三
オレは一度小田原の宿屋に戻ってきている。オレは迷っていた。ゆきなを今回の尾張遠征に連れて行くかだ。ゆきなに今回、今川に協力する旨を打ち明けると二つ返事で一緒に行くということになった。
「でもね、オレの知っている歴史では今川義元は討ち死に今川軍は瓦解するんだよ。分かりやすい言葉で言うと負け戦ってこと。討ち死にするかもしれないんだぞ」
「はいはい、わかったよ。夫が負け戦に行くのに女房がついていかない道理があるかい。死ぬ時はあんたと一緒だよ」
やっぱり、やめたほうがいいか⋯⋯。
フラグ立っちゃたし。
オレは外に出て荘介を呼ぶ。
「荘介いるか?」
「ここに控えております」
「早手を呼んできてくれ」
「御意」
ふーん。
こんな前から荘介は早手を知ってんだね。
なんかオレだけって感じ。
オレは事前準備のため親方に会いに行った。
「おお、小次郎。どうだ。首尾は?」
「今川義元に会ってきました。どうやら上洛ではなく尾張遠征のようです。念のため従軍という形で様子を見るつもりです」
「尾張遠征か⋯⋯。その線も捨てきれんがな。とにかく現場では小次郎、お主に任せる。やるときはやっていい」
「承知。今川義元が変な色気を出さないことを願うばかりです」
「それでな。風魔衆からは三部隊を派遣する」
「それと⋯⋯」
オレが口籠っていると親方は促す。
「それとなんだ。お主らしくない」
「上忍の早手、井出、雲切の三人の従軍をお許しいただきたいのですが」
「お主、何故その三人の名を?」
オレは不敵に笑って立ち上がった。
「ナイショです」
ここは駿府にある風魔の隠れ家。オレとゆきな、そして上忍五人の打ち合わせだ。事前の打ち合わせは本当に大事。社会人の基本だね。
「じゃあ、自己紹介も終わったようだから当日の打ち合わせに入るね」
オレがそう言うと上忍三人はオレの顔を一斉に見る。前も思ったけどなんかオレに対する⋯⋯。
「今回の最大の目的は今川義元の上洛阻止だ。これは至上命題なので絶対に忘れないように。雲切とゆきな絶対だぞ」
「大丈夫だよ。あたしがそんなこと忘れるわけないだろ」
「某もですよ。大丈夫に決まっているじゃないっすか」
はいはい、二人にフラグが立ちました。
「でね、今回の仕事の難しいところなんだけど一緒に尾張の大うつけも葬らなきゃいけないってところなんだよね」
オレがそう言うと早手が口を挟んできた。
「両者を葬るのであれば風魔の疾風の砦斬りでも⋯⋯」
そこまで言うと早手は空気を読んで言葉を飲んだ。
「オレたちは忍び、表舞台に立つことができない日陰者なんだよ。まあいいや。当日の役割を発表する」
「当日?」
ゆきな以外の三人が同時に突っ込む。
「そうだ。五月十九日だよ。昼過ぎに桶狭間山は豪雨に見舞われる」
「なんで豪雨に見舞われるってわかるんですか?」
ゆきな以外の三人が同時に突っ込む。
「風魔の疾風だからだよ。それで納得しとけ!」
三人は渋々頷きオレは話を進める。
「それでな。当日早朝から熱田神宮から桶狭間山までの道をすべて封鎖しろ。どんな手を使ってもいい。風魔衆三部隊すべて使ってもいいぞ」
「すべて封鎖ってそんなことできるんですか?」
早手が突っ込みを入れてくる。
「できなくてもやるんだよ。あ、レインボーブリッジ封鎖できませんみたいな報告はいらねえからな」
「れいんぼぶりじ?」
ゆきなも含めた四人が突っ込みを入れる。
「まあ、死んでも封鎖しろってことだ。それから絶対当日早朝前には仕事すんなよ。気取られるぞ」
四人は頷き、打ち合わせは終わった。
オレは外に出て荘介を呼ぶ。
「荘介いるか?」
「ここに控えております」
「五月十九日は朝から織田信長を張っていろ。今回ですべて片付ける」
「御意」
そう言って荘介は消えていった。
そう、すべてだ。
リセットする間もなくすべて消し去ってやる。
待ってろ信長!
