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小次郎転生伝  作者: 杉山薫
第二部 決戦 桶狭間
11/37

 オレは小田原を目指して東海道を下っていく。間もなく清洲だ。


どうする?


ここで信長とやり合っても良いがさらに過去に戻されるだけだ。オレは清洲の町の酒場に入った。そこで独り酒を飲む。酒を飲んでも酔うわけではないが⋯⋯。酒を飲んでも酔わない秘薬があるのだ。そんなものがあるなら前世で欲しかった。まあ、オレの前世の話はいい。


オレがそんなことを考えていると前の席に人が座った。


「お兄さん、ここいい?」


「そう言うのは座る前に訊けよ」


オレはゆきなに言うが、ゆきなは気にせず続ける。


「お兄さん、名前は?」


「ゆきな、オレの名前忘れたのか?」


ゆきなは少し考えて、こう言った。


「お兄さんもてんせいしゃなんだ。父さんと一緒だ。でもね、あたしはてんせいしゃじゃないから覚えてないんだ。名前教えてよ」


「あんだけ迫ってきておいて名前忘れたって言われてもねえ。ヴィルでいいかい」


「わかったよ。びる」


えっ?

ヴィルってゆきなの父親じゃないのか?


「そうかあ。びるとあたしは結ばれる運命なんだね」


くノ一はいいって⋯⋯。


「それより喜助さんはどこだい?」


「父ちゃんはうちにいるけど会う? そうだよね。相手の父親に会うっていうのはそういうことって父ちゃんも言ってたし」


ゆきなが下卑た笑いをしてくる。オレは立ち上がりゆきなを促した。酒場を出て、ゆきなの隠れ家に向かって歩いていく。


「父ちゃん!」


ゆきなが呼びかけた相手はヴィルではなかった。

今、オレはゆきなの隠れ家にあがりこんでいる。なんと母親もいた。旅芸者と聞いていたが⋯⋯。しかし、この二人の子がゆきなと言われたほうがしっくりくる。まあいい。記憶操作系の忍びだっているだろう。いわゆる催眠術だね。それにかかったんだろう。


「ゆきな、もう行かなきゃいけないから⋯⋯」


「そうだね。少し待って。準備してくる」


えっ、ついていくの前提ですか?


「お待たせ!」


いや、別に待ってねえし。

なんなら一人で帰りたいくらいだし。



 オレとゆきなは東海道を下っていく。那古野付近をさしかかった辺りで急に人影がなくなった。


「小次郎くん、また会ったね」


オレとゆきなの目の前にヴィルが現れた。


「びる、下がってて。あたしが殺るよ」


ヴィルは彼の名前だけどね。


「あたしは火炎のゆきな。変な顔のオッサン。さっさと消えな!」


そう言って、自慢の火炎でヴィルを威嚇する。そして、火炎の炎が焼け焦げる臭いをオレの鼻腔に届ける。


こいつら、初対面?

どういうことだよ。


「おやおや、お転婆なお嬢さんだね」


ヴィルはそう言って火炎を避ける。


ん?

