飛ばされて異界②
ここは冥府の奥底、タルタロス。
環境としては南極並みの極寒だが、ティターンたちの住居の中は神様パワーで温かい。
そんな温かい家の中で、冥王ハデスは臨時会議を開こうとしていた。
参加者は、
・ハデス
・稲荷神社のお使い白狐
・人間を拾った保護者代表イアペトス
・家主ヒュペリオン(場所提供、司会進行)
・その他、タルタロス在住ティターンの面々
テーマは地上から飛ばされてきた人間たちの処遇について。
ちなみに人間たちには発言権はない。
当事者なのに。
「それでは皆様お集まりのようですので、第一回:『生きた人間が地獄に来ちゃったどうしよう会議』を始めたいと思います」
「その会議名なんとかならんか?」
ヒュペリオンによる開会の挨拶へ、ハデスが苦言を呈する。
ハデスは基本的に真面目なタイプ、ふざけたネーミングを好まない。
「上っ面を取り繕っても中身は変わりませんよね。分かりやすい方がいいと思うんですが、どうしてもとおっしゃるのなら、変更してもよろしいですよ? 『生きた人間が地獄に来るのこれで何度目だよ会議』にしましょうか? それとも『ゼウスは何やってんだよ神々の無能を批判する会議』の方がいいですか?」
「いや、最初のでいい……」
笑顔で放たれるヒュペリオンの言葉の矢にハデスは屈した。
かつてヘラクレスが冥府に乱入した時、ハデスの冥王としての面目は少々傷ついた。
それを蒸し返されたくはない。
「では第一回:『生きた人間が地獄に来ちゃったどうしよう会議』ということで。まずは地上側代表の白狐さん、どうぞ」
「偉大なる神々の御前にて、卑小なる身でありながら発言する無礼をどうぞお許しくださいませ」
白狐は恭しく平伏した。
ちなみに他が全員巨人サイズで、白狐だけが人間サイズ。
そのため、会議用のテーブルの上に人間サイズの椅子を設置してもらっている。
なので平伏したのも巨人サイズのテーブルの上。
周りが巨大なので小さなお人形のように見える。
「どうぞ椅子に掛けてください」
「それではお言葉に甘えまして」
ヒュペリオンに促され、白狐はちんまりと椅子に腰かけた。
「地上より参りました私共、一貫して望みに変わりはありません。抗いようのない暴力により見知らぬ異界に飛ばされた哀れな民を探し出し、生まれ故郷に連れ帰ること。どうか皆々様のお慈悲を賜りますよう、お願い申し上げます」
「続きまして、冥界側代表ハデス殿、どうぞ」
「心情的には人間たちを引き渡すことにやぶさかではないが、法的な問題が解決していない。前例によれば、冥界で飲食していなければ帰還が許可されるが、冥界の食物を口にしている場合、飲食の量に応じて残留義務が生じる」
「がっつり飲食しちゃってるんですよねえ、これが」
ヒュペリオンがイアペトスにちらりと視線を送る。
咎められたように感じて、正当化を図るイアペトス。
「仕方ないだろう。食べさせてやらないと死んでしまうのだから」
「二~三日くらい絶食させてもよかったんじゃないですか。今更ですけどね」
心優しいイアペトスは人間たちを発見したその日のうちに食事を与えている。
白狐が人間を迎えに来たのは、飛ばされてから三日目。
その間、飲まず食わずだったら法的に問題なく連れて帰れたかもしれない。
が、その場合、おそらく人間の体力がもたない。
「水くらい与えないわけにはいかないだろう。適切な世話をしないとすぐに死んでしまうんだぞ、人間は。環境の変化にも弱いし」
相変わらず人間を金魚扱いしているイアペトス。
不老不死のティターンから見たら、アスリートも赤ん坊も等しく脆弱な生き物だ。
「まあ飲み食いしてしまったものは仕方がありません。ハデス殿、法律の運用をもうちょっと柔軟にできませんか?」
「しかし我が妻ペルセフォネの場合、ザクロ四粒食べたのに対して、一年のうち三分の一の残留義務が発生したのだぞ。その割合で考えると、今回の残留義務はどれだけになると思う?」
人間たちはバーベキューで肉食い放題、ビール飲み放題をやっている。
ちなみに野菜やデザートも食べ放題。
「奥方の場合はハデス殿が残留を強く希望したという背景があったからでしょう。誰も引き留めなかったらすんなり帰れたはずですよ」
「……一理ある」
「神々なのか人間なのかという違いもあります。神々は不死だから一年のうち三分の一という計算になったのでは? 命に限りのある人間なら別の計算式になると思いますよ」
「む、それも一理ある」
ハデスはヒュペリオンに説得されかけている。
飲食の量に対して残留を義務付けるという前例に、種族の違いと状況の違いを加味すると……。
「儂は人間たちがずっとここにいてくれてもいいと思う」
「イアペトス、今このタイミングでそういうこと言うのやめてくれませんか?」
イアペトス、空気を読まない善意の発言。
時と場合を考えろ、と友人を睨むヒュペリオン。
人間たちにとっては家族が待つ故郷に帰れる方が幸せに決まっているのだ。
可愛いからって引き留めてどうする。
「長くなりそうですね。喉が渇いたでしょう。お茶でもどうぞ」
「ありがとうございます」
ティターンの一人が白狐の前にお茶を注いだカップ(巨人サイズ)を置いてくれた。
湯気の立つ湯船のように巨大なカップを見て、白狐は思う。
これ、飲んだら地上に帰してもらえないのでは……?
冥界のおもてなし、油断禁物。