今川義元は桶狭間の戦い当日の前日に沓掛城に入った。その翌日には今川軍の松平元康と朝比奈泰朝の部隊が織田軍の丸根砦、鷲津砦に攻撃を開始した。そして、織田軍は鳴海城を囲む砦である善照寺砦に入って軍勢を整えた。大高城周辺の制圧を完了した今川軍は義元本隊の軍が沓掛城を出発し、大高城の方面に向かって行軍し運命の地桶狭間山へとさしかかった。そう、ここまではオレが知っている歴史。昼過ぎから桶狭間山を豪雨が襲う。
豪雨が止み今川義元本隊がふたたび行軍を始める。ここからがオレが作る歴史。熱田神宮を出た信長本隊は桶狭間山を目指して行軍するが何度も倒木や土砂崩れに見舞われたことにより桶狭間山には到着できなかった。そして、オレとゆきなは信長本隊の目の前に現れる。
「我が名は風魔の疾風、風魔小次郎。織田殿とお見受けする。故あって貴公の首級をちょうだいする。覚悟!」
織田軍はオレの疾風についてこれずに信長の目の前までオレの接近を許す。
「風魔の疾風お見事!」
信長のその言葉が合図のように火縄銃の銃弾がオレの身体を何発も貫いていく。そして、オレは信長の目の前で即死した。遅れて傷だらけになったゆきなが信長の前に到着するもゆきなも火縄銃の何発もの銃弾が貫き信長の目の前で即死した。後には二人の死体が残るのみであった。
真っ暗な世界。仰向けに倒れたオレの顔をのぞき込む気配がする。この気配には覚えがある。
「咎人がそんな簡単に解放されるとは思うなよ⋯⋯」
オレが次に目を開けた瞬間、信長はオレの目の前にいた。オレの忍び刀が信長の背から胸に貫く。激しく飛ぶ血しぶき、血の匂いが雨上がりの空気に混じっていく。
「敵に背を見せるとはね⋯⋯」
オレが信長にそう言った瞬間、目の前がグニャリと歪んだ。
オレの目の前にはヴィルが立っていた。
「やあ、また会ったね」
「白々しい。お前、最初からここで待っていたんだろ」
オレが不審がるのを見て、ヴィルが告げる。
「そうなんだよ。私たち咎人は解放されることなんてないんだよ」
こいつ何言ってんだ?
オレは忍び刀でヴィルの胸を突く。ヴィルは激しい血しぶきを上げて即死した。したはずだった。
「だから無理だって言っただろ!」
オレの背後からヴィルの声が聞こえ後ろを振り向く。死んだはずのヴィルがそこに立っていた。オレはヴィルと対峙する。
「それでここは? というか、いつのどこなんだよ?」
オレはヴィルに訊く。
「ここは日本だよ。多分⋯⋯」
「日本って当たり前だろ!」
オレはヴィルの言葉に激怒する。
「私は前世は日本人じゃないからここが日本なのかはわからないんだよ。君は前世は日本人なんだろ。だったら君のほうがわかるんじゃないかな」
なんだ。
この会話?
「前世はともかくお前、今は日本にいたんだろ。だったら、わかるだろ」
「そうだけど、ほらあそこの高層ビル見なよ」
ヴィルは遠くを指差して言った。オレはその指差す方向を見て膝から崩れおちる。
高層ビル?
いや高層ビル群だ。
じゃあ、今はいつなんだ?
「気付いたか。咎人よ⋯⋯」
この気配。
この声。
オレはその声の方へ振り向いた。
そこには盲目の僧侶雪舟がいた。
「お主、この場所に覚えがないのかい」
雪舟はオレに訊く。
この場所?
オレは周りを見廻す。
ん?
ここは⋯⋯。
「どうやら気付いたようだな。じゃあ、そろそろ戻ろうかね」
俯くオレに雪舟は告げた。
ここは?
さっきの場所では⋯⋯。
違う。
確かにさっき見た高層ビル群が遠くに見える。
見えるが⋯⋯。
オレの目の前には⋯⋯、木の枝に吊るされたロープの輪が見える。
思い出した。
これは前世で首吊り自殺をしたオレの記憶⋯⋯。
そのロープの輪に頭を入れた瞬間に目の前が真っ暗になった。
次に目覚めた時には、目の前には荘介がいた。




