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ヘスペリデスの黄金の林檎  作者: ful-fil


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決勝:アキレウスVSヘラクレス

 アキレウスがマイクを持って『俺と勝負しろ』と叫んだ少し後。


 ステージ上では二大英雄が向かい合っていた。

 前日にエントリーしたヘラクレス。

 当日に飛び入りしたアキレウス。

 大番狂わせ、戦歴ゼロの新人同士の決勝戦である。


「どっちもがんばれー♪」


 観客席ではアパテーが二枚の投票券を手にしながら、おざなりな応援をしている。

 その隣ではエリスがステージ上のヘラクレスを観察している。


「ふ~ん、どうやら本物ね。ヘラクレスって死んでオリンポスの仲間入りしたんじゃなかったっけ。なんでこんなところにいるのよ」

「なんか頼まれたんですって。とある神に」

「ふ~ん……って、やっぱりあんたの知り合いってアレなのね?」

「まあね~。さっき挨拶に行って色々聞いちゃった。知りたい?」

「話したいなら話しなさいよ。聞いてあげるから」


 ステージでは戦いが開始されている。

 アキレウスの突進を紙一重で回避し、逆に捕まえにかかるヘラクレス。

 その左右の手を器用に槍ではじくアキレウス。

 槍を短く持って至近距離での刺突。


「ここだけの話だけどねぇ、そのとある神っていうのが、アリアドネにご執心でね。彼女が不幸な結婚をしてるから、ぶち壊してさらってきてほしい……みたいな依頼をしたらしいのよ」

「物好きね~。アレをさらおうなんて」

「ほんとよね~。見た目は清楚ぶってるけど中身は蛇みたいな女なのにね」


 アキレウスの素早い連続突き、まるでフェンシングのようだ。

 それをスウェーやダッキング、意外にも軽快なフットワークなどでぬるぬると避けるヘラクレス。

 相手の脚を止めようと、槍の穂先で足の甲を縫い留めにかかるアキレウス。


「蛇っていうより蜘蛛でしょ、アレは」

「巣を張って、男が引っかかるのを待ってるって? で、うまく捕まえたら食べちゃうって? やだピッタリ~、ウケる~♪」


 手を叩いて笑うアパテー。

 女神姉妹の毒を含んだ会話を、黙って聞いているニンフ姉妹。

 ヘスペリエーは黙々と。

 アイリカーは挙動不審に。

 観戦しながら飲み物を口に運ぶのみ。

 会話に口を挟んではいけない。

 置物に徹する護衛の二人。


「見た目も清楚っぽく見えるけど、あれは人工的に作ってる顔よ」

「言えてる~。お人形っぽい顔よね~。あの個性が薄い感じ、整形なんじゃない?」

「そういえば、高級ホテルに美容外科が併設されてるところがあったわね」

「カジノとホテルと美容外科、需要あるのよ~。夫がカジノで遊んでる間、妻はプチ整形やアンチエイジングしてスパでエステなのよ」

「堕落ね。でもまあ犯罪ではないわね」

「まあね、人間の遊びとしては無害な部類よね~」

「有害な遊びをしている人間もいるし、その筆頭がどこぞの兄と妹なわけだけど」


 足の甲を縫い留めようとした槍の穂先は、その足で踏みつけられた。

 踏まれた瞬間、穂先を軸に槍を回転させ、石突で殴りにいくアキレウス。

 篭手で防ぎ、逆に槍を奪いに行くヘラクレス。

 一本の槍をむんずと掴んで睨みあう両雄。


「あのね、ここだけの話だけど、アリアドネは今、甘々なお兄様が作ってくれたハネムーン用の迷宮に隠れているの。中から花婿が逃げられないのはもちろんだけど、外からも侵入できないように設計された、鉄壁の要塞みたいな迷宮なんですって」

「鉄壁の要塞……そんなこと言われてた都市があったわね。入ろうと思えば入れるんじゃないの、策を使えば」

「トロイの木馬ね。ああいう奇策って見てると楽しいわよね~」


 力比べではヘラクレスが有利だが、槍の技術ではアキレウスに一日の長がある。

 強引に奪い取ろうとするヘラクレスに、逆に喉元に押し付けに行くアキレウス。

 槍の柄を使った首締めが狙いと察知し、ヘラクレスは槍ごとアキレウスを持ち上げた。

 そのまま床へ叩きつけようとする。


「奇策を使うまでもなく、ヘラクレスだったら力ずくで突破しそうよね」

「彼ならできちゃうわね。でも彼、その迷宮がどこにあるのか知らないのよ」


 にんまりと笑うアパテー。


「このラビュリントスの住民、ほとんど誰も知らないの。アリアドネの聖域、地図にも載ってない迷宮。その位置は厳重に秘匿されててね。知っているのは施工主のミノタウロスと、施工業者のダイダロス、あとはほんのわずか」

「……で、あんたは知ってるんでしょうね?」

「さあ、どうかな~?」


 叩きつけられる寸前、アキレウスは槍を手放した。

 器用に着地し、ヘラクレスの背後に回り込む。

 関節を取りに行こうとするアキレウスに反応し、ヘラクレスも反転、槍をステージの床に突き立て、空いた両手で迎え撃つ。

 組み手争いが始まった。

 パワーもスピードも人間離れしている両者、掴みにいく手も払う手も、速すぎて観客には何が起こっているのかわからない。

 ただ凄まじい戦いであることはわかる。

 両者の気迫は衰えることなく、むしろどんどん高まっていく。

 組み手争いを制したアキレウスがヘラクレスの右腕を捕まえた。

 折れよとばかりに関節を決めにいく。

 させじと逆にアキレウスを引き倒そうとするヘラクレス。

 この戦いには一本も技ありも存在しないが、倒されたら踏み殺されやすくなる。

 仕方なく腕を放し、距離をとって再度チャンスを伺うアキレウス。

 不動の構えのヘラクレス、そこに隙は見当たらない。

 とにかく倒せばいいんだとばかりに低い姿勢で足を取りに行くアキレウス。


「グレコローマンスタイルだね」

「何言ってんの?」


 ポツリと呟いたヘスペリエーにアイリカーが呟きを返す。

 目の前で行われているのはレスリングの試合ではない、素手の殺し合いだ。


 二人の英雄はもはや一つの塊となってステージの床をゴロゴロ転がっていた。

 片方がもう片方を引き倒した時、二人同時に倒れたのだ。

 そこからはもう上になり下になり、転がりながらめまぐるしく入れ替わっている。

 短剣でも持っていれば相手の首をかき切るか、わき腹を突き刺すか(アキレウスの場合は踵を切られるか)して決着がついたのだろうが、この二人はどちらもそんなものを持っていなかった。

 ジャックを見習え、二人とも。


 道具がないので、絞め殺すか、頭を潰して殺すか、首を折って殺すくらいしか手段がない。

 絞殺を狙ってひとしきり揉み合った二人だが、やがて離れて立ち上がった。

 組打ちでは決着がつかないと見たのだ。

 やや距離を取り、睨みあう。

 二人には同じ考えが浮かんでいる。


『頭を、潰す』


 それぞれの闘気が高まっていく。

 人間の目には見えないそれも女神とニンフには目視できる。

 ヘラクレスの拳には赤い光、アキレウスの拳には青い光。

 どんどんボルテージが上がっていく二色の光。


「いくぜ、先輩!」

「来い、後輩!」


 裂帛の気合と共に両者は激突した。




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