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ヘスペリデスの黄金の林檎  作者: ful-fil


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元祖クズ男②

「はあ~? ためらわずに仲間を見殺し? 人の心がないのかよ……って、マジで無さそうだな、見た目からしてバケモノだしな、オバサン!」


 パリスの暴言がとどまるところを知らない。


「バケモノ?」


 ピクッと片方の眉を上げるエリス。


「またオバサンって言ったわねえ~?」


 口は笑みの形に弧を描いているが、目は笑っていないアパテー。


「急に緊迫感が増したね」

「戦況的にはこっちが有利なんだが、なぜか背筋に冷たい物を感じるんだよな」


 囁きあうヘスペリエーとアキレウス。


「見殺し……私、見殺しにされた……? どうせ私なんか……」


 うつろな様子で何かを呟いているアイリカー。

 異様な気配を感じ取ったか、やや警戒を強めるパリス。


「空飛んでるし、どう見ても人間じゃないんだが……あんたら何者だよ? テセウスを奪還しにきた私立探偵じゃなかったのか?」

「ああ、そこら辺の情報は掴んでたわけね」


 エリスは邪悪な笑みを浮かべた。


「知らないなら教えてあげるわ。私はね、私立探偵不破エリカ、またの名を不和の女神エ……」


 最後まで聞かずにパリスは行動した。

 アイリカーを蹴飛ばし、脱兎のごとく階段の上へと逃走する。

 逃げ足だけは一級品である。


「ちょっと! 人の名前は最後まで聞きなさいよ!」


 エリスの叫びが遠くなっていく。

 名乗りなど、途中まで聞けば十分だ。

 むしろ最後まで聞いたら命がなくなる。

 パリスは不和の女神の危険性を理解していた。

 それはもう本能に刻まれるレベルで。


 やばいやばいやばいやばい!


 逃げろ、少しでも遠くへ、と本能が叫ぶ。

 アレに捕まったら人生おしまいだ。


 散々煽っちゃったし!

 マジやばいって!


 パリスは必死で両足を動かす。

 元々身体能力は高いのだ。

 あっという間に数階分の階段を駆け上がり、非常ドアの向こうへ飛び出す。

 壁に背中をつけて左右を警戒しながら、スマホを取り出す。


「大変です、夢幻階段を突破されました! 防ぎきれません! 最上階に到達されるのも時間の問題です!」


 不和の女神に捕まるのも怖いが、ボスに殺されるのも怖い。

 では、どうするか。


「ああっ、監視ルームの扉が! 畜生、ここまでか! うわあーっ!!」


 一人芝居で迫真の演技。

 演出として銃をそれっぽく乱射しておく。

 仕上げにスマホを床に投げ捨て、思いきり踏みつけて壊す。


「これでよし、っと」


 これで『パリス』は死んだことになる。

 あとはラビュリントスを脱出して、地上か、またはどこか別の異界でやり直せばいい。

 偽造パスポートの一つや二つはラビュリントス住民のたしなみとして持っている。

 それに、なんといってもこれだけの顔だ。

 どこに行こうと、仕事にも女にも不自由するはずがない。

 ここでの仕事は収入は良かったが、退屈だったことだし。

 心機一転、新しい場所で新しい人生を始めよう。


「バイバイ、アリアドネちゃん。監視業務はつまんなかったけど、あんたけっこう好みのタイプだったぜ。テセウスなんかじゃなく俺を選んでおけば誰もがハッピーだったのになー」


 誰もいない壁の向こうに軽く別れの挨拶を投げ、エレベーターに向かって足取りも軽く歩き出す。

 ここは迷宮最上階。

 専用エレベーターに乗れば地下一階まであっという間だ。

 パリスが新天地での生活を思い描きながらエレベーターのボタンに指を伸ばした、その時。


 ……!!


 頭部に衝撃を受け、視界が暗転した。





「うう……見殺しにされた……」

「いつまでもビービー泣くな! それともう目を開けてよし!」


 エリスとアパテーはいつもの姿に戻っていた。

 ヘスペリエーとアキレウスは階段に降ろされ、目を開けて周囲を警戒している。

 アイリカーは半目で恨めしそうにしている。


「ゴールまであと少し! 気合い入れて行くわよ!」

「怪しいやつがいたら殴ればいいんだね?」

「テセウスっぽい優男がいたら確保すればいいんだな?」

「アリアドネがいたら指さして笑ってやればいいのね~?」

「見殺し……誰か私に……もうちょっと優しくして……」


 アイリカー以外はやる気を漲らせて、一行は階段を上へと駆けあがった。

 最上階に到着すると、そこには……。


 壊れたスマホと。


 ばったり倒れているパリスがいた。


「は? なんでこいつ寝てるのよ?」

「気絶してるんじゃないかな」


 ヘスペリエーが槍の穂先でつついてみるが、反応がない。

 ただのしかばねのようだ……そんなフレーズがエリスの脳裏をよぎる。


「どうする? トドメを刺す? 殺しにきたやつは殺し返していいんだよね?」

「うーん、生かしておいて情報を聞き出すという手もあるけど……」


 何しろ馬鹿王子なので、役に立つ情報を持っているかどうか疑わしい。

 放っておいたらヘスペリエーがサクッとやりそうなので、とりあえず目覚めさせてみることにする。

 アキレウスが活を入れると、パリスの目が開いた。


「……ハッ、俺はいったい何を」

「名乗りの途中だったわねえ。さっき空飛んでたバケモノオバサンこと不和の女神エリスよ。今のこれは人としての仮の姿。よろしくね、馬鹿王子」

「馬鹿王子言うな! ……じゃなくて、すんませんっした! 女神さまとは露知らず、数々のご無礼、平にご容赦を!」


 平伏するパリスにアパテーが追い打ちをかける。


「私も女神なのよ~♪ 欺瞞の女神アパテーよ。人の姿の時はパティって呼んでね♪」

「平に、平にご容赦を~~!!」


 借りてきた猫のようにおとなしくなったパリスは無抵抗でアパテーにツンツンとつつかれている。

 アキレウスがその様子を嫌そうに見ている。


「マジでおまえプライドないな」

「頭下げて命が助かるならいくらでも下げる! プライドよりも命が大事! それが小物の生きる道!」

「こんな小物に殺された前世の俺って……」


 前世の悲運を嘆くアキレウスだった。


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