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ヘスペリデスの黄金の林檎  作者: ful-fil


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さようなら元祖クズ男

 パリスは大した情報を持っていなかった。


「俺は監視と警備に雇われただけなんで、他のことはなんにも」

「コロニー落とし計画は?」

「は? なんすか、それ?」


 ミノタウロスもパリスを信用していなかったのだろう。

 それはそうだろう、トロイア戦争の経緯を知っていれば、こいつに重要な業務を任せるわけがない。

 だが一つだけ、パリスは重要な情報を吐いた。


「俺なんかが重要なヤマに噛ませてもらえるわけないでしょ? 転生者の縁で拾ってもらっただけの赤の他人なんだし。仕事に失敗した今、生きてるとわかったら見せしめに殺される。ボスが戻る前に逃がしてくれませんかね?」

「戻る前に、ということは、ミノタウロスは今留守なのね。どこにいるの?」

「どっかラビュリントスの外っすよ。……あ、それやめて、ちゃんと言うから、今思い出すからマジで」


 エリスの質問に対し、パリスの返答が不真面目であると判断したヘスペリエーとアイリカーが槍の穂先をパリスの喉元に突き付けた。

 刺さってはいないが、皮膚がへこむ程度には押し付けている。


「えーと、地上っぽいような、海底っぽいような感じの……」

「具体的に」

「えーと、えーと、名前なんだっけ、アースじゃなくて、アトランティスだ。アトランティスに行くって言ってました!」


 凍りつくような沈黙。

 女神とニンフを取り巻く空気が重たい。


「……黒ね」

「真っ黒ね」

「ミノタウロス、殺す」

「みんなに伝えないと。グレぴと、パラっちと、その前にヘラ様と」


 アキレウスは重くなった空気の意味がわかっていない。


「アトランティスって大昔に海に沈んだっていう大陸だろ?」

「人間の伝説ではそう伝わっているけどね」


 エリスは厳しい表情で告げた。


「オリンポスを守る宇宙基地、その名前がアトランティスなのよ」


 無数に存在する異界の中でもひときわ強大な異界、オリンポスを守護する盾として、外宇宙からの侵略者と戦い続けている要塞、宇宙基地アトランティス。

 その最高責任者こそがヘスペリデス姉妹の父親、アトラスである。

 ヘスペリエーとアイリカーがエリスの護衛として、こうしてラビュリントスに潜入したのも、アトラスがいる宇宙基地をオリンポスにぶつける陰謀が計画されているという情報を掴んだため。

 その陰謀について詳細を探るのがエリスの目的の一つだったのだが、とうとうその糸口が見つかった。

 ミノタウロスが出向いたというアトランティスが、宇宙基地アトランティスなのだとしたら……。


「へへっ、じゃあそういうことで、俺は逃げてもいいっすかね?」


 自分が吐いた情報が意外と価値がありそうだと見て、パリスがそんなことを言い出した。


「いても邪魔だから連れて歩きたくはないけどね。どうする?」


 仲間の意見を求めるエリス。


「殺しにきたやつだから、殺すのが正しいと思うよ」


 迷いなく答えるヘスペリエー。


「わ、私、こいつに人質にされて、銃口突きつけられて、最後は蹴られた。殺していいと思う」


 恨めしそうに答えるアイリカー。


「迷惑なやつだから消しとこう」


 あっさり答えるアキレウス。


「ひっでー! なんだよおまえら、俺ちゃんと情報提供しただろー!」


 横暴だ、人権侵害だ、それでも人間か、ひとでなし……と自分のしたことを棚に上げて騒ぐパリス。

 残念ながらここに人間はパリスとアキレウスしかいない。

 そして。


「あなたって、私たちの素顔を見たのよね~?」


 口元に人差し指を当て、考える風を装うアパテー。


「女神の本性を見た人間は……」

「あ、見てないっす。なーんにも見えませんでした」

「それは、う・そ♪」


 欺瞞の女神でなくてもわかる明らかな嘘である。


「女神の本性を見た人間は獣に変えられるのが定石よね~♪」

「まあ私たちも鬼じゃないし? あの頃みたいな野蛮な時代でもないから? 多少は手心を加えてあげてもいいけど?」

「いいこと思いついた♪ ねえ、こういうのどう?(コソコソ、ヒソヒソ)」

「あら、いいわね」


 欺瞞の女神と不和の女神は密談を交わし、ニヤリと笑った。

 パリスはとてつもなく嫌な予感に襲われた。


「ねえパリスくん、私とエリちゃん、どっちが綺麗?」

「どっちが美人か選びなさい」

「私の方が美人だっていうなら、ご褒美に可愛い猫ちゃんに変身させてあげる♪」

「私の方を選ぶなら、犬に変身させてあげるわ。今より賢くなれるかもしれないわよ?」


 猫、or、犬。


「……それは、どちらも選ばないというわけには?」

「どちらも選ばないんなら仕方ないわねえ、その場合はネズミに変身させることにしましょう」

「ハムスター、可愛いわよね♪」


 猫、or、犬、or、ハムスター。


 パリスの額に汗が流れる。

 三千年前、三人の女神に選択を迫られた時でさえ、こんなに緊張はしなかった。

 いかにも性格のきつそうなスーツ姿の私立探偵か。

 頭と尻の軽そうなピンクのウィッグと厚化粧の女か。


 ぶっちゃけどっちも好みじゃねえ!!


「「どっちが美人?」」


 二人ともブスだと答えたら、殺されるに違いない。

 変身させられるのは嫌だが、殺されるのはもっと嫌だ。

 パリスは必死で考えを巡らせた。

 獣に変えられるのは避けようがないとして、どれを選べば生き延びる可能性が上がるか……。


 そして彼は答えを出した。


「こ、こっち……かな?」


 震える手で指さしたのは……。



※



 その日、ラビュリントスで一匹の猫が観光客に保護された。

 よほど恐ろしい目に遭ったのか、ガタガタと震えっぱなしの哀れな様子だった。

 飼い主が見つからなかったため、その観光客は保護した猫を連れて帰ることにした。

 ラビュリントスのゲートから出国する観光客の腕に抱かれるその猫は、賢そうではなかったが、毛並みと顔立ちは最高に美しかったという。



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