敵との決着だよ」
オレはそう言って立ち上がった。多少目が眩むが問題ない。時間もないしこれで行くしかない。オレは親方のところへ向かった。
「兄者、すまん。心配掛けた」
「まあいい。しばらくゆっくりしてろ。京で倒れたと聞いた時はさすがに肝を冷やしたが⋯⋯。こちらへ運ばれてからもすやすや眠っていただけだったので、心配などしてなかった。お主は一度死んだ男だからな。荘介からの報告だとどこかに行くらしいが、ダメだぞ。しばらくゆっくりしてろ」
親方はそう言って笑った。
そんなことを言ってもオレがきかないのはわかっているのだろう。
「では、行ってまいります」
「フフ、ゆっくりしてろと言っているものを⋯⋯。まあいい。好きにせい」
オレは風魔の里を出て尾張に向かっていた。
オレは今、清洲のあの酒場にいる。おそらくここで待っていれば彼女は必ずくる。目の前の席に人の気配がする。
「お兄さん、ここいい?」
えっ?
オレがそう言うと目の前には見知らぬ女が立っていた。
「あれあれ、お好みのオンナじゃなかった?」
「そうかもしれないね」
「火炎使いとか?」
オレは忍び刀に手をのばす。
「もう冗談だってば、冗談。ゆきなでしょ」
オレが頷くと彼女は続ける。
「あたいは甲賀のさよ。ゆきなとは幼馴染よ」
「それでオレに信じさせることができると思ったのかい」
さよは少し考えてからオレに言った。
「どうしよっかなぁ。あんたのオンナになってもいいよ」
「ああ、くノ一は一律お断りしているんで」
「ああ、そうだよね。くノ一なんかね。じゃあ、どうしようっか。そうだ、リセット使いの弱点を教えるっていうのは?」
オレは忍び刀を抜き、さよに向ける。
「ちょっと待ってよ。あたいはあんたと一緒だよ」
オレが黙り込んでいると、さよは続ける。
「本名はNGだけどね。一応、東京出身のJK」
「お前、それが何かわかっているのか?」
オレの問いに、さよはあっけらかんと答える。
「転生でしょ。あたいさあ。悪役令嬢に転生したかったんだけどさあ。くノ一だって、くノ一。なんか笑える」
あたいが一人称の悪役令嬢のほうが笑えると思うが⋯⋯。
「リセット使いの弱点ってなんだ?」
「おおっ食いついた。食いついたね。お兄さん」
うぜえ。
このJK。
めちゃうぜえ。
さよによるとリセット使いはリセット前の記憶、正確に言うとリセット後の後の時点の記憶は継続しない。つまり、リセットしてもリセット後の時点の記憶は覚えているらしい。これはオレの経験とも一致している。もう一つはそのリセット後の時点を選べないらしい。
そんなことあるのか?
それではリセットする意味がオレには見いだせない。
「それでね。リセット使いの弱点は、というよりもあたいらもそうなんだけど。意識がないときにはリセットできないんだよ」
「そんなの誰が試したんだよ。エビデンスはあんのか?」
「エビデンス、エビデンスってウザいんですけど。リセット使いは織田信長が初めてってわけじゃないから⋯⋯」
信長がリセット使いの元祖じゃないって、他にもリセット使いがいたのか?
「意識がないとかってその状況に持ち込むって難しいんじゃねえか。催眠薬なんてねえわけだし」
催眠?
催眠ってつい最近聞いたような気がするが⋯⋯。
「ハハハ、ラリホーでも使えばいいんだ! ラリホー。ラリホー。まじウケる」
「うるせえよ。他人が真面目に考えている時にまじうぜえよ!」
ラリホー?
ラリホー?
あっ、催眠術か⋯⋯。
ダメだ。
ヴィルとは無理だわ。
一回殺したし。
「ラリホーの当てでも?」
「はあ、ゲームの話でしょ。ラリホーなんて使えるわけねえし。このオジサンまじウケる」
こいつ一回殺しておくか。
どうせ死なねえし。
ん?
ゲーム。
なんか。
なんだ。
うまく言葉にできないけど⋯⋯。
その後、さよとはくだらねえ話が続いたが、オレは今一番気になっている話題をさよに振った。
「それでさ。ゆきなはどうしたんだ? さよはゆきなの幼馴染なんだよね」
オレがそう言うと彼女は押しだまりむせび泣いた。
「ゆきなはね⋯⋯。あんたが織田信長の前で撃たれた後、織田信長に襲いかかろうとして撃たれて死んだの⋯⋯」
「ちょっと待て。その後リセットされただろ!」
「リセット? リセットなんてされてないよ」
「おいおい、ちょっと待て。なんでリセットされていないのに、桶狭間の戦いの三ヶ月前にオレはいるんだよ?」
「あんたとゆきなが死んだのは桶狭間の戦いじゃないよ」
「じゃあ、なんの戦いだよ!」
「知らないよ。三年前の名も無き小競り合いって聞いてるよ」
「誰から聞いたんだ?」
「喜助さんだよ」
ゆきなの父親が?
なんでそんな嘘を⋯⋯。
「さよ、確認するが今は永禄三年二月で間違いないよな?」
「そうだけど。それがどうしたの?」
オレは黙って頷き酒場から出ていった。
オレは記憶を頼りにゆきなの隠れ家へと歩を進めていく。さよもついてきている。
ない?
ここには二度来ているが、その場所にはなにもなかった。オレはさよの顔を見る。すると、さよは言った。
「いきなりこんなところに来てどうしたの?」
オレは首をひねって、さよに言った。
「ここになんかなかったか?」
「ここはね⋯⋯。やっぱりなんでもない」
なんだ。
何かある。
ひょっとしたら、それが今回のカギかもしれない。
「それで喜助さんはどこにいるんだ?」
「喜助さんに会ってどうするの?」
「どうするって? 話をするだけだよ」
「会ってもらえないと思うよ」
「なんで?」
「なんでって、あんたのせいで娘が死んだんだよ。会ってくれるわけないだろ」
いや、確かにそうだ。
もし、ゆきなが本当に死んだのなら⋯⋯。
「わかったよ」
オレはそう言うと、疾風を使ってさよの尾行を振り切った。
オレは今、熱田神宮にいる。もちろんまだここには。誰もいない。そう、誰もね。
「荘介いるか?」
「ここに控えております」
「非常に訊きにくいことなんだが⋯⋯」
「なんでございましょうか?」
「ゆきなって知ってる?」
「火炎のゆきなにございますか?」
おおっ、知ってた!
「ゆきなの居場所を調べてくれ」
「御意」
荘介はそう言って消えていった。オレは周りをうかがう。
ん?
あれで隠れているつもりか。
「おい、さよ。隠れるなら、ちゃんと隠れろよ」
オレがそう言うと、さよは観念して出てきた。
「さっき、あんたが二人いたように見えたけど?」
「ああ、影武者だよ」
「か、か、影武者!」
大袈裟なJKだよ。
本当に。
「驚くことねえだろ。戦国乱世に影武者なんか」
「あんた⋯⋯」
さよはオレの顔を見ながらまじまじ言った。
「漫画の見過ぎだよ」
ああ、家康ね。




