二回戦
アキレウスは機嫌が悪かった。
口先ジャックとの対戦が終わった後、選手控室にエリスたち一行が来たのだ。
激励という名の暴言を吐きに。
額の真ん中に湿布を貼られるという簡易な治療を受けただけのアキレウスに、エリスは嘲笑うように言った。
「無様だったわね。一方的に押しまくられて、最後は拳銃で処刑スタイル。普通なら即死よね」
「うるせえな」
「普通じゃないから『脳天撃ち抜かれても生きてます』っていうドッキリで不意打ちして勝てたけど、これでもうあんたがゾンビアタックできるのがバレたってわけよ。二回戦からは相手もそのつもりで来るわ」
「わかってるよ」
「昔は良かったわねえ、槍一本で無双できて。あれから人類も進歩したのよねえ。特に戦闘に関しては、ここ数百年で目覚ましい発展を遂げてるわ。道具も技術もね」
「うるせえな! わかってるって言ってんだろ!」
「わかってるなら気を引き締めなさい。自分が強いと思って慢心してると守りたいものも守れないのよ」
「家族でもないのに偉そうに! てめえ何様だよ!」
「雇用主様よ!」
エリスは腰に手を当て高らかに言い放った。
「恐れ敬え、伏して崇めよ! 渡航費用も滞在費も飲食費に遊興費、丸ごと私が面倒見てあげてんのよ。神の寵児もホームグランドから一歩外に出たら、単なる世間知らずの温室育ち。自分は井の中の蛙なんだと肝に銘じなさい、バイトくん」
「バ……!」
バイトくん。
トロイア戦争の英雄が、エリスにかかれば単なるバイト扱い。
臨時で雇われているのは事実なので、一概に否定もできない。
アキレウスのプライドに強烈な一撃。
「とにかく、あんな無様な戦い方じゃ勝っても自慢にならないわ。爆弾ごときに踊らされてんじゃないわよ。毒物とか電撃とか超音波とか、現代には色んな道具があるんだから。暴徒鎮圧用の道具だって悪用しようと思えばいくらでも」
「……もういいから出てってくれ」
まだ喋り足りない様子のエリスを部屋の外へ押し出す。
付き添う護衛のうち、アイリカーが足を止め、引き返してきた。
「まだ何か用かよ」
「御守りあげるね」
アイリカーはアキレウスに紙を切り抜いた人形のようなものを一枚手渡した。
「体のどこかに貼っとくといいよ」
「なんだよ、これ」
「呪い避け。気休めみたいなものだけど。あんた運が悪いから。可哀そうに、女神に目を付けられるなんて、しかも二人も」
「うるせえな、おまえに関係ねえだろ」
「うん、関係ないね。でも色々と不憫だから」
……不憫。
じゃあね、と手を振ってアイリカーは出て行った。
……ヘスペリデスに憐れまれた。
アキレウスのプライドはひび割れて砕ける寸前だ。
渡された紙人形を握りつぶしたい気持ちを彼はなんとかこらえた。
感情に溺れている暇はない。
このトーナメントは連戦だ。
「……どいつもこいつも!」
アキレウスは額の湿布を引っぺがし、ゴミ箱に投げ捨てた。
※
「エリちゃん、どこに行ってたの?」
「ちょっと坊やにハッパかけに。あんたは?」
「知り合いがいたから挨拶してきたの。私、知り合いが多いから」
エリス一行は観客席に戻り、アパテーと合流した。
アイリカーが四人分の飲み物を配っている。
「アシルくん、どうだった? 落ち込んでたんじゃない?」
「まあね。技巧派に翻弄されまくって自分の持ち味が出せてなかったからね。不満そのものって顔してたわよ」
「思い通りにならなくてご機嫌斜めなのね。子どもねぇ~。それで? 優しく慰めてあげた?」
「まさか。きつく叱っておいたわよ」
「あら、愛のムチ?」
「これでも女神だからね。戦う男を鼓舞するのも仕事のうちよ。ああいうタイプはキレてからが本番なのよ。無駄にうじうじ考えてないで野生のパワーで大暴れしろっての」
「野蛮ねぇ。原始的だわぁ」
「野蛮で結構。どれだけ文明が発達したって、戦いになれば本能むき出し。最後は原始的な生命力と野性の勘なのよ。あいつにはそれがあるわ。うまく火が付けば無敵!」
「ふぅ~ん、まあいいけど」
アパテーはジュースを一口飲んで赤い唇をぺろりと舐めた。
「アシルくんとヘラクレス、決勝でこの二人が当たるといいわねぇ。どっちを応援するか迷うわぁ~」
「そこはアシルを応援しなさいよ」
「うふふ、見て、これ」
アパテーがぴらっと見せた二枚の紙切れ。
それは異なる二人の名前が書かれた投票券。
「買っちゃった。これで二人のうちどっちが優勝しても大当たりよ~♪」
「あんた、アシルとヘラクレス両方に賭けたの!?」
「いいでしょ~。競馬じゃないんだし、知り合いは買っちゃダメみたいなお堅いルールはここにはないもの。むしろ知り合いが出るなら買うのが礼儀よ」
「知り合いが出るならって……あんたまさか!」
※
ステージ上。
奇術師の装いをした相手と向かい合う、凶悪な目つきのアキレウス。
滲み出るのは殺気か闘志か、それとも激励しに来て神経逆撫でした女たちへの怒りの念なのか。
とにかく溜まった鬱憤が外へと噴出する時が来た。
開始の合図と同時に腕を振りかぶり、大槍を力任せに投擲!
もちろん相手はマントを翻して華麗に躱す。
「ハ! そんな雑な攻撃、当たるわけが……?」
華麗に回避した、その先にアキレウスがいた。
右の拳がうなりを上げて奇術師の顔面にめり込む。
片眼鏡が砕け、シルクハットが吹っ飛んだ。
『自分が投げた槍よりも先に到着してる???』
『どんだけ俊足!?』
『縮地か!』
『ワープしたんだよね』
『時間を遡ったのではないかと思います』
観客たちの驚愕のコメントが画面に次々と流れる。
対戦相手の奇術師は勢い余って床に叩きつけられ、立ち上がろうとはしたものの、そのまま意識を失った。
戦闘不能を確認し、アキレウスの勝利を宣言するスタッフ。
そのスタッフからアキレウスは強引にマイクを奪い取った。
「ヘラクレス! 俺と戦え!」
カメラ目線でドローンに人差し指を突き付けるアキレウス。
「どいつもこいつも、ごちゃごちゃと! うぜえんだよ! お前と俺とで戦って、勝った方が最強だ! 勝負しろ、ヘラクレス!」