なんだ。

この違和感。


「おい、ゆきな。オレはこいつと話をするから少しおとなしくしていてくれないか」


オレがそう言うと、ゆきなは渋々引き下がった。


ヴィルはやれやれと言って大袈裟に両手を横に広げた。あれだよ。欧米人が呆れ顔でやるリアクションだよ。


「ヴィル、オレは君がゆきなの父親だと思ってたよ。催眠術か?」


「催眠術ねえ。久しぶりに聞く言葉だね。少し違うんだけど、まあ大して変わらないか。私はヴィル。本名は⋯⋯。別にいいよね」


「ヴィルヘルム辺りだろう」


「おお、ビンゴ!」


なんだこの会話、いつの時代の会話だよ。


「私は忍びでも武士でもないよ。ただの商人。だから、警戒しなくていいよ、お嬢さん」


「で、オレに何か用か?」


「用があるのは君じゃないかな」


ヴィルがそう言うので、オレはゆきなに訊く。


「ゆきな、喜助さんは転生者なのか?」


「てんせいしゃ?」


ゆきなが首を横に振る。


どういうことだよ。

これでは情報が信じられなくなってくる。


「とりあえず、この状況を説明してくれ」


オレはヴィルに訊いた。


「この状況とは?」


ヴィルがオレに訊いてきた。


「まずヴィルとゆきなの関係だね」


「関係なんてないよ」


「ねえわけねえだろ!」


「お前の遺体を見て父さんってゆきなは言ったんだぞ。どう説明つける?」


「それは君が答えを出したろ」


「催眠術の類? それにしたってあの遺体は誰だよ?」


「催眠術⋯⋯。少し違うと言ったけど。それじゃあダメかい? それからあの遺体はその辺の遺体をあそこに置いただけだよ」


「なるほどね。確かに手の内は他人に教えるようなものではないか⋯⋯」


「もう終わりかい」


「ヴィル、君はオレの敵かい?」


「同じ転生者じゃないか。敵なわけないよね。味方でもないけど」


「わかった。敵でないのならそれでいい」


「私からもいいかい」


ヴィルの言葉にオレは頷く。


「何故、織田信長をつけ狙う? 君は前世は日本人ではないのか」


「前世も日本人だが、その言い方だとまるで⋯⋯」


オレは言いすぎたと思い言葉を止めた。


「まるで?」


「なんでもねえよ。言わなくていいよ」


「いや、多分その先は合ってるよ。私は⋯⋯」


「いいって言ってんだろ!」


オレは感情的になり、ゆきなを驚かせてしまった。


「びる、こいつ殺っていいの?」


「敵じゃないらしいから、そんなことしなくていいよ」


「おそらく今回はこれが最後のはずだ」


なんだ。

やっぱり台本でもあるのか。


オレとゆきなはヴィルに別れを告げ、東海道を下って歩いていく。


ここで信長と会わなかったということは次に会った時は初対面だね。



 オレは小田原に到着し親方(こたろう)に謁見した。ゆきなは小田原の宿屋においてきた。


「久しいな、小次郎。して、京の様子はどうだった」


「兄者、松永弾正の勢い顕著であります。このままでは畿内統一も時間の問題かと」


「ほう、そなたの知る歴史でもか?」


「オレの知る歴史はオレの知る歴史ですよ。オレが介入している時点でオレの知る歴史は変わってくることは十分考えられます。あまり参考にはならないかと」


「しかしな、道標があるのとないのとでは結果も自ずと変わるはずだぞ。小次郎」


オレは深く頷き、話題を変えた。


「して、至急の用件とはいかに」


「そのことよ。そなたの言うようにどうやら駿府が上洛を企てているらしい。北条様からそれを阻止せよとのご命令だ。どんな手を使ってもかまわんらしい。どんな手でもな。そなたに三部隊を与える。そなたならいかにする」


ここまでは台本通り。


「兄者、どうしても今川義元の上洛を阻止しなくてはいけないのですか」


「小次郎にしては珍しいな。どうした?」


「いえ⋯⋯。承知しました」


オレは渋々承知する。


もしオレが今川義元に味方しても歴史は変わらないのか?

リセットを使われたら一緒か⋯⋯。



 その半月後、オレは駿府を訪れていた。今川義元と謁見するためだ。


「小次郎、久しいな。どれ京の話でも聞かせてくれ」


「京というより弾正のことですかね」


「弾正とは?」


「三好のところの松永弾正にございます。松永弾正の権勢著しく畿内統一も間近かと」


「ああ、あの田舎侍か」


「今川様が上洛してしまえば松永弾正も風前の灯かと」


「そなたも余が上洛すると⋯⋯」


「上洛しないのですか?」


「上洛などせぬ。出陣の準備をしているのは尾張征伐のためだ。余が上洛しても何も変わらんよ」


上洛のためではない?

本音だろうか。


「それで? そんなことを言うためにここに来たわけではなかろう。わざわざ京から舞い戻ってきてまで余に会いにくる事情はなんだ?」


「なにやら嫌な予感がするので、某も従軍させていただきたく馳せ参じました」


「うむ、砦斬りの風魔の疾風が味方となればいうことはないが、嫌な予感とは大うつけのことか⋯⋯。心配しすぎじゃ。しかし従軍の件は許すぞ」


今川義元はオレにそう言った。

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