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ヘスペリデスの黄金の林檎  作者: ful-fil


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コロシアム崩壊

 アキレウスとヘラクレス、両雄の拳が激突した。


「逃げるよ」


 ヘスペリエーがサッと立ち上がった。


「そうね」


 続いてエリスも立ち上がった。


「緊急避難、緊急避難……」


 アイリカーも何か呟きながら立ち上がる。


「あ~ん、どっちが勝っても大当たりなのにぃ~」


 悔しそうに文句を言いながら、アパテーも席を立った。

 ぞろぞろと客席を後にする四人の女たち。

 他の観客は勝負の行方に釘付けだ。

 普通の人間には闘気が見えない。

 闘気を目視できる者たちだけが知っていた。

 これ以上ここにいてはいけないと。


「死ね、アキレウス!」

「くたばれ、ヘラクレス!」


 二人の英雄の闘気が渦巻く。

 台風並みのエネルギーが会場の結界を圧迫している。

 すでに結界は歪み始めている。

 弾け飛ぶまでの猶予は残りわずか。


 不和の女神エリス一行は悠々と歩いてコロシアムを出た。

 ラビュリントス下層を足早に歩いていく。

 その背後で、音にならない衝撃が大気を叩きつけるように広がった。

 結界消滅だ。

 ラビュリントス最大の闘技場コロシアム、通称アレス・ドームが崩壊を始めた。

 そのアレス・ドームを中心に、同心円状に広がる衝撃波が暴風となり砂埃を巻き上げていく。

 背後から押し寄せてくる砂埃に巻き込まれないように、エリスたちは急いで路地を曲がり、とある酒場のドアをくぐった。





 ラビュリントス下層にある寂れた酒場『レッド・ローズ』。

 客のいない店内で、バーテンダーはテレビを眺めていた。

 

 カランコローン。

 カウベルが鳴った。

 どやどやと四人組の客が入ってくる。

 同じようなことがつい最近あったな、とバーテンダーは思った。


「あー、酷い目にあったわ。マスター、ミネラルウォーター四つ」

「砂埃って喉に悪いよね」

「ラビュリントスの建築物……きっと粗悪な材料ね。私にはわかるのよ……」

「ねえねえ、ちょっと背中が汚れてないか見て~。埃をかぶっちゃった気がするのよ~」


 騒々しい客だな、とバーテンダーは思った。

 客の顔には見覚えがある。

 正直、あまり歓迎したくない種類の客だが、これも仕事なので注文されたミネラルウォーターを持って行く。

 テーブル席に落ち着いた客たちはテレビでニュースを見ながら騒ぎ始めた。


「コロシアム倒壊現場から生中継ですって。ひどいわねぇ、ぺしゃんこじゃない。あれじゃ払い戻しが期待できないわぁ。せっかくの大当たりだったのにぃ~」

「ギャンブルで儲けようとするのが間違いなのよ。それにしても派手に壊れたわね。周りにも被害が出てるんじゃないの?」

「上の方にある建物が連鎖的に崩れ落ちてるみたいだね。すり鉢状の階層構造だから仕方ないね」

「建物は仕方ないけど、アシルは大丈夫かな……。コロシアムの真ん中にいたよね?」


 グラスを拭いていたバーテンダーは思った。

 あの崩壊の真ん中にいて生きているはずがない、と。

 彼が見たテレビの映像ではコロシアムの柱が折れて、天井全体が落ちていた。





「生きてるか、テティスの息子」

「……ああ、生きてるよ」


 両雄は生きていた。

 ほぼ無傷で。

 多少の擦り傷や打撲はあるが、それはステージ上での格闘で出来たものがほとんどだ。

 コロシアムの崩壊は彼らに傷を付けるに至らなかった。

 それでも落ちた天井の下敷きになれば生き埋めにより死亡したかもしれないが。


「親父の槍に守られたな」


 アキレウスの大槍、ヘラクレスがステージの床に突き立てたその槍が落ちてきた天井をささえ、二人が動けるだけの空間を作り上げていた。


「呆れるほどに丈夫な槍だな。さて、勝負は一旦お預けだ。ここから脱出せねばならん」

「仕方ねえな」


 よっこらせ、と二人は瓦礫を持ち上げ槍を回収、脱出路を開き、崩れ落ちたコロシアムの上に立った。

 目に映るのは見渡す限りの崩壊現場。

 砂埃がまだ収まらない瓦礫の上で、アキレウスは周囲を眺めた。


「なかなか気分爽快な景色だな。カタルシスっていうか、カタストロフっていうか」

「ああ、これだけの大規模な破壊はめったに見られるものではない。ごちゃごちゃした街が一掃されて、何かこう、清々しさを感じるな」


 瓦礫の下には逃げ遅れた人もいて大惨事なのだが。


「どうする? 足元掘り返して埋まってるやつらを引っ張り出すか?」

「いや、知り合いはとっくに逃げ出しているだろうし、この街に善良な人間などいない。この下にいるのは悪党ばかりだ。放置でよかろう」

「それもそうだな。俺は連れがいるから、いつまでもここで時間潰していられない。やつらと合流しないと。優勝できなかったのは残念だけどな」

「まったくだ。優勝を足掛かりにやりたいことがあったのだが、こうなっては優勝者への表彰もなかろうな」

「じゃあ俺と一緒に来るか? あんたなら歓迎だ」

「有難い誘いだが、遠慮しておこう。行かねばならぬ所があるのでな」

「そっか。じゃあまたな」

「ああ、またな」


 軽く手を振って二人は別々の方向へと歩き出した。

 たまに生存者をみつけて気まぐれに救助などしながら。

 赤い夕陽を背に受けて。

 眠らない街、異界ラビュリントスにもうすぐ夜が来る。



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