初戦②
「よく止めたなぁ。目玉にぐっさり刺されば絵になると思ったんだが」
ジャックは喋りながら立て続けにナイフを投げる。
何の気負いもなく投げているように見えて、アキレウスが回避する先へと的確にナイフが飛び、爆発する。
規模こそ小さいが、体のすぐ近くで起きる爆発はアキレウスにとって嫌な攻撃だった。
「驚いたか? 俺のナイフは花火付きなんだ。近頃の客は目が肥えててな。映える戦いでないと満足しないんだよ。昔はナイフが刺さるだけでも興奮してくれたんだがなぁ」
特性上、アキレウスの皮膚に刃物で傷がつくことはない。
だが爆発の衝撃は多少なりとも影響を与えていた。
特に、耳の鼓膜に。
「何言ってんだかわかんねーよ!」
叫ぶ自分の声もいつものようには聞こえない。
最初の爆発のせいで、耳がキーンとなっている。
少しふらつくのは三半規管にも影響したのだろうか。
そんなアキレウスに絶え間なく放たれる爆弾付きナイフ。
「昔はよかったなぁって、中年の愚痴さ。十年前ならナイフの二十本も突き立てて、相手が針山みたいになれば観客が沸いたんだ。今はそれじゃ受けない。刺さったナイフが破裂して、ぱっくり割れて中から血肉が飛び散るくらいでないと喜ばれない。人気商売は辛いぜ。俺には華がないからなぁ」
は~やれやれ、とため息をついて見せながら、攻撃の手は止まらない。
「時代の変化ってやつなのかねぇ。動画の加工がいくらでもできるようになっただろ? ちょっとやそっとの衝撃映像じゃ客が満足しねぇのよ。あ~あ、本当に昔はよかった。今よりもっと無法で、もっと自由だったよ。小さな組織が群雄割拠して勝手気ままに殺し合って。ひりつくような緊張感。命を燃やすって感覚があったね。それが今じゃミノタウロス・ファミリー一強、組織同士の抗争もなくなっちまった。寂しいねぇ。組織犯罪ってのは儲かるのは確かだが、悪党ってのは本来もっと自由なもんじゃねえのかな。思想統制された悪の組織なんざ悪の組織じゃねえって思うのは、年取った証拠なのかねぇ?」
「どうでもいいけど、おっさん、ナイフ何本持ってんだよ!?」
「無限に……かな」
おどけた調子で言葉を返しながら、毎秒4~5本、時にはそれ以上のナイフを飛ばすジャック。
巧みにフェイントを交え、じわじわとアキレウスを追い詰めていく。
「おまえさん、ナイフの刃は怖がってないな。刺さっても痛くない、あるいは刺さらない……か?」
「だから何だってんだよ!」
耳の不調が治ってきたのか、会話に受け答えするアキレウス。
「羨ましいねぇ、チートってやつだねぇ。たま~に人外ともやるけどよ。人狼や吸血鬼なんかがそうなんだよな。ズルいよなぁ、あいつらも、おまえさんもよぉ」
本気で羨ましそうな顔をしてみせるジャック。
「切られても血が出ない。出てもすぐ治る。神様ってやつは不公平だぜ。俺にはナイフの腕前しかないってのによ」
「ああ、神々は不公平だ。理不尽の塊だよ」
防戦一方のアキレウス。
だが憎まれ口を叩く余裕はある。
自虐を言う余裕も。
「俺は刃物が通らない。だから感染症が流行っても予防接種を受けられない。針が刺さらないからな!」
「……それじゃ点滴も無理そうだな」
「ついでに病気になっても手術ができない!」
「ちょっと気の毒な気がしてきたぜ」
「だが病気にはならないから問題ない! 虫歯も一本もないしな!」
「虫歯っておまえ……」
一瞬、絶句したジャックだが、攻撃の手は休めない。
「刃物を怖がらないやつとはやりづらい。だがどうやら打つ手が見えてきた気がするぜ」
ジャックのナイフがアキレウスの足元に集中する。
本能的に飛びすさるアキレウス。
床で連続して爆発するナイフ。
ニヤリと笑う口先ジャック。
「やっぱりな。おまえさん、足元狙われるの嫌いだろ?」
ジャックの猛攻が始まった。
踵を庇いたいアキレウス。
そこを徹底的に攻めるジャック。
本当に無尽蔵に生成できるのか、ジャックの武器が尽きる気配がない。
アクロバティックな回避と追撃の末、アキレウスはステージの端に追い詰められた。
「逃げ場がなくなったな。リタイアしちまいな、坊や」
「誰が!」
防御を捨て、反撃に出るアキレウス。
要は踵にさえ当たらなければいい。
脚の前面になら当たっても、もう気にしない。
自慢の俊足で特攻を仕掛ける。
それを見た瞬間、ジャックも待ってましたとばかりに前に出た。
穂先を爆発でそらし、槍を持つ右手にもう一発。
アキレウスの体が開いた。
そこにジャックが潜り込む。
『懐に飛び込むチャンスを伺っていた? だが飛び込んだところでナイフは刺さらない。花火を何発か食らうとしても、耐えてぶっ飛ばせば俺の勝ち!』
とっさにそう計算したアキレウスだったが。
「あばよ、坊や」
ジャックの袖口から手のひらへ滑り出してきたのは、小さな拳銃。
流れるようにアキレウスの額に銃口が当てられる。
パン、と乾いた音がして、アキレウスの首がガクンと勢いよく後ろに倒れた。
両者の動きが止まった。
一瞬の静寂がコロシアムを支配する。
「サブコンパクトのオートマチック。切り札は持っとくもんだ。世の中には刃物が効かねえやつがいるからな」
奇妙に優しい口調でジャックがアキレウスに語りかける。
スタッフがアキレウスの死亡を確認しようと慌ただしく動き出した時。
「……痛ってぇな!」
倒れていた首がブゥンと風を切って正面に戻ってきた。
その額の真ん中に潰れた銃弾が貼り付いている。
「……なっ!」
驚愕するジャック。
その顔面へアキレウスの拳が襲い掛かる。
ヘスペリデス姉妹の体力自慢・七女ヒュギエイアをアームレスリングで沈めた、黄金の左腕!!
殴り飛ばされたジャックはなすすべもなく場外へ。
結界に接触し、電気ショックに似た魔力ショックで気絶。
ジャックの状態を確認したスタッフは勝負がついたことを宣言した。
「勝者、アシル!!」
勝利宣言と観客のどよめきにもアキレウスは嬉しそうではなかった。
「……ったく、アザになったらどうしてくれるんだ」
額からポロリと落ちた弾丸。
その痕は少し赤くなってジンジンとした痛みを伝えていた。
アキレウスが生きていたトロイア戦争の時代には火薬がまだ存在しませんでした。なので彼は爆発物に不慣れです。転生後に一般常識として学習はしたと思いますが。




