一
尾張討伐部隊は今川の旗を先頭に東海道を西に進軍していく。今川氏真は父の訃報によって床に伏せているという設定でオレが代わりに陣頭指揮をとっている。すると、西から行軍してくる軍勢が見える。そう、松平元康の軍勢だ。
台本通りだ。
仕方ない⋯⋯。
松平元康と共闘だ。
「これはこれは。主家今川様の軍勢とお見受けします。尾張に向かうのであれば某も軍勢に加えてほしく参陣いたしました」
松平元康はオレにそう言ってきた。
まさに台本通り。
一言一句間違いない。
絶対にここには台本が存在している⋯⋯。
やがて、岡崎城が見えてきた。松平元康からの使いの者がきた。
「主より橘様に我が城にお寄りいただきたい旨の申し出がございまする。是非お立ち寄りいただきたいとのこと」
そうだね。
台本通りだね。
「承知した」
オレはそう言って岡崎城に入城していった。
松平元康がオレに話しかけてくる。
「橘殿、遠江から飯尾殿と菅沼殿の軍勢八百、駿府より二千の援軍が到着した模様。総勢八千の軍勢となり申した。いかがいたしますか」
確か台本だと⋯⋯。
「鳴海の岡部殿と合流しようと思うとるのだが……。松平殿、某に何か申したいことはないかい」
「鳴海城ですか。岡部殿も喜びましょうな……」
十月十四日、尾張国境に到着した尾張討伐部隊のうち松平元康の部隊千と雲切の部隊千五百の部隊が織田軍の丸根砦、鷲津砦に攻撃を開始した。
「荘介いるか?」
「ここに控えております」
「オレはこれから鳴海城に行ってくる。こちらは荘介に任せる」
「御意」
オレは荘介に本陣を任せて鳴海城に向かった。
オレが鳴海城に行くと岡部元信が直々に迎えに出てきた。
「お待ちしておりました。ささ、中にお入りくだされ」
「岡部殿、孤軍奮闘のことさすがでございます」
「ところで橘殿お一人で?」
「ああ、本陣にはほら、あれだよ。あれ」
なんだ⋯⋯。
あれって。
「左様でございますな。あれ、でございますな」
岡部できるな。
あれで会話が成り立つとは⋯⋯。
「今後のスケ、えっと、うーん、日程だよ。日程の確認を前線の岡部殿とだな。しようと思ったんだよ。いやあ、歳はとりたくないね。言葉が出てこない⋯⋯」
スケジュールって言ったって通じるわけないもんね。
「承知しました。して、いかようなものでしょうか」
「とりあえず軍勢を長めにとって本陣を桶狭間山に陣取って尾張を誘おうかと思ってな」
岡部はひとしきり大笑いしながら言い放った。
「これは面白ろうございますな。しかし、それで橘殿が討ち死にしてはね」
「影武者が死んだところで某は痛とうござらん」
「さすがは、橘殿だ。義元様もそのぐらい⋯⋯」
岡部はその場で泣き崩れてしまった。オレはその後、逆桶狭間は十月十九日に決行する旨を伝えて鳴海城を後にした。
オレは今、清洲の町にいる。これから信長のいる清洲城に乗り込む。そろそろリセットを使ってもらわないと。戦国大名ごっこも飽きてきた。城には堂々と小次郎の名前で乗り込んだ。
どういうことだろう?
普通に通された。
「おお、小次郎か。そろそろくる頃かと待っておったんじゃ。今川の残党がワシの首級を狙って性懲りもなく進軍してきたんだ。どうだ。今回はどうする?」
おい、敵の総大将に何言ってんだ?
こいつ正気か⋯⋯。
「信長様、少し手間取りましたが十九日に敵本陣をあの桶狭間山に孤立するように陽動して参りました」
「お主も悪よのう。して、ワシはどうすればいいのだ?」
信長が雑魚キャラに見えてきた。
「前回と同じで大丈夫でございます。敵の動きに合わせて某が陽動します」
「よし! また、勝ち戦だな。小次郎」
オレはそれで清洲城から出てきた。
陽動っていったってね。
十月十九日早朝、信長は数百の兵を伴い熱田神宮で戦勝祈願をして決戦の地である桶狭間山に向かっていった。オレは信長の騎馬の隣に寄り添った。
「小次郎、首尾は?」
「上々にございます。桶狭間山に敵総大将と数百の兵を孤立させました」
まあ、総大将って言っても荘介だし、数百って言っても風魔衆数百って、もう天下分け目の合戦くらいの規模。織田軍数千の兵でどうにかなる戦力差ではない。織田軍惨敗のビジョンが見える。
さあ、リセットの時間だ。
さっさとリセットしろ!
もったいぶるな。
織田軍千五百の戦力が敵本陣に突撃していく。敵本陣の兵士たちはまったく動じることなくこれに対処していく。織田軍は後詰めを出すもあえなく撃退される。敵本陣が損害なしなのに対して織田軍は千五百の戦力の損害を出していく。
「小次郎、これはどういうことだ?」
信長はオレに訊く。
「どういうことって、さっさとリセットしろってことだよ」
オレの言葉に信長は黙り込む。そして、しばらくして信長は訝しげに口を開いた。
「お前、ひょっとしてヴィルか?」
はあ?
オレが黙り込んでいると、信長が言った。
「リセット!」
オレの目の前がグニャリと歪んでいく。
永禄三年五月、その日は昼過ぎから豪雨となった。駿府から発した今川の大軍は尾張の国沓掛城に達していた。信長は熱田神宮に戦勝祈願をし、豪雨の中を桶狭間に向かう。鷲津・丸根の砦が陥落したという報告が入ってくる。 織田軍は鳴海城を囲む砦である善照寺砦に入ったという報告がきた。大高城周辺の制圧を完了した今川軍では、今川義元の本隊の軍が沓掛城を出発し、大高城の方面に向かっていった。そして、桶狭間山を通る頃には豪雨となって行軍ができない状態になっていた。オレは信長のもとに駆け寄り突撃の合図を出すように声をかける。桶狭間山に織田軍が突入していく。
「小次郎、勝ったな」
信長がオレに言った。
「それでヴィルとはなんのことだよ、信長!」
信長はしばらく黙り込んでから怪訝そうに口を開いた。
「お前、ヴィルなのか?」
「だから、ヴィルってなんなんだよ」
会話が噛み合っていない。
まさか覚えていない?
それでリセットしてなんのメリットがあるんだ?
「小次郎くん、彼に何を言っても無駄だよ。リセット前のことは覚えていないからね」
オレはその声の方へ眼を向けた。
そこには惨殺されたゆきなの父親がいた。
「ヴィル、どういうことだ?」
信長がゆきなの父親に訊く。
「小次郎くんは私と同じ転生者というだけですよ。小次郎くん、ひょっとして私の惨殺死体でも見たのかい」
オレは黙って頷く。
「じゃあ、やることはシンプルになっただけだね」
オレは忍び刀を抜き、織田信長の胸に突き刺した。その瞬間、織田信長の胸から血しぶきが噴き出す。
「じゃあまた、小次郎くん」
ゆきなの父親はオレにそう言って、消えていった。
オレの目の前がグニャリと歪んでいく。
ここは京の風魔の隠れ家。どうやらさらに半年前までリセットされたらしい。先ほど小田原の親方から至急の用事があるから小田原に戻ってくるようにとの命を受けた。少し状況を整理する。
リセット使いは信長本人。ただしリセット前のことは覚えていない。ゆきなの父親でありオレと同じ転生者はヴィルと呼ばれている。
そして、ここは桶狭間の戦いの半年前の京。
さて、どうするか?




