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ヘスペリデスの黄金の林檎  作者: ful-fil


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アリアドネの聖域と宇宙基地

 ここはラビュリントスの迷宮最上階、アリアドネ専用ペントハウスの一室。

 広々としたリビングルーム、センスのいいインテリアに囲まれて、アリアドネは通話の切れたスマホを眺めていた。


 たった今、夢幻階段警備担当から緊急連絡が入ったと思ったら、途中で切れた。

 悲鳴と銃声が聞こえていたので、担当者はおそらく死亡したのだろう。


「……おおパリスよ、死んでしまうとは情けない。もう二度と生き返らなくていいわよ、役立たず」


 アリアドネは芝居がかった抑揚をつけて、ふざけた口調で警備担当者の死を嘲笑った。

 パリスには悪い印象しかない。

 取り柄と言えば顔がいいことと、前世の生まれが王子だったことくらいだが、それを言うならアリアドネは王女だ。

 しかもアリアドネが生まれたミノアは国際貿易の中心地。

 独自の文字を持ち、栄華を極めた文化都市だったのだ。(ちなみにアリアドネとミノタウロスは線文字Aを読める)

 そんなミノアの王女だったアリアドネから見れば、パリスなど粗野な田舎者にすぎない。

 頭悪いし、態度も悪いし、胸やお尻をチラチラ見てくるし。

 いなくなってくれてむしろよかった。

 侵入者と相討ちになってくれたら、もっと良かったのだが。


「パリスが突破されたのなら、ここに来るのも時間の問題ね。用意しとかなきゃ」


 フリルを何段にも重ねたフェミニンなスカートを翻し、彼女は歩き出す。

 向かうのは寝室。

 新婚夫婦用に甘い雰囲気で統一された寝室では、クイーンサイズのベッドに夫が寝かされていた。

 テセウスである。

 彼自身は未だに転生を認めていないが、アリアドネがテセウスだと言ったらテセウスなのだ。

 テセウス(仮)は疲れているのだろう、力なくベッドに横たわっている。

 かわいそうだが、起きてもらわなくてはならない。

 ここはもうすぐ戦場になるのだから。


「ダーリン、起きてちょうだい」

「うう……やめてくれ」

「ねえ、起きてってば」

「嫌だ……」

「寝ぼけているのね」


 しょうがない人ね、とアリアドネは苦笑した。

 細腕に似合わぬ怪力でテセウスの両手を掴んで引きずり起こす。

 無理やり引き起こされたテセウスが目を見開く。


「ごめんなさい。寝かせておいてあげたいんだけど、ちょっと迷惑なお客様が来そうなの。心配だから安全な所に隠れていてほしいのよ」


 うふ、と微笑む顔は愛らしく、豊かなバストを強調しながらも露出度を抑えた服装は清楚で上品だ。

 だがそんなアリアドネを認識したテセウスは恐怖に顔を引きつらせた。


「い、嫌だ! 離せ!」

「怖がらないで、ダーリン。いい子にしてればすぐに終わるわ」


 テセウスの抵抗をものともせず、アリアドネは夫を壁際に引きずっていく。

 巧妙に隠されたカバーを開き、タッチパネルを操作すると、壁にしか見えなかった場所に扉が開いた。

 扉の向こうの暗い空間にアリアドネはテセウスを放り込む。


「じゃあね。いい子で待ってて。愛してるわ」


 中から出ようとするテセウスの眼前で扉が閉まる。

 閉じていく扉の隙間から最後に見えたのは、アリアドネの美しい笑顔。



※



 一方その頃、宇宙基地アトランティスでは。

 クリューソテミスとリパラーがしかばねのようになっていた。


「パパに会えない……」

「出撃したっきり帰ってこないなんて、どうなってるのよ……」


 ベンチに座ってうなだれている二人に、宇宙基地の職員が苦笑しながら紙コップ入りのコーヒーを勧めた。

 

「すみませんねえ、入れ違いで出撃しちゃった後でして。ちょうど今、海王星付近に敵性宇宙生物が出て、交戦中なんですよ」

「娘たちが会いに来てるから早く帰還してって伝えてもらえません?」


 コーヒーの蓋にストローを差し込みながら、リパラーが頼むが……。


「それが高速戦闘してると音声通話ができないんですよ。一応通信は送ったんですけど、既読がつかなくて」


 職員の返事は無情だった。


「なにそれ、既読にならないって、LINE!? 宇宙基地の通信手段ってLINEなの!?」

「違いますけど、まあ似たようなものと思っていただければ」

「なんで未読なのよ!」

「戦闘中ですから、着信に気づいてないんでしょうねえ」

「着信音を最大で鳴らしなさいよ!」

「宇宙空間には空気がないので音が鳴らないんですよー」

「キィイイー! 宇宙なんて、宇宙なんてー!!」

「ジョークですよ、宇宙基地ジョーク。本当は着信音も鳴ってます。アトラス様がマナーモードにしてるだけで」

「マナーモードって、マナーモードって……キィイイー!」


 アハハと笑う宇宙基地職員。

 キレるリパラーをクリューソテミスが宥める。


「パラっち、落ち着け。コーヒーがこぼれるぞ。戦闘はいつ頃終わるのだろうか。急いで連絡を取りたいのだが」

「長引くこともありますが、大体いつも72時間くらいかかりますね」


 72時間。

 姉妹の表情が暗くなる。


「丸三日か……」

「待つわよ、三日くらいなら待てるわ!」

「しかしギリギリだな。一日や二日なら有給休暇の消化として認められるが、三日も四日もとなるとグレぴやロペりんに何を言われるか……」

「ここまで来たのよ、会わずに帰れるもんですか! パパが帰ってくるまで何日だって待つわよ!」


 どっかりと腰を下ろし、居座る構えのリパラー。

 難しい顔で留守番組への言い訳を考えているクリューソテミス。


「お泊りになるようなら、毛布用意しますねー。いやー、お嬢さんたちが来ると分かってたら別の者と交代したんですけどねー。あの辺ボイジャーが通るから掃除しとかないと、って張り切って出かけちゃって、すみませんねー」


 そう言って去っていく職員。

 どうやら宿泊できる部屋などなく、このベンチで夜明かしすることになるらしい。

 夜明かしと言っても宇宙基地の昼と夜は地球とはサイクルが異なるが。

 職員から借りた毛布にくるまる姉妹の背後を、道具箱を持った作業着姿の大柄な男が通り過ぎる。


「エアコンの修理終わりましたんで、地上に帰ります」

「ああ、お疲れ様でした」


 ヘスペリデス姉妹も宇宙基地職員も気づかない。

 作業着の背中に書かれた文字に。


『~エアコントラブル救急サービス~ミノテック』


 帽子を目深にかぶり、彼は歩く。

 楽しげに口笛を吹いて、雄牛のマークがついた道具箱を揺らしながら。

 まだ誰も気づかない。

 その道具箱の中身が修理キットだけではないことに。





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